ジャーナリストのパソコンノートブック
(88)ヨーロッパは危機を回避出来るか?

昨年の11月であった,ECB (欧州中央銀行)はヨーロッパ各国が資金調達する為に発行した国債を買い取る能力を拡大して“Last resort bank”(最後の貸し手)になるべきだと猛烈な政治的圧力を受けていた。 ECBのDraghi(ドラギ)新総裁は憤懣やるかたない口調で「2010年6月に資金繰りに困った国を救うために EFSF(欧州金融安定化資金ファシリティ)が4400億ユーロ(47兆円)の融資規模を持つ基金を発足させたばかりだ。資金繰りに苦しむ国々の“Last Resort Lender”(最後の貸し手)となるのはEFSFであるべきで、ECBではない。EFSFは発足からたった18ヶ月で,資金が底をついてしまったようであった。放漫な財政政策を温存したままでは世界中の金をつぎ込んでも問題は解決出来ない。ユーロ圏の借金大国はたとえ当座しのぎで資金調達が出来たとしても,数ヶ月後には過去の莫大な国際償還、返済期限を迎える。昨年11月時点で,ユーロ各国の政治家や金融当局は事態の認識が甘かった。彼等は返済期限が来る頃には“deux ex machina”(古代ギリシャ劇では話を終わらせるのに,“時の神 ”deux ex machineと云う車を付けた箱を舞台に登場させる)が出て来て助けてくれるからといい加減な資金調達計画であった。リーマン・ブラザースの破綻から発した米国の金融危機がやっと収まった2009年夏,ギリシャの新政権が旧政権による財政赤字のごまかしを発見した。実態は公式発表の2倍の赤字に達している事が明らかになった。ギリシャでは労働者の4人に1人が公務員と肥大化した公務員制度,手厚い社会保障制度等の放漫財政で債務不履行(デフォルト)しかないと云うところまできた。小国ギリシャだけで処理出来た筈の信用不安がアイルランドとポルトガルで新たに危機が起き始めた。危機が勃発してから15回の緊急首脳会議が開かれているが,各国政府はその度に増税や給付金削減など緊縮政策を約束しておきながら,追加支出や減税などの努力を怠り、危機は悪化の道をたどった。ギリシャ一国の危機が,イタリア、スペインまで飛び火しそうであった。フランスのサルコジ大統領は自身で「メルコジ」と云う造語を作り、いかにもドイツのアンゲラ・メルケル首相と良好な関係を維持していると云うパーフォーマンスを見せて,陰ではフランスの銀行が借金返済を出来なくなれば ECBから調達すれば良いとずる賢い事を語っている。フランスの銀行の南欧諸国への貸し出しは9000億ドルにも上っている。ギリシャがデファオルトになれば潰れる銀行は少なくない。信用収縮は既に昨年9月頃から始まっており,格付け会社ムーディーズはソシエテ・ジェネラル等フランスの大手銀行2行の格付けを引き下げた,ギリシャ国債を多く保有していると云う理由だ。サルコジ仏大統領はECBからギリシャに緊急援助を行う様にメルケル首相に強く働きかけた。メルケル首相は「私は財政破綻が起きれば駆けつける“消防士”ではない,私はユーロ圏内の財政統一体制を構築する “ビルダー”(建築士だ)」と ECBによる緊急援助支援を撥ね付けている。 ECBは本部をフランクフルとに置き、事実上の拒否権を持つのはドイツだ。 ECBはユーロ圏17カ国政府への直接貸し出しを禁じられている。昨年10月10日フランスのドービルでサルコジ大統領と会談したメルケル首相はギリシャなどの危機に堕ちいった国を破綻させない為には「各国の国債を保有する銀行その他民間機関に大きな犠牲を払わせるしかない」と伝えた。メルケルは仏大統領に強い不信感を持っており,「メルコジ」と呼ばれるのを嫌った。昨年11月末のサルコジ仏大統領,マリオ・モンテ伊首相との3者会談で,時間厳守で知られるドイツ人のメルケル首相はワザと両人を30分以上待たせた。ECB (欧州中央銀行)で事実上拒否権を持つのがドイツだけだ, ECBで貸し出しが許されるのはドイツの同意が必要な事を両人に分らせるためだったという。昨年末まで,ユーロ圏の国々の政府全体で債務を保証する「ユーロ共同債券」を発行して一気に危機を解決しろと,多くのエコノミストがそう促してきた。当時のメディアはメルケル首相の危機対応の遅さを非難した。ある雑誌は彼女が少女時代に学校の水泳で高飛び込み台に上り動かなくなった。そして授業終了のベルが鳴った瞬間に飛び込んだと云う彼女ののろさを語るエピソードまで紹介している。メルケル首相は「ユーロ共同債」の発行に反対する理由は、それは無節操な救済策で,政府の中には財政緊縮策をないがしろにする恐れがあるからだと語っている。メルケル首相は原則厳守の政治家だ。ユーロは制度的な欠陥を内包している。参加国の経済格差があり,通貨と通貨政策は共通だが,財政政策は各国バラバラだ。ユーロ圏の政治指導者はお互いに他国の経済政策の問題に気付いていながら見て見ぬ振りをしてきた。一部の国でまかり通ってきた放漫財政を監視してこなかった。これがユーロ財政危機の背景だとメルケルは痛感していた。これまでに財政危機の対処に失敗したのは5カ国。ポルトガル,イタリア,アイルランド,ギリシャ、スペインのいわゆるPIIGS(豚)はズサンな財政政策の罰を受けなければならないと考えていた。昨年11月にポルトガルの国債が格付け会社フィッチからジャンク(くず、投資不適格)と格下げされた時,メルケルとドイツ連銀は放漫財政運営に対する当然の罰だと見なした。メルケルはこれら問題児の5カ国にドイツ流の財政規律を適用しようとしている。

