ジャーナリストのパソコンノートブック
(81)風評被害

 風評被害1

東京電力福島第一原発の事故後、外国メディア報道は「危険デマを煽り立て、国際的風評被害をおこした」と非難された。一方日本メディアの報道は「東電や政府の発表をおうむ返しに報道するだけで、「安全デマ」を垂れ流した、メルトダウンの隠蔽に協力した」と非難されるなど、泥仕合の様相を呈している。
外国の報道陣は東北大地震と大津波の被害を報道する為に駆けつけたジャーナリストであり、「パラシュート部隊」と呼ばれ、大災害や戦場を正確に報道するのが使命である。ところが福島原発が水素爆発を起こし、炉心溶融の可能性がでた頃から、恐怖心に訴える様な報道に変わっている。これはチェルノブイリ級の事故だとセンセーショナルなものになっている。彼等の放射線に対する恐怖は十分に理解出来るが、深刻な事態に飲み込まれ、我を忘れたたデタラメの報道をしても良いと云う事にはならない。彼等の平静さを欠いた報道で47万人の外国人が日本から脱出し、東京や横浜からの貨物船が放射線懸念から海外で入港を断られるなど風評被害を起こした。
放射線への恐怖を煽る報道をしたのは、米国のTV局だ。各局はスター級の記者やアンカーを投入して、現場取材を重視した報道を仙台の米軍の駐屯地で行った。アンダーソン・クーパー(Anderson Cooper)という米国ケーブルTV局CNN のアンカーが「パニック・ボタン」を押してしまった。米国のスタジオにいる原子力専門家ジム・ウオルシュとのやり取りの会話中、福島第一原発で2度目の水蒸気爆発を知った。不安そうな顔をして「ここから福島までの距離はどのくらいだ?」、「風はどの方向に吹いているんだ?」と同行取材班に聞く?「に、に、逃げた方が良いか?」と聞く、臨場感を出そうとしているのか,本当に怖がっているのか? この緊迫感が結果的に視聴者の恐怖心をいたずらに煽った。CNN の報道はインターネットで世界中に流され、日本の事情は実際にはもっと深刻であると受け取られてしまった。 海外のTV局は東京では人々が放射線を恐れ、皆マスクを付けていると報道していたが、3月の上旬から中旬にかけては昨夏の酷暑の影響で杉花粉の飛散が一番ひどい時であった、それに加え、中国からの黄砂の飛来も多かった。東京都民は放射線を恐れてでは無く、杉花粉予防のためマスクをかけていたのである。
その内、フランス、ドイツ、米国の在日大使館が自国民に日本を離れる様に勧告した。3月16日米国政府は福島原発から50マイル(80キロ)圏内在住の米国人に非難を勧告している。日本政府の避難勧告は福島原発から20キロ圏内の人々の避難勧告で、米国政府の発表とギャップが大きすぎる。しかも、英国も、韓国、フランス、オーストラリア等米国と同様な避難勧告を出している。この米国政府の避難勧告が在日外国人の恐怖心に火をつけ、「Flyjin」(逃げる外国人)と云う新語を生み出した。私も最初に米国大使館が50マイル圏内の米国人に避難勧告と聞いたとき、なんと大げさな、日本人の神経を逆なでする様な感じを抱いた。しかし、フランス、英国、ドイツ、韓国、中国の在日外国人の一挙日本脱出の裏には何かあると思わずにはいられなかった。 日本政府が原発の事態の悪化に備えて、これら大使館に日本から脱出する様勧告したに違いない。福島原発の20?30キロ以内の住民に屋内待避を勧めている等、自国民に対して差別しているに等しい。外国がどうしてこんなに大げさな反応を示すのかに付いてさらにもう一つの理由があった。福島原発3号機はMOX燃料(ウランと使用済みプルトニウムの混合物)を使っている。



