ジャーナリストのパソコンノートブック |
(113) キャリア志向の独身女性に心の安寧を与える卵子冷凍保存 |
私にはジャーナリズムで働く米国女性や、欧米の金融機関の東京支社のストラテジストとかアナリストとして働く妙齢の女性の友人や知人が多い。彼女らは大手メディアや金融業界を渡り歩いて、キャリアを積んできた。いつも驚かされるのは彼女らの行動力だ。自分で描いた人生の設計図に合わせ、次々と生き方を開拓して行く。最初は私が以前働いたフィナンシャルタイムス紙東京支社の米国女性だ、先ず東京に赴任してきたて、ジャーナリストとして実績を華々しく作り上げた。毎週末夫を引き連れて世界の有名不妊診療所を訪れる。英国にいたら、会社の経費で毎週末不妊治療をする事は許されなかったが、彼女は実績を十分に積んでおり、文句をつける人はいなかった。同僚の男性特派員は「あれだけフィナンシャル・タイムス(FT)の経費を使ったのだから,体外受精でうまれた赤ちゃんはFTと名付けるべきだとジョークを云った。二人目は米国の証券会社にエコノミストとして務める女性だ。女優のアンジェリーナ・ジョリーより10年も前に、乳がん予防の為に自分の健康な両乳房を切除した。彼女の母親、伯母さんが乳がんを患った癌家系だからだという。さらに昨年、有楽町にある外国特派員協会から丸の内中通りのビジネス街を歩いていると、米国系投資銀行のストラテジストに大抜擢されたスーザンに出会った。優秀だが冷たいという印象の彼女が妙に嬉しそうだ。「おめでとう、きっと凄いお給料でリクルートされたのでしょうね!」とお祝いを云うと、意外な答えが返ってきた。「私、自分の卵子を凍結保存したの!将来に対する保険をかけた様なものなの。最初は10個の卵だけど、卵が生き残れるか分らないから、今年さらに20個追凍結保存して将来の妊娠を確実にするつもり」と話してくれた。私は彼女が結婚を約束したロマンティックなパートナーが出来たと思い、貴方のフィアンセは凍結卵子に対しなんていったの?」と聞くと、「現在は、子供を作って良いと思うボーイフレンドもいないし、いつ結婚できるかも分らない」という。いつか理想的なパートナーが現れ、妊娠したいと思うかもしれない、その時になって焦らない様に卵を凍結保存しておくのだそうだ。私は幸せで一杯という感じのスーザンに、素晴らしい話、もっと聞かせてと、立ち話を止め、近所のカフェに入ってもっと話を聞く事にした。 スーザンもキャリアを築くのに一番大事な30才代に全時間を仕事にあててきた。結婚とか育児は考えも及ばなかったという、気がついたら35歳、これから先の人生を描くと、自分の遺伝子を引き継いだ子供に囲まれた家庭と 仕事を両立させるのが理想的だ。そしてフェースブックのCOO(最高執務責任者)シェリル・サンドバーグの様に、子供を二人育てながら、毎日何トンというお金を儲けるのが理想だと語った。今の内に卵子を冷凍して貯めておいて、子供が欲しくなったら,卵子を解凍する。このように妊娠や出産を遅らせる事が出来る。ニューヨーク大学(NYU)生殖センターによると, 卵子の老化は早いという。32才—35才で卵子を冷凍保存しておけば妊娠するチャンスは40%—50%だという。35才—38才で冷凍保存すれば妊娠率は35%、39才—40才で冷凍保存猿と妊娠率は20%%に下がってしまう。彼女の体内時計は期限が切れるのも近い。男性には体内時計はないという。今焦って気が合わない男性と無理やりに結婚しようとする様な馬鹿なことをしたくない。時間の無駄だ。卵子を冷凍保存する方が、早く結婚しなくてはという重荷から解法される。例え,卵子が赤ちゃんになる保証がなくても、卵子が保管されていると云う事だけで、自分の身体の加齢に恐怖を抱かなくなったという。東京で働いている米国や、英国のキャリア女性は同じ国から来たボーイフレンドやパートナーを見付けるのが難しい、若い米国人、英国人の男性の関心は若い日本の女の子に傾きがちだ。欧米の女性は大柄であるので、日本の女性社員の様に、ファッショナブルな洋服を東京で見付けられない。女性的な魅力と云う点で、彼女らは自分達がブザマだと感じざるを得ない。以前外資系証券会社に働いている人達と三浦御崎に遊びに云った帰りに居酒屋で夕食をとった。するとスーザンが「見た!見た!今の私のした事を見た!」と米国人の同僚男性に叫ぶ。私は何の事か、気がつかなかったが、米国女性であるスーザンが日本女性の向こうを張って、隣りに座った男性にビールのお酌をしたと云うのである。スーザンは自分が日本にいるお陰で女性的に見える様にプレッシャーがかかっていて、ビールのお酌をするなんて屈辱的なことをしたと云いたかったのである。以前特派員のパーティーで、私は周囲のビール空き缶を片づける為に、残っているビールを周囲の人達に注いだ,習慣的にやっただけであるが。するとその中に韓国人の特派員がいたらしく、彼の奥さんにビールを持つ手をキツく払われた。「ビールを注ぐなんて、私の夫に媚を売らないで、ビールをお酌するのは女中や、バーホステスのやる事だ」と怒鳴られた事があった。 スーザンは理想のパートナーを見付けて結婚出来ないかもしれないが、冷凍保存した卵子を解凍して、ネット上で精子を買い、シングルマザーになる事ができる。