ジャーナリストのパソコンノートブック |
(86)電子書籍時代にどのように対処すべきか |
外国特派員協会の図書館で30年も勤めている司書が5年前に出版された書籍を米国の出版社に注文したところ 出版物としては絶版で、アマゾンの電子版でしか閲覧出来ないと云われたと嘆いていた。米国の出版社で改訂版や増刷をするところが少なくなったと云う。有名な作家でも最初からアマゾンの電子書籍でのみ新書出版と,アマゾン社の作家の囲い込みが起きているからだ。そういえば外国特派員協会の図書館の書棚に飾られていた海外のビジネス週刊誌,月刊誌の数が激減した.数年前までは書棚はIT関係の雑誌で溢れていたが,全て電子版になり,書棚から姿を消した。印刷物を出しているのはたった一社だけになっている。こんなガラガラな書棚になって,果たしてこれが図書館と云えるのであろうか? 未来の図書館はどうなるのであろうかと云う疑問が湧いてくる。図書館は電子書籍を閲覧するパソコンだけになってしまうのか? 私の様なアナログ人間は本屋で新刊書として目立つところに並べられている本を手に取るか、ジャンル別に分かれている書棚で欲しい本を探す。電子書籍はどうやって選べばよいのであろうかと疑問が湧いてくる。 特派員協会の図書室で、少数であるが、刊行物が飾られている書棚があった、"Publishers' monthly(月間出版者)" とか" Editors & Publishers(編集長と出版者)"と新聞社や出版社の業界刊行物である。その表紙を読んで驚いたのは、どの雑誌も「紙の刊行物として生き残る会社はゼロである」とか,「新聞社の死」とか恐ろしい見出し,目次には「今月潰れる新聞社はどこだ」とか,「今年廃業する地方紙のリスト」までが掲載されている,まるで新聞や出版社の死亡広告のようだ。さらに別の特集では,なんとか,窮状をしのげても,編集者,記者,特派員の給料カットは避けて通れないであろう,どこの出版社が何%給料カットするかと云うものであった。念の為に2005-2006 年頃の新聞記事を見ると、当時の新聞、雑誌の経営者はディジタル化の脅威を嘆き、印刷版を廃止して, Web版(電子版)のネット広告を稼げば,生き残る事が出来ると,お経の様に唱えていた。この頃Web版を発行した新聞社の中で,New York Times, Washington Post, Wall Street Journal はネームバリューのお蔭で,電子版のネット広告料で今日まで生き残る事が出来たが,地方紙は壊滅状態になっている。新聞社の収入は1)駅前やコンビニなどの新聞スタンドの売り上げ;2)家庭での購読料;3)広告収入である。地方新聞にとって唯一の収入はクラシファイド・アドと云う不動産、求人,野球等のチケット情報等の広告であるが,地方紙の息の根を止めたのがCraig Listである,サンフランシスコのCraig Newmarkと云う青年がこれらクラシファイド広告をネットで無料配信し始めたのである。他の都市も次々と地方コミュニティー情報をCraig listとしてネット配信を始めた。無料広告であるのでCraig Listには儲けが入らないが、これがそのまま、地方紙の広告収入損失になった。数百万ドルの広告収入が失われたと云う。 私はアナログ世代の人間であるので新聞記事や書籍をネット画面で読むのに苦痛を感じる。自分で記事を書く為の参考資料として検索記事を読む時以外,ネットの記事を読むには相当の注意力の持続が必要だ。大事だと思われるところに赤い線を引いたり,書き込みを入れたり,本の様にdog ear (頁の折り込み)をしたりする事が出来ない。ネット上で小説を読むなんて苦痛以外の何物でもない様に思われる。しかし時代は紙の本に置き換わる電子書籍の時代に移り変わっている。今年7月世界で一番書籍販売数を誇るネット通販大手のアマゾン社が電子書籍の売り上げがハードカバー(紙の本)の売り上げを上回ったと発表したのだ。本は完全に廃れる事はあり得ないと思うが、時計を逆回りさせる事は出来ないのだ。 電子書籍(e-Books)を読むにはリーダーと云われる専用の機器が必要だ。 