  イタリアの前首相ベルルスコーニは財政危機感覚が全くない問題児だ。「レストランは満員,飛行機も満席だから,イタリアは順風満帆だ」と云う落第生首相がひきいる国の財政破綻に世界中の資金をつぎ込んでも救う事は出来ない。ドイツとフランスはセックススキャンダルにまみれ,緊縮財政を怠ったシルビオ・ベルルスコー二前首相を退陣に追い込み,イタリアのテクノクラート(実務家)内閣を率いるマリオ・モンティ新首相,ECB (欧州中央銀行)のマリオ・ドラギ新総裁等とテクノクラート色を強めている。ギリシャでも緊縮財政に反対する激しい抗議デモの中,ヨルゴス・パパンドレウ首相が信任投票を勝ち取った。昨年11月ギリシャのヨルゴス・パパンドレウ首相がEUの金融支援策の受け入れを国民投票で決めると発表した。 緊縮財政はEUがギリシャへの緊急金融支援を続ける条件であった。金融支援を受けられなければ,ギリシャはデフォルト(債務不履行)となる。首相はデファルトでギリシャがいかに大きな代償を払わなければならないかを知らなかった。ギリシャ国債を買った外国の銀行は破綻するであろう。信用収縮が世界規模の金融破綻を起す。ギリシャはユーロ通貨同盟から離脱して,昔のドラクマと云う紙幣を印刷する事になる。破綻国家の通貨は価値が低い。スイス大手銀行UBSの見積もりではユーロより50%安くなるから,外国から物を買う事は出来なくなる。パパンドレウ首相の国民投票案に唖然としたメルケル首相とサルコジは首相にユーロ圏に留まるか,離脱するか,自分で決めろと恐喝し、パパンドレウ首相に国民投票案を撤回させた。メルケル首相はドイツはユーロ圏経済の3分の1を担うヨーロッパ最大の経済大国であり,ユーロ危機でもっとも多くツケを払わされる立場にある。事実ドイツの有権者の間には怠け者の南欧諸国を支援する事に対し不満が高まり,ユーロ離脱を求める声が高まっている。従って,ヨーロッパ経済はドイツ政府とドイツ連銀の定めた方針に従ってもらうと云うのがメルケルの持論だ。これはメルケル首相が独裁主義者と云う訳でも,ドイツでナショナリズムが台頭した訳でもない。彼女は東ドイツ出身の学者だ,そして緊縮財政政策を取る政治家として知られている。ドイツの財政規律をユーロ圏全体に適用したいと考えている。現在の危機から脱出する為の苦肉の策だ。メルケル首相は各国の財政監視の強化を実現しようとしている。ヨーロッパの危機回避はメルケルの双骨にかかっていると云って良い。ドイツ国内でも,彼女の政策を評価する有権者は10月には45%だったのが年末には65%まで上昇した,

  一方,ユーロ危機対策で貧乏くじを引いたのが、フランスのサルコジ大統領だ。フランスのライバル政治家からメルケルの尻に敷かれていると批判された。サルコジが緊縮財政で遅れをとっている,構造改革を進めていないと、S&P格付け機関から,それまでの最上位のAAAからAAに格下げされた。格下げはフランス政府の国家財政への新たな衝撃を吸収出来る余力は限られていると云う指摘だ。格下げはこの4月に大統領選挙を迎えているサルコジ大統領に痛手となり,再選までが危ぶまれている。 昨年10月フランスはまだトリプルAの格付けを誇っていたが,しかし、フランスの10年国債の利回りは3.050%で,同じトリプルAの格付けを持つドイツの10年国債の利回りは1.854%と,同じ格付けを持つ独仏間で、歴史上,最も屈辱的な金利差であった。(日本の10年債利回りは1.3%,米国債1.89%)。フランスは10月当時,既に格下げも同然の評価であった。S&P はドイツの格付けをトリプルAと最上級の評価に据え置いている。 サルコジはドイツのメルケル首相とユーロ危機解決で「メルコジ」コンビとしてEUの意思決定をリードしてきたが,自国の緊縮財政,構造改革には努力を怠ってきた。経済の健全性はスペインより評価が低い。フランスの国家財政は74年からずっと赤字が続き,手厚すぎる社会福祉制度の見直しが進んでいない。OECDによれば,フランスの国家債務が2兆ドルに上るにも拘らず,緊縮策による節減額は今年末まで僅か257億ドルに過ぎない。飲食店への付加価値税引き上げ,タバコと清涼飲料への課税を柱とする緊縮財政政策は投資家を納得させるビジョンと規模に欠けているものだと云う。若者の高失業率,格差拡大などが格下げの理由だ。エコノミストはフランスのギリシャ化を心配する,政府の借り入れコストが上昇し,債務返済がより困難になり,経済が弱体化して,投資が減り,景気低迷と失業率の上昇を招く,さらにフランスの銀行はギリシャやイタリアの債務破綻リスクにさらされていると云うのが格下げ理由だ。

