ジャーナリストのパソコンノートブック
(96)中国経済成長鈍化
  
 時速80キロメーター以下にスピードを落とすと爆発する爆弾を仕掛けられたバスが走り続けると云う映画「スピード」の様に、中国経済はGDP成長率が7%以下に落ちると爆発を起こしかねないと世界各国は不安げに見守っている。冗談じゃない!日本の昨年のGDPはー0.7%、今年は1.4%見込み、中国の7%の成長はうらやましい限りだ。中国の2003年から2010年2桁の成長で走り続けた中国経済に急ブレーキが掛かったのだ。中国の2桁の経済成長を支えてきた輸出主導型戦略が瀬戸際に立たされている。 中国の8月の貿易収支(輸出マイナス輸入)が754.1億ドルの赤字に落ちっている。これは予想以上に落ち込んだ輸出によるものだと云う。過去20年間驚異的な成長を支えた経済のエンジンが息切れし始めている。
景気が鈍化し始めると、これまでの驚異的な成長を支えてきた経済政策のマイナス面が表れ始めた。一番の障害になっているのが「国家資本主義体制(国家の介入)」だ。 国家資本主義は中国が改革開放路線をとり始めた時は素晴らしく順調に機能していた。 中国は膨大な人口を抱え、比較的資源が乏しい。鄧小平の「黒い猫でも白い猫でもネズミを捕るのは良い猫だ」の音頭で、社会主義国家に市場原則を導入して、資本主義のメリットを上手く利用して、全人民が豊かになるという改革開放路線をとった。中国は食料と原材料を大量に輸入し続ける為には大規模な貿易を維持するしかない。安い輸出製品を作るには中国でふんだんに利用出来る農村部の労働者を大量に雇い入れる事だ。政府は土地利用の許可、免税期間の適用、労働法、や環境法の適用緩和、輸出品への補助等、製造コストを最小限に抑える様支援した。外国企業から材料、サンプル、部品を取り寄せ、それを加工し、模倣し、組み立てる体制を作り上げた。パクリだと批判されても、この戦略によって中国は研究開発費を最小限に抑え国内に何千万もの雇用を生み出し、「世界の工場」となった。 中国は元々農村経済であったので、工業化の余地が大きかった、製造業で好況に湧く都市で出稼ぎ労働者への需要があるかぎり、政府は道路や工場の建設に投資を続ける事が出来た。 中国国家資本主義体制の絶頂は2008年の北京オリンピックであった。その年に起きたリーマン・ショックに端を発するグローバルな危機に巻き込まれたが, 政府は2金融危機を大型の設備投資を柱とする超大型景気対策と銀行への資金注入で乗り切り、2010年には2桁の成長を成し遂げ、中国の高成長の維持に成功した中国政府の決然たる態度は世界中の称賛をあびた。しかし、政府はこの頃から経済政策の舵取り方を間違った。2008年の世界金融危機以降4兆元(約50兆円)の景気刺激策を実施したが行き過ぎた信用拡大は 不動産バブルを招いた。地方政府の役人は、2009—2010年に中央政府から何かインフラ.プロジェクトを探して、銀行資金を調達しろと催促があったと云う。中央政府の何が何でも2桁の経済成長を遂げると云う意気込みが感じられたという。
   中国の輸出主導型経済は欧米企業のアウトソーシング・ブームを起こし、海外からの直接投資が急拡大した。不動産業者は利幅の低い低所得者層向けの住宅の建設より、都市部の開発予定地周辺のインフラ整備負担をすると約束し、政府から土地を安く入手して、工場、ショッピング・モール、ホテル、有料道路、橋等を建設しまくった。これら開発は実際に需要があると云う裏付けがない。政府当局の権威を誇示する為のきらびやかな高層ビル建設と地方政府よる無計画なインフラ投資は壮大な浪費であったと云われ初めている。これらプロジェクトの多くは採算の合う見込みがなく、多くのプロジェクトが銀行からの融資のみに頼っているため銀行は山の様な不良債権を抱える事になるであろう。中国の銀行システムは国有化されているため、地方政府の債務返済期日を一年先送りする様金融機関に義務つけている。11月の共産党大会に大混乱が起きたら大変だからだ。返済猶予の延長や借り換えで融資を延長すれば銀行のバランスシートには表れない様になっているので、国民は資産が効果的に配分されているかどうか知らされていない。金融危機以降の不動産バブルに踊った不動産開発会社も借入金の負担増で、青い気吐息だ、中国のメディアでは不動産開発業者の自殺が何件か報じられている。 又香港、シンガポールからの華僑から資金調達した業者の中には行方不明になった者もいる。
   まるで不動産バブルの破綻を象徴するがごとく、8月黒竜江省のハルピンのかかる橋(建設比235億円)が完成して一年足らずで崩落した。その前には広州で建設中の消防署が崩落して4人が死亡。橋の崩落事故は過去一年で7件目であるという。インターネットには手抜き工事と役人の腐敗が招いた事故だと云う投書が相次いだ。倒壊したインフラの多く は2008年政府の景気刺激策が生み出した建設ラッシュの時期につくられたものだという。
    
