ジャーナリストのパソコンノートブック
(102)カジュアルになリ過ぎた、米国生殖市場
(ネットで精子提供者を募り、スターバックスのトイレでカップで手渡される)

  日本では親が子供に、「貴方は赤ちゃんのとき、橋の下で拾ってきたの」とか、お兄ちゃんは駅のベンチの上に捨てられていたの」とジョークをいう光景が多くの家庭でみられる。米国の親も同様に赤ちゃんの時、拾ってきたのと子供をからかう事が分った。では米国のレズビアン・カップルは子供に聞かれたらなんとこたえるのであろうか?「スターバックス・コーヒー店のトイレで親切なお兄さんがカップに入れた精子を恵んでくださったの、それを私達両親がターキーベイスター(七面鳥を焼く時肉汁を吸い上げ、肉にかけ直すスポイトのようなもの)でお母さんのお腹に注入して、貴方が生まれたの.だから貴方はスターバックス・コーヒー店のトイレで拾ってきたの」なんて説明するのであろうか?
   現代では結婚形態も多様化し、人々も様々な手段で子供を持てる    様になった.米国では女性同士の結婚も合法化され、レズビアンのカップルも有料であれ、無料であれ、精子の提供者を募集する様になった。正規の精子バンクのウエブサイトを覗いてみると、提供者の宗教、先祖、どんな有名人に似ているか、近親者に遺伝的疾患を持った人の有無等バックグラウンドが詳しく記述されている。提供者に共通してるのは 匿名希望としていることだ レズビアン・カップルが精子バンク利用に二の足を踏んでしまうのは、その精子の値段だ、少なくとも2000ドル(20万円)、これに医者への謝礼、弁護士費用を加えると凄く高い買い物になる。そこで精子の提供者を募る非正規の裏ルートを探し、ヤミのウエブサイトが乱立することになった。精子提供者は.皆自分の健康状態は良好であるとか、子供の養育権を要求しないと誓っている.無料で精子を提供してくれる人も多い。そして必要ならば 自分たちの身元を開示しても構わないと云い、将来子供が生物学的父親と会いたいと云うなら、連絡をとって良いとまで云っている提供者もいる。その多くがパートナーがいないので妊娠出来ない女性を助けたいと利他的な動機で無料の精子提供者になっていると云う。しかし、中には自分の素晴らしい遺伝子のプールを備えたいからと云う者もいる。  
   精子提供を募る女性はレズビアン・カップルばかりではない、過去に流産をした人、未亡人、離婚した女性、シングルマザー希望者、若い時自分の仕事のキャリアーを磨く事に熱中し子供を産むタイミングを失った女性等も多く、いまだに子供を産む能力はあるので、精子が提供されれば自分の家族を持つことが出来る。
   ネットで精子提供者求むと募集をしてみると数十人の応募者があり、皆素晴らしい男性で、よく教育されている。そこでカップルは性病の有無を含め、自分たちが用意した質問状でインタビューをしてみる.数人のドナー候補を決め、次の段階に移る。精子提供を求めるレズビアン女性の多くが人工授精(AI)を求める、それも当然だ、彼女らは主義でレズビアンになり、男性には触れない、だから男性との直接性交による自然妊娠は行わない。しかし、フレッシュな精液だけは必要だ、精子バンクで冷凍保存されたのものより、生の精子の方が受精能力を高めるからだ。ラテックス・ゴムのカップに入れて膣に流し込む。一番人気のある受け渡し場所はスターバックスのトイレだと云う。ターキーベイスター(七面鳥を焼くとき、滴り落ちる肉汁を肉にかけ直すプラスティックの大きなスポイト)で自分で注入するという無機質な方法をとる。(日本のサイトには配達された精子を自分で注入するには、東急ハンズで売っているプラスチックの注射器で十分と書いてある)。全ての作業が滞りなく終わったら、レズビアン・カップルとドナーとの3人でコーヒーを気まずそうに飲む。場合によっては、提供者に交通費を払う。