海外の電子書籍端末にはiPad(Apple), iPhone (Apple), Android(Google), Kindle (Amazon), Nook (Barnes &Noble), Galaxy Tab(Samsung) 等があり,日本の電子書籍端末にはGalapagos(Sharp), Sony (Reader), biblio Leaf(東芝),Life Touch (NEC)がある。 米国ではアマゾンが電子書籍の先駆者であるが、電子書籍を端末機Kindleで発売してから5年しか経っていない。このKindleは先行していたSony LIBRIeの影響をうけて作ったと云われている。Kindle とLIBLeの大きな違いは Kindle が3G通信を内蔵しており,Kindle から直接に書籍,新聞,雑誌を購入,ダウンロード出来るからだ。現在百万冊の書籍が電子配信されている。注文して60秒後にはダウンロード完了,すぐ読み始められる。 Amazon はIT バブルの生き残りの様な地味な電子書籍端末機で,デジタル・メディアの先駆者であるApple との差を急速に縮めてきており,2011年11月にリリースした待望の新型電子書籍リーダー"Kindle Fire"でApple の iPadとの対抗を視野に入れはじめている。フルカラー,タッチスクリーンのタブレット"Kindle Fire"をApple キラーと呼んでいる。それは"Kindle Fire"の価格設定であきらかである。Amazonは赤字覚悟で徹底的に価格を引き下げてきている.業界では当初、Kindle Fire の価格は、先月リリースされたAppleのiPhone 4sの低価格帯$499の半分の$250位ではないかと想定していた。しかし,新タブレットは$199(Y15,322)で売りに出された。 ITアナリストのGene Munster 氏は,AmazonはKindle Fire一台毎に$50の赤字を出しているのではないかと推測する.Kindle Fireの$199は戦略的値引きである。標準価格を$500 に設定いたその他のタブレット.メーカーは,既に壊滅状態である。Hewlett Packard は慌てて,そのTouch Padを大安売り価格の$99に下げた。RIM もBlackberry PlayBook,そしてMotorolaも Xoomを採算外の$300まで価格を下げたが採算がとれない。Appleは先駆けとして,メディア・ディバイスを学校,オフィス,病院向けのツールとして売り込む事ができた。 Amazon はKindle Fireをタブレットではなく,高性能の書籍リーダーとして仕分けしている,従って,Apple iPad2の様なカメラ、マイクロフォン機能も搭載されていないが,カラー・タッチスクリーン、映画,音楽,アプリのダウンロード、ウエブブラウジングと十分な機能を備えている。 Android(Google OS)のApp store で10,000 以上のゲームがダウンロード出来る。子供を載せて運転する時、後部座席で静かにさせるのには十分な機能を備えている。アマゾンは何百万件の商品を扱うネット通販大手であるのでKindle には ディジタル・ショッピングのアプリが前もってインストールされている。スクリーン上のアイコンをクリックすれば、「 年会費79ドルで、Amazon Primeの会員に全ての商品を2日以内に届ける」と云うキャッチフレーズで、売り上げを3倍にも,4倍にも増やした。クリックしなくてはいけないと云うAmazon addict (中毒)現象を起こしている。ディジタル・ショッピング全体で消費をさらに多く引き込み,お金を使わせる仕組みになっているので、Kindle Fireの赤字を補って余りあるという。Amazonはタブレット市場に遅れて参入した事が幸いした。クラウド機能を搭載することで、ストレージ容量がたった8ギガバイトでも(iPadの64ギガバイトに較べ),書籍,音楽,動画、個人的な記録などストレージには制限がない。8ギガバイトでコスト的に節約できた事になる。アンドロイドOS搭載によって,インターネット閲覧,電子書籍,ライブラリ?にもアクセス出来る。 