米国では体外受精や、冷凍保存が一般的でなかった時代にくらべ、 35才から39才までに出産する女性の数が150%増えたという。さらに40才から45才に初産を経験する女性の数が5パーセントも増えたという。数年前英国オックスフォード大学の近くの書店に立ち寄った。そこで5才位の男の子が品の良い老婦人に連れられて来ていた。小さな男の子は祖母の様な女性に「マミー」(お母さん)と呼び掛けていた。友人は年配の女性は学問研究などで出産を遅らし、体外受精とか、卵子冷凍などで年を取ってから、子供を授かったのであろうと云った。このような光景はオックスフォードとかケンブリッジなどの学術都市でよく見られる光景であると教えてくれた。 卵子の冷凍保存は癌患者後療によって始まった。生殖器官のガンの為に化学療法や、放射線療法が行われる様になり。将来子供を持つという可能性を残す選択肢として卵子を冷凍保存する手法がとられた。そして卵子保存に最先端の技術が開発された。卵子は大部分が水分からなる大きな細胞で、かっては冷凍プロセスで氷を作らない様にするのに何日もかかったが、新しいflash freezing((超急速ガラス化)という、60秒でマイナス196度にまで凍結する手法で、液体窒素の中で10年間冷凍可能である。裕福なキャリア女性が貯蓄と同じ様な感覚で、自分の卵子を冷凍保存する事を自分の人生の選択肢とし始めた。先ず第一に卵子を増やす為、ホルモン注射などを数日受ける。年令や、健康状態にもよるが、一回に10個—12個の卵子を採集する。10個凍結すれば、卵子の生存率は75%であるので、7個が生き残る、その内5—6個が胚芽となり、その内3—4個の胚芽が移植されるという。卵子凍結は8000ドルから、12,000ドルかかるという。これに保管費用が年に1000ドルかかるというから裕福な女性でないと「貯卵」はできない。冷凍保存の卵子を解凍して出産した件数は5000件に上るのではないかとNYU生殖センターは見積もる。ここの医者は自分達がやっているのは、心理セラピストに近いと感じるという。加齢に恐怖を抱く女性達に安堵感を与えてくれるからである。卵子凍結に訪れる女性達は二つのグループに分けられる。一つは離婚したり、付き合っていた男性と別れ、嘆き哀しみ、自分の将来を卵子凍結に托している女性達。第二のグループはキャリア志向が強い女性達で、資金力で出来るだけ沢山の卵子を凍結し、将来の妊娠を確実なものにしようとする精力的な女性達. 卵子凍結をはじめた女性に見られる傾向だが、採集した卵子が元気がないとか、欠陥があったらどうしようと急に心配になり、採集する卵子の数を増やせば、生き残る卵子の確率も上がるであろうと、「貯卵」に励むという。同じ医療センターばかりでなく、カナダや英国など医療施設にも数回に渡って訪れ、70個もの卵子を採集し、合計5万ドル(5千万円)かけたサラ・エリザベス・リチャードという現在43才の女性ライターがいる。彼女は2006年-2008年にかけて70個の卵子を凍結した。「最初の卵子凍結が終わったとき、頭を高く持ち上げて、一段と背がたかくなったと感じた。このとき得た自信と安堵は、後の仕事にも、その後付き合う男性とのロマンティックな関係にも役立ったという。サラ・リチャーズは2009年にロマンティックなパートナーに出会い、凍結した卵子を解凍し、妊娠に成功した。彼女は自分の経験を「女性再スケジュール:卵子凍結とフロンティア」という書物を発行した。 有名なビジネススクールを卒業して、ウォール街で活躍する企業買収のスペシアリストとして、又,辣腕弁護士として畏敬の年でみられる女性達だが、彼女らの母親は母親、世界共通である、娘が天文学的金融報酬を稼ごうと、どうでも良い、早く子供を産んで親を安心させて欲しい。娘のウエストラインばかり気にする。娘の膨らんできたお腹は中年太りによるものからか、それとも妊娠したからか。スーザンも母親のウエストラインに当てられる視線が痛かったという。ある母親は娘の35才の誕生日プレゼントに医療センターでの卵子凍結の予約券をプレゼントしたという。母親はキャリア志向の強い娘に、卵子の凍結保存という心の平和を与えようとしたのか、それとも、ただ単に早く孫の顔を見たいというお婆ちゃんの心境なのか分らないという。米国の生殖医療は40億ドル産業と云われているが、卵子凍結は医療機関のビジネスに殆ど貢献をしていない。理由は若い女性達に卵子凍結にかかる8,000ドルは法外な費用で、卵子凍結には健康保険も適用されないので、裕福でない女性達にとって無縁の手法と思われているからだ。生殖センターは、卵子凍結保存をもっと一般的に利用して貰う為に、卵子保存と同時に遺伝子検査をPolar body biopsy という手法で採集した卵子のDNAを調べ、正常な卵子だけを残す検査を加えることで付加価値を高めた。この手法は妊娠の確率を大きく高めるものであり、卵子凍結に不安感を抱いている女性に安心感をあたえるという。この検査はさらに3,000-4,000ドルかかる。 おそばせながら、日本でも昨年9月日本生殖学会が、健康な独身女性が妊娠に備えて卵子を凍結保存する指針案を公表した。 おわり |