風評被害2

東京電力はMOX 燃料を使ったプルサーマル計画を熱心に推し進めてきた。3月29日、原発敷地内の土壌に少量であるがプルトニウムが発見された。これは3号機の水蒸気爆発なり、炉心溶融によって、プルトニウムが飛散したと思われる。プルトニウムはチェルノブイリ原発事故の時は使われていなかった核物質、チェルノブイリ事故よりずっと悲惨な事故となりかねない、歴史上初めての大きなプルサーマル事故となる可能性があったのではないかと思われる。政府はそれ以来プルトニウムに付いて一切発表していないし、福島原発がMOX 燃料を使っていた事も発表していない。日本政府は3号機が破壊された時点で、プルトニウムの飛散を危惧していたのではないか、だから外国の大使館に自国民の国外避難を呼びかけたのではないかと思わざるをえない。事実、東電が福島1?3号機で事故直後メルトダウンが起きていた事を正式に認めたのは5月半ばである。事故が起きてから2ヶ月以上経ってからである。外国メディアは日本の報道機関が東電の「安全宣言」を鵜呑みにして、アンプ(拡声器)の役割しか果たして無いと非難した。日本のプレスも、東電と政府の発表を信じるより、他に手だてが無かったのである。高濃度の放射線に汚染され、作業員すら近づけられない原子炉を新聞記者が直接取材する事はできないからである。特にNHKは「この程度の放射線であれば大丈夫である」と云う政府のコメントを何度も繰り返している。NHKが事故直後集めたパネリスト達は東電と政府の御用学者ばかりで、「安全」を繰り返し、彼等のコメントはその後の事態の悪化と整合性を欠いた為に、次々と新しいパネリストに入れ替わっていた。日本のメディアは不必要に不安を煽る記事を流せば、大パニックを招きかねないと、不安を煽る様な記事を流すのを抑えようと暗黙の了解が出来ているようであった。
 今回情報社会の進展に伴い、震災発生当初はネット上には多くのデマ情報が流された。政治家が東京から逃げ出した、多くの外国人が日本から逃げ出したと云った噂のパターンが多かった。関東大地震(1923年9月1日)の時流されたデマを調べてみると、1)次のもっと大きな地震が来る:2)兵器工場の毒ガスが漏れる:3)外国人(韓国人)が襲ってくるである。私が大学時代住んでいた家の大屋さんは、大震災直後町の自警団に捕まり「イロハニホヘト」とか「あいうえお」の発音テストを受けた。長野から上京したばかりで訛があった為に、朝鮮人と間違われ、危うく竹槍で殺されそうになったという。地震直後では朝鮮人が井戸に毒を投げ入れると云う噂がまことしやかに流された。日本の歴史上最も荒唐無稽で恣意的な噂は「マッカーサー元帥の母親は日本人、しかも京都の女性である」と云う噂が広まり、第二次大戦直後の日本人に広く信じられた。これは戦争中、鬼畜米英と云う認識を教え込まれ、占領軍に捕まったら辱められると竹槍で戦う訓練していた日本人が目にした進駐軍は思いのほか紳士的で、食料の配給をしてくれるなど親切であった。日本の為政者は、戦争中の鬼畜米英と進駐軍とのイメージのギャップを埋める為に、マッカーサーの母親は京都生まれの日本人であるという噂を恣意的に流したといわれる。
 東北大地震直後の噂の多くはチェイン・メールの様なもので、千葉の石油コンビなーとの火事で、翌日毒の雨、有害な雨が降るなどネット上で同じ様な噂が流された。ニュース・ソースとしては、福島の原発に勤める友人から聞いた話だけど…. 厚生省に勤める友人から聞いた話だけど…という間接的なものが多い。さらに原発事故が原因で多くの風評被害が起きた。避難民が放射能検査を要請される、タクシーへの乗車を拒否される、同時に農産物や工業製品への風評被害が猛威をふるった。風評被害にあった野菜生産者を救おうとスーパーマーケットなどで、応援キャンペーン、安全キャンペーンをしているのを見かけるが、これは消費者が自分でコストとリスクを負うことで解決しようとしており、消費者の良心と勇気に訴えて、生産者を支えようとしている。生産者を支えなくてはならないのは東京電力である。東京電力の社員食堂で、原発から30キロ圏内の野菜を昼食に出せるかどうかの問題である。松本市長の菅谷昭さんは91年からチェルノブイリ被災地で医療支援に参加、2001年までベラルーシュ国立がんセンターで小児甲状腺がんの治療に当った医師であるが、彼が驚いた事は日本には核災害時の食品汚染をどうするか基準値が設けてなかったことだという。今回ほうれん草から放射能が検出されて急きょ国際放射線防護委員会(ICRP)や世界保険機構 (WHO) 、国際原子力機関 (IAEA)等の基準値を参考に暫定基準値を設けた。菅谷さんは内閣府の食品安全委員会に参考人として出席したが、委員達は暫定基準値を農業生産者の立場を考え緩やかなものにした。菅谷さんが出席しなかったら、暫定基準値は設けられなかったであろうという。無視されがちなのは東京や千葉等の遠隔地での経口による内部被爆であると菅谷さんは心配する。植物に付着した放射性ヨウ素やセシウム、ストロンチュームが甲状腺や骨に害を及ぼす。菅谷医師は最低限、乳幼児や小中学生、妊産婦にはヨード剤を用意すべきだ。チェルノブイリでは15歳以下の子供がやられてしまった。子供は学校の校庭、公園等で直接接触ばかりでなく、汚染された埃を吸い続ける事で内部被爆する恐れもある。
「風評被害を防ぐ唯一の手段」は食品と土壌の放射線物質基準を厳しくする事で、国際基準に照らして、矛盾の無いレベルに設定し、検査を徹底して、市場ないでの消費者の信頼を回復させる以外にない」。内閣府原子力委員会専門委員をも務めた中部大学の武田邦彦教授は「風評被害は正しい情報を伝えない事によって起きる」と語っている。具体的な理由としては情報が不完全な場合には人間の性質上自分の身の安全を守ろうとする際余計に不安になって慎重な行動をとる様になるからである。これは情報が不足した際に起る「正常な社会活動だ」としている。風評被害をなくすには人間の本能に適した「正確な情報を提供する」必要があると説いている。