  不動産市場の加熱による住宅価格の高騰は多くの中国人を都市部に住めなくしてしまった。農村から都市部への出稼ぎ労働者人口の移動で、住む場所が必要となるが、建設現場や、工場で働く労働者の大半は寮で寝泊まりする。 家を買う等は高値の花になってしまった。「カタツムリの家」は設計会社のインターンが竹と湿防水フィルム、麻袋を貼った1平方メートルの家を会社の前の歩道に置いた。不動産価格の高騰で住む家がない不満を象徴し、同名のTVドラマもヒットした。大学を出たばかりの新社会人が4—5人の仲間で小さなアパートを共同で借り、生活費を稼ぐだけでやっとの夢も希望もない生活を送る若者達を「蟻族」と呼んでいる。新築の高級アパートは香港、シンガポール、マレーシア等の等の投資目的の中国人や、新興富裕層だ。 農村部から都市部に流れ込んだ出稼ぎ労働者は、「中間層の」役割を担う筈であった。2008年の金融不況で農村に帰郷した2000万人の出稼ぎ労働者の一部は都市部に回帰していない。高い住居費やインフレの上昇など都市部での生計が難しくなってきているからだ。中国政府は輸出の減った分を国内の高い個人消費で埋め合わせる事が出来ると云う楽観的シナリオを描いているが、実情は中間層の不在で、頼みの個人消費の拡大による内需拡大は見込めない。又、中国の民営企業は国有企業に押されて零細企業が多い、内需拡大には貢献出来ないでいる。1997赤字を垂れ流す国有企業を改革する為に、国有企業の大胆な民営化を計ったが、「国退民進」(民間が主役になる)は起きなかった。国有企業が政府から巨額の資金提供を受け、民間企業の経営を圧迫しているからだ。国有企業は共産党員に運営され、彼等は既得権益を手放したがらないので「国退民進」の改革は中国では起きそうもないと外銀は語っている。

   中国の製造業者は研究開発やエンジニアリングに大規模な投資をするよりジェネリック生産(相手先ブランドによる生産する、又はOEM)を選び、てっとりはやく稼ぐ方を選んできたので、自社製品のブランド名の浸透を計ってこなかった。 中国の輸出品の大半は組み立てだけの物で、設計や、企画は外国のもの。利益の大半はパテント料として国外にいってしまう。独自性のある付加価値の製品を作らなければ、これからは輸出で生き延びる事は出来ない。グローバルブランドの構築が必要だ。
   世界一の生産を誇る中国家電メーカーのハイアール製品も米国進出後10年経ってもブランド名が浸透しておらず、冷蔵庫もホテルの部屋のミニバーとか学生寮に設置されているものとしか認知されていない。パソコンのレノボは 世界一のIBMが中国にPC部門を売ったため、米国では信用度も名前の認知度も高い。中国製品は値段は安いが「パクリ」と云うイメージが世界的に浸透している。これが中国車が米国で苦戦している一因になっている。 これは2008年フォードモーターの中国人のエンジニアーが、4000件以上の設計情報をダウンロードして、中国の競争会社に持ち込んだとして、6年の刑罰を受けた事件で,中国車は米国で信用を落としている。国際的に競争するには最先端の技術を駆使した製造に移行しなければならない。国外で売る新製品は正確さと信頼性が不可欠だ、中国は2009年末コペンハーゲン温暖化防止国相条約ヘの協力を拒否した。これからは中国は国際社会の責任を負わないで世界秩序に「ただ乗り」する事は許されないであろう。今年春、中国政府が発表した第12次5カ年計画ではクリーンエネルギーやバイオテクノロジ等先端分野の成長を重点目標に据えている。
    