  Yahoo や Googleでは有料精子提供ウエブサイトは12から13あり、殆どが英国、カナダ、オーストラリアである、これらの国々は、近年の提供者に払う報酬金に上限を定め、提供者に身元開示をさせたことで、精子提供者に警戒されてしまい、数が激減した。しかし米国では大学生が精子提供のアルバイトで年に12,000ドル(120万円)近く稼ぐ等、精子の蓄えは十分であるという。 米国の精子バンクはFDA(食品医薬局)の管轄下に入る.最近重篤な病気を引き起こし、障害を起こすリスクのある精子が何百人もの女性にバラまかれていると云う医療雑誌やその他のメディアの報道にFDAは神経を尖らせている。  ABC Newsは子供の死に直結する大動脈欠陥と云う珍しい疾患を持った男性が24名の子供の父親になっていると伝えた.又New York Timesはたった1人の精子提供者が100名の子供の父親になっており、病気ばかりでなく、将来子供が成長して、結婚する場合、偶然にも同じ父親を持つ者同士が結婚する等近親相姦の可能性も出てくると伝えている。米国の多くの州で、保険はドナーによる人工授精をカバーしない。これによって、レスビアン・カップルやシングルの女性は男性のパートナーが不在ということで不利な立場に置かれる。精子バンクで妊娠した女性は子供の生物学的父親を知る権利があると唱えるが、殆どの精子銀行が反対している。精子提供者の素性を明かす事で厄介なことに巻き込まれたくないと警戒する精子提供者が将来出てくることを心配する。
  精子の無料提供市場が拡大して行く傾向に、監督官庁は警戒の目を光らせている。カナダの公衆衛生局は 最近の無料精子提供のウエブサイトの乱立を嘆き、受精を助ける為にフレッシュな精子を使うやり方は禁止すべきだと警告を発している。米国ではFDAが1人の精子提供者をやり玉にあげた。このドナーは2005年制定のSTD性感染症テストを受けていなかった(精子提供後数日内に医者の再検査受けなければならなかった)。精子バンクの商業的経営者は冷凍の精子を使い、ドナーは六ヶ月の検疫隔離の始めと終わりに検査を受けなくてはならない。この規則で精子バンクの検査費用だけでも1万ドル以上に跳ね上がり、精子提供をコスト的に手が届かないものにしている。FDAが懲らしめようと狙っていた精子提供者はサンフランシスコのトレント・アーセノルトと云う36歳の独身者でTorentdonor.orgと云うウエブサイトを開き、自分の精子を提供し始めた.彼は自分の童顔の可愛い写真をサイトに掲載し、背が高く、金髪で、技術エンジニア、海軍士官学校中退(シリコンバレーの企業に就職のため)と多くの精子バンクが喉から手が出る程欲しがる経歴を披露している。しかし独立して精子バンクを経営する道を選び、すでにサンフランシスコベイ地区の50名の女性に精子提供をしたと成果を述べている.自家製の精力倍増スムージーを一日2回飲んでいるから、これが可能になったという。そしてサイト上で10名の赤ちゃんの種馬になったと自慢している。彼の記録更新は昨年突然中止になった, FDAが彼の自宅を家宅捜査して、どのように精子を採集され、どのように配達されるか医学的調査をした。 その一ヶ月後警察官がFDAの「精子の生産停止」命令書を届けにきた.一市民個人に対して出されるこのような命令書は政府の記録にも前例がないと云う。FDAによると、アーセノルドが経営しているのは、彼1人の精子提供会社であり、「会社」と名乗る以上、性病など感染症の病気に対し十分な予防措置を取らなくてはならない。彼は精子提供後十分な精力回復期間を取っていない、精子をどのように保管しているか、パッケージはどうなっているのか、細々した違反で10万ドル(9千万円)の罰金と1年の刑務所収監を言い渡した.アーセノルドは多くの女性が匿名制度のお陰で生まれた子供の父親の素性を知る権利を奪われてきたが、自分は彼女らに素性を明かしてきた.自分はドナーになるだけで性的満足を得るドナーセクシュアル(donorsexual)だと云う新しい言葉を作り出した。同性愛者はホモセクシュアル、両刀使いはバイセクシュアルと社会的に認知されている。精子を無料で提供する事で性的に満足を得るドナーセクシュアルと云う個人の性的志向に政府が干渉するなんておかしいと持論を展開したが、認められなかった。