アプリケーションは100とiPadより少ないが、Amazon App Store で提供される(有料と無料あり)。Amazon App StoreにはFacebook, Twitter, Pandora, Netfixからアクセス出来る。 Kindle Fireは他のタブレットと較べても遜色ない。Kindle Fireの魅力の一つはAmazon Newsstand で400種の新 聞、雑誌がフルカラーで閲覧出来る事だ。Newsweek や Time,NewYorker, Esquireの様な雑誌から,ファッション雑誌,料理雑誌が閲覧出来る事だ。 ブラック・フライデー(11月第3木曜日の次の日)からクリスマスホリデーのショッピングが始まるが,Kindle Fireは飛ぶ様に売れたと云う。クリスマスプレゼントにはぴったりの商品だ。AppleのiPadも良く売れているという。どちらが良く売れたか結果が楽しみだ。 Amazonが日本市場参入に向け,複数の出版者と契約合意したと伝えられ,年内にも日本語の電子書籍購入サイトを開設し,自社のKindle Fireも販売する見通しだと云う。日本の出版界はAmazon社CEO Jeff Bezos の強引なビジネス手法に戸惑うであろう。米国での彼の評判は億万長者なのにどケチ,私利を追求する究極のキャピタリストで、現在ウォール街で反格差社会デモを行っている若者が真っ先に攻撃すべきは彼の様な人だと思ってしまう。 Bezos氏のビジネス (手法)は徹底的な値下げである。Amazonは電子書籍の戦略的値下げをして書籍出版会社がもうこれ以上やって行けないと云うところまで追い込み倒産させるという。何人かの著名な作家とハードカバーと電子本の両方の出版で独占契約を交わし,作家の囲い込みをしていると云う。40年も続いたサンフランシスコの出版社はAmazonを「弱いもの苛めをする、ならず者」だと呼ぶ。書籍出版会社ばかりでなく,流通大手もAmazon がKindle Fireと云う新たな武器を手にして,消費者の囲い込みという競争を挑んでくるのではないかと戦線恐々としている。Amazonが玩具から,紙おむつ、高画質TVまでの商品や、電子書籍サービス等何百万件もの販売で独自の流通システムを築き上げているからである。 競合相手ばかりでなく,メディア,弁護士までもが,地方都市コミュニティー、商業活動,地方都市の雇用状態にまで大きなインパクトを与えていると、その独占力の怖さを指摘する。Kindle Fireの脅威に対抗する為に、玩具販売の最大手トイザラス(Toys"R"s),Sports Authority, Radio Shack(MP3 laptop PC) 等のチェーン店経営者はタッグを組みAmazon Primeに似た年会費79ドルで配送費無料で2日以内で配達するShopRunnerというサービスを始めている。 Amazon は従業員に厳しい雇用条件を強いる事で有名である。配送センターで雇用される従業員は(健康保険手当を含んで)1時間$11(847円に相当)で雇われる,仕事は重労働だ。今年夏ペンシルバニアのアマゾン配送センターで室温が華氏120度(摂氏48.9度)に達した時,酷暑で倒れる従業員が出て、効率が下がったとして,懲罰が科せられたと土地の新聞Allentown Morning Call が報道した。これに対しAmazon はこれからはエアコンを設置すると約束した。AmazonのCEO Jeff Bezos は吝嗇家としてしられており、従業員への手当はアマゾンの商品を$1000買った場合,10%の割引しか与えないと云うものだ。Appleや GoogleのTV取材で、従業員は豪華な社内食堂で無料で好きな昼食を取る場面が出るが, Amazonは従業員に食事手当、ソーダー水の手当すら出さないと云うケチ振りだ。従業員の扱いは,彼等が連れてくるペットの犬より悪いと云う。ペットの犬は正面受付の脇に準備されているバケツのミルクを飲む事ができるからだ。 大型ディスカウントショップのBest BuysはAmazon の品揃え,値引きに戦々恐々として,売り場面積を縮小している。