  ギリシャの当面の破綻は1月27日,28日アテネでギリシャ政府と I I F
(民間の債権者を代表する国債金融協会)と債務減免を巡る交渉まで漕ぎ着けた。裏側でギリシャ政府を操っているのがドイツであると外電は伝えている。ドイツは債務問題は根本的にはユーロの危機でもなく,ギリシャの危機でもない。ギリシャ国債などのジャンク債を買いあさってきた裕福な国々の民間銀行だ,だから民間の債権者の負担増を求めている。週末の(1月27日,28日)交渉でギリシャのベニデロス財務大臣は「法的,技術的重要な見解の一致を見た,重要な進展はあったが、まだ多くの作業が残っている」と語った。具体的には民間の銀行などが保有するギリシャ国債の元本の50%を削減する事で基本的合意に達した。ギリシャの財政再建が想定以上遅れると追加支援の可能性もあると云う。AFPによると民間の金融機関の債務削減率は70%になる可能性もあるという。又EUのレーン欧州副議長は「月内にも決着すると見通しを発表した。 さらにドイツのショイブレ財務大臣は「ギリシャのデフォルトは想定していない」と言明した。どうやら,ユーロの当面の崩壊は避けられそうだ。

    ドイツのメルケル首相はすごい政治家だ。当面の債務危機の解決ばかりでなく,彼女の長期的課題「EU 参加国の財政統一体制を構築してヨーロッパ再建」を成し遂げようとしている。 昨年末のEUサミットで26カ国が署名した財政規律強化新協定により,財政面での統合を一段と進めている。さらに1月27日のEUの首脳会議で,金融の「ファイアーウォール(防火壁)を常設的な安全網として構築する事を発表した。具体的にはFSM(欧州安定メカニズム)の融資能力から 5000億ユーロを提出,それにEFSF(欧州金融安定化資金ファシリティ)の残り2500億ユーロを組み込んで,「ファイアーウォ--ル(防火壁)」の強化に乗り出した 

   ギリシャは3月20日に145億ユーロ(1兆470億ドル)の国債償還を控えており,融資がとまれば,資金繰りに窮する可能性もある。IMF(国際通貨基金)の新理事長クリスティーヌ・ラガルドは昨年フランスの財務大臣から,女性で初めてIMFトップに選ばれた。ラガルド女史は「ユーロ圏の国々はまだ危機の中心にあると云う事を意識しなければならない。世界的に銀行セクターが危険水域にあり,今後ユーロ圏の動向に大きな懸念がある。欧州の金融ファイアーウォール強化の取り組みを新たに要請した。 ヨーロッパでは1980年代のマーガレット・サッチャー英首相,2011―12年アンゲラ・メルケル独首相、クリスティーヌ・ラガルドIMF理事長と強い女性が出てきて金融・財政危機から救ってくれると,強い女性神話が信じられ始めている。

   米国のガイトナー財務長官もユーロ圏が危機対処に講じてきた一連の措置を評価しつつ,将来の危機回避に向け,欧州は一段と堅固で効果的な ファイアーウォールが必要になると述べている。

    ギリシャやイタリアの国民にとって今年は緊縮財政のおかげで痛みを伴う負担を強いられる。近い将来苦労が報われると確信出来れば耐えられるが,ヨーロッパは更なる景気後退に陥る可能性が強い。EUの政策はテクノクラート(技術官僚)による、緊縮財政を求めるものばかりで,成長戦略がない。こういう時,今まで甘い生活をしてきたギリシャやイタリアの国民が厳しい生活を耐えられるかどうかが問題だ。ギリシャ国民は不満の矛先をドイツのメルケル首相に向け始めた。メルケル首相はギリシャ国民のお門違いの攻撃にもビクともしないであろう。2年前チューリッヒで「お尋ね者メルケル,スイスに足を踏み入れたら暗殺する」という顔写真入りの“Wanted Merkel”ポスターを町中で見かけた。これはメルケル首相がスイスの大手銀行がバハマなどの海外の租税回避地の優遇税制を利用したドイツや米国の富裕層の資産を誘致している事に対し、厳しい取り締りをしたからだ。 緊縮財政下のヨーロッパでは欲求不満の国民を甘い言葉で誘い、民衆を鼓舞するポピュリストが台頭する可能性もある。フランスでは極右政党の国民戦線のマリーヌ・ルペン党首がフランス国債の格下げをサルコジの失策と批判し,公然とユーロ圏からの離脱を主張している。   終  柴田


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