刑期を終えたアーセノルドは過去の成果と云うべき、自分の血を引いた赤ちゃん達の写真をサイトに載せ楽しんでいる。レスビアン両親と自分の血を分けた子供を持つ5?6家族と連絡を取り合っている。さらに2009年にGoogleのサイトで連絡を取ってきたレズビアンのカップルと彼の精子提供で出来た1歳の娘の誕生会に招かれたという。3月に公開されたカナダ映画『人生、ブラボー』は実話に基づく映画で、カナダの独身男性ダヴィドがスターバックと云う仮名で精子提供を693回行い、533人の赤ちゃんを誕生させてきた。その内142人から身元開示の訴訟を起こされている。ある時、子供の1人が自分が応援しているサッカーチームの選手であることが分り、533人の子供の父親であることを明かした。最後には533人の子供達と一緒にキャンプをするまでになったと云うほのぼのした映画である。
   レネ・アルメリングというイエール大学の教授であり、Sex Cellと云う本の著者が、生殖マーケットの調査のため、20名の精子提供者を聞き取り調査した結果、最も当たり前の動機は『報酬』を得る為、その次に『自分の素晴らしい遺伝子を広げるため』であったという。
  今年始め、米CNN TVが善意の無料精子提供者を震撼とさせるニュースを伝えた。 米国カンザス州でレズビアン・カップルに精子を提供した男性が生まれた子供の養育費負担を命じられ州当局と法廷で争っている。カンザス州のウイリアム・マロッタ氏は2009年、インターネット上の情報サイト『クレイグス・リスト』で精子提供者を募るレズビアン・カップルの広告を見かけ、自分の精子を無料提供する事を申し出た。『私は遺伝物質を残したいだけ、それでおさらばする筈だった。精子提供するにあたり、生まれた子供に対し、父権を放棄、子供に関する全ての経済的責任、法的責任を負わないと云う契約書を交わした。しかし、女性の1人が妊娠し、女児を出産、その後このカップルは破局、1人は失業状態にある。女児を生んだ母親は我が子に医療保険を加入させる為に公的支援を申請した.カンザス州の児童家族局は父親の名前を明かす事を条件に養育費を請求出来るとした.仕方なく母親はマロッタさんの名前を教えてしまった.しかし、レズビアン・カップルとマロッタさん3人が署名した契約書は法的に無効であった。カンザス州の法律では医療機関、医療専門家が介在した場合のみ、精子提供ドナーと認識される。 ドナーから提供された精子は必ず、医師の手に渡す事、さもないとドナーの権利は守られないと云う。さらに契約書を交わした時、弁護士の立ち会いがなかった。カンザス州は同性婚を認めていない、従って、カンザス州の精子ドナー法は精子提供を必要とする既婚女性を守る為の法律であり、レズビアン・カップルやシングルマザー希望者の精子提供を想定した法律ではなかった。カンザス州の法律解釈では、マロッタさんは子供の母親とおつきあいしていたことになり、彼女を妊娠させてしまった、養育費も払わずに逃げようとする。父親として、今年3歳になった娘の養育費6000ドル(54万円)の支払を州当局から命じられている。これからは同性婚が認められていない州で精子提供を行わないことだ。
   精子提供で生まれた最初の世代が自分の生物学的父親を知りたがる年代に差し掛かっており、精子バンクのドナー名開示拒否と云う方針にに不満を述べる。“Confession of Cryokid and Anonymous” (ドナーから生まれた子供と匿名提供者の告白)と云うウエブサイトでは、自分の父親が誰か分らないとの云う不安と心の痛みを述べ、まるで、自分は半分養子の様な身分だと感じると云う。ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州のハム上級裁判所は、精子提供で生まれた経緯を持った女性が精子バンクを訴えた裁判で、裁判所は精子バンクが父親の匿名を守る事は許されないと云う判決を出した。

    

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