Wal-Martはディジタル化に遅れ,年初から毎月売り上げの鈍化を経験している。Wal-Mart はAmazonが売上税を納税しないことで米国の全ての州政府と紛争中である事や,配送センターの労働者に低賃金(時給11ドル,米国の12月平均時間給は24ドル)で重労働を強い、昨夏の猛暑の倉庫(摂氏48.9度)でエア?コン無しで働かせた事で労働争議を起こしている事を問題にしている。 2011年夏Amazonはカリフォルニア州政府とネット通販業者に売上税を課す法律の導入について激しい論争を展開した. Amazonは本社をカリフォルニア州シアトルに置いているからである。米国の州政府は財政の悪化を建て直す為に,小売りからネット通販への消費者のシフトに対処する為に、ネット販売業者に売上税を課す動きを加速している。これは売上税を掛けられ、競争上不利にたっていた大手スーパーWal-Martや大手書籍店 Barnes&Nobleが「Amazonを狙い撃ちして」売上税導入の後押しをしたと云われる。米国では1992年の最高裁の判決で,物理的に店舗をその州に持たないネット通販業者に売上税は免除される事になり,どの州も当初は売上税の課税には熱心でなかった。従って、Amazonの様なネット通販業者は Wal-Martの様な物理的店舗を持つ業者より,競争上優位に立てた。 Amazonを狙い撃ちしたこの法律に反発したAmazonは法律の撤回の嘆願書を出したり,政治家を巻き込んでロビー活動をした。カリフォルにア州はAmazonの動きを封じる為にAmazonアフィリエートプログラム参加者をAmazonの施設と見なすと云う非常に巧妙な策をとった(アフィリエイトとは豊富な商材をブログ等で紹介する事で報酬の支払いを受ける人々)。 それに先んじて、Amazonはアフィリエート契約をカリフォルニア州ばかりでなく,他の州でも次々と破棄する動きに出た。9月になってAmazonとカリフォルニア州政府は和解に達した。アマゾンは売上税の導入を認めるが,開始まで、一年の猶予を求めた(2012年11月から),その代わりにカリフォルニア州に7000人の雇用を生み出す施設の建設を約束した。売上税の導入はカリフォルニア州に2億ドル(160億円)の新たな税収をもたらすと云う。ネット通販業者に売上税をかけるのは財政赤字に悩む米国の各州にとっても10年来の念願であった。既にコネチカット州,ニューヨーク州,ノースカロライナ州,アーカンソ-州などが「アマゾン税」を通過させている。 Amazonは日本でも同様な課税問題を起こしている。日本では2009年に本社機能の一部が日本にあるとして,東京国税局が140億円の売上税追徴課税をAmazonに請求したが,日米の当局の話し合いで,課税問題は棚上げされている。しかし,Amazonは依然として,フランス、ドイツ、イギリス,ルクセンブルグ,日本との間で売上税の課税問題を抱えている 日本政府が消費税の導入を考えているなら、Amazonに対する売上税課税問題を解決してからにして欲しい。 電子書籍時代の図書館がどうなるかについて,ネットで探したら,IT先進国の韓国の大学の図書館の画面が出てきた。図書館には書物も新聞もなく、デスクに何十台と云うパソコンが置かれてあった。図書館と云うより,自習室と云う感じであった。 電子書籍を歓迎する人々は古新聞や雑誌を資源ゴミとして捨てる手間が省けるという。又新聞記事をスクラップ保存する手間が省けると云う。 非常に素朴な質問をネット上で見つけた。 古新聞、雑誌,書籍も資源ゴミとして捨てなくなったら,トイレット・ペーパーは何から再生されるのか? ダンボ?ルの箱かな? これはアメリカの成金の話であるが,米国では家を建てる時重厚な書棚を作り,読みもしない文学全集や分厚い辞書を飾るのが慣わしであった。虚栄心を持った人々に文学全集や辞書などをインテリア・デザインとしてワンセットで売り歩くセールスマンの話を聞いた事がある。電子書籍時代になると書物はインテリア・デザインとしての価値を失うのであろうか? 終 柴田 |
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