今回外国のメディアの無神経な呼称に妙に苛立を感じた。福島第一原子力発電所で放射線量の高い過酷な環境下で電源復興、瓦礫撤去等に従事している数百人の作業員を「フクシマの英雄」とか、800人の作業員を50人に減らした時、「フクシマ50」と欧米のメディアは賞賛した。しかし実態は9.11テロ事件でワールド・トレード・センターで活躍した消防士の様に格好よくない。作業員の中には家族を津波で失った地元の下請け労働者が多い。東京の中堅の建築会社の社長に聞いた話だが、こんな小さな会社でも清掃子会社の作業員を原発作業に送る様要請を受けたと云う。この会社は日立製作所と仕事上の関係があり、日立製作所は東電の原子炉建設を担った会社である。このように作業員が多重下請けで働く事はザラであると云う。事故直後は放射線測定器も全員に行き渡らない状況で、体育館の様な床にマットも無く、雑魚寝、食事は一日2回、菓子パンとか、お握りだけと悲惨な労働状況であったという。英国のスカイニュースは彼等を「原発ニンジャ」や「サムライ」と呼んだ。ドイツの有力紙ウエルトに至っては原発の放水作業に向かった自衛隊のヘリコプターを「カミカゼ」と名付けている。私の一番嫌なネーミング(呼称)は米国陸軍の攻撃用ヘリコプター「アパッチ」である、米国先住民アッパチ族が名前の由来であるという。昔の西部劇には米国インディアン「アッパチ族」と戦う映画が多かった。このヘリコプターの導入計画を聞いた時、イラクやアフガニスタンの砂漠で無辜の遊牧民をゲーム感覚で追いつめる米兵の姿が頭に浮かび、なんて無神経で嫌なネーミング(呼称)だと思った。実際にApache Overkill(アパッチ殺し過ぎ)と云うシューティング.ゲームがある。昨年ウイキリークス(匿名で政府、企業、宗教団体の機密情報を公開するウエブサイトで、ジュリアン・アサンジにより運営)でアパッチ・ヘリコプターの照準装置に付けられたビデオで録画されたイラクの民間人9人の殺害映像が流された。米兵のゲーム感覚で一体何人の民間のイラク人が、アフガニスタン人がこのヘリコプターで殺害されたであろうかと思ってしまう。海外メディアのこの様なセンセーショナルな見出しは原発事故の派手な部分だけが取り上げられ、15,477名の死者 7,464名の行方不明者を出した地震や津波の被害状況から目をそらしてしまう、被災者の切実な状況は殆ど報じられない。
東北が原発事故の風評被害と戦っている最中、ドイツ北部では5月末腸管出血生大腸菌 "O104" 感染事件で、5月26日ハンブルグ市当局により、感染源がスペイン産のキュウリであると発表された後、キュウリが原因では無かったと発表された。死亡者数は39名に上った。この風評被害に対して、スペインのホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ首相は風評被害損害賠償を請求すると行っている。全ヨーロッパを巻き込んだ風評被害は234億円に上るといわれている。ドイツのアンゲラ・メルケル首相はEUが財政支援を行うと述べている。最近ではドイツのカイワレが原因でないかと云う説が有力である。


終   柴田         



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