中国の輸出主導体制は転換期に来ている。欧米社会は中国の高官をおだて、甘やかしてきた。これが「中国の自分さえ良ければ」と云うわがまま政策を許してきた。 中国のコストを度外視した廉価な製品の過剰生産、過剰供給により、日本の大手TV生産を停止せざるを得なかった。 米国のソーラ・セル(太陽電池)メーカーも日本のTVメーカーと同じ様な憂き目にあっている。 中国の採算を度外視した低価格で過剰生過,過剰供給攻撃を受けていたからである。中国のSuntech等の太陽電池メーカーは、政府からタダ同然の資金援助と源材料、大幅に割引された電力や水道代等の政府援助を受けている。 中国のわがまま政策のおかげで、2001年世界市場の1%しか占めていなかった中国製の太陽電池が、昨年は世界市場の56%のシェアーを奪っている。一方、米国の太陽電池は2001年に世界の27%のシェアーを占めていたのが、昨年はたった3%に追いやられた。中国の身勝手な政策は自由貿易制度を脅かしているとして、今年5月米国商務省は中国の太陽電池輸入に31%の懲罰関税をかけて対抗している。 さらに中国政府の為替政策は世界経済再建の障害になっているとして、 米国上院は昨年10月人民元の過小評価に制裁を科す法案を可決している。 中国が競争し繁栄する為に構造改革をするなら、グローバル化の痛みは避けて通れない。中国メーカーは政府の優遇政策や安い労働力は充てに出来なくなるであろう。出稼ぎ労働者の減少と一人っ子政策で労働コストの上昇は避けられないからだ。中国は安い労働力を提供する「世界の工場」にはなれないかもしれない。

    インフラ整備や、工場、商用不動産と云った固定資産投資は中国国民に何の恩恵ももたらさなかった。中国政府は3年もの間資源の配分ミスを続けたのだ。高インフレと不動産バブル、地方政府の膨大な財政赤字等、何から何まで中国の一般大衆には無縁の話である。 経済の急減速。蔓延する汚職役人への国民の不満は高まっている。今後不動産会社の破綻が続けば、銀行経営が危なくなる。景気のさらなる悪化は、失業者を出し、暴動が起きるかもしれない。国民の目をそらす為に、政府は反日感情を煽り、利用した。反日でガス抜き出来れば中国政府にとって、好都合。中国政府のゴーサインが過去に例のない50都市での反日デモを拡大させた。 デモの後半で毛沢東の名前や、似顔絵のプラカードが見えたが、毛沢東は貧富の差別をなくした指導者だ。国民の格差拡大への怒りは何時政府に向かってくるかもしれない。中国では共産党の指導者の大幅な交代が控えている。大抵この時機にはナショなリズムが高まる。中国側の日本への挑発は11月の共産党大会まで続くであろう。日本は中国ナショナリズムの絶好の攻撃標的だ。 中国の挑戦に乗らない様にしなくてはならない。 しかし地方政治の腐敗、景気の減速等から国民の目をそらすのに、中国政府は反日の手段しかないのはこころもたない。   おわり、


                          柴田
 

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