ジャーナリストのパソコンノートブック |
(78)考えられなくなった |
私はGoogle依存症と云われる位どっぷり浸かっている.外国に旅行中にGoogleに繋がらないと不安になる.旅行先の国の情報、その国の通貨が円に対して安いか、高いか、安いか、安全で便利なホテル、レストラン案内、タクシー料金、観光案内など検索するとその日のスケジュールが決まる.しかも、Google Mapや、Google Viewがあるから目的地まで辿り着ける。 一昔前は英語であれ日本語であれ、記事を書く時に、一つの単語、又は一つの表現に適切な言葉が見付からないと、外国特派員クラブの図書館で過去の新聞記事の切り抜きを全て読み、本当の意味を探そうとしたり、国会図書館で調べたり、その言葉に関係ある産業の広報センターに(経団連、証券業界、造船業界などに)出かけ、業界の冊子を調べたり,一つの言葉で数日費やした事もあった。特にIT 関係は新しい言葉が多くて、辞書にも載っておらず、途方に暮れる。Google で検索しても,適切な日本語はまだ生まれてない. Google自身がもし良い翻訳があったら、一報くださいと書いてきた. 英語版はその言葉が使われている社会的背景などを検索してくれる.この場合は英語をそのままする使う以外にない。とにかく、最近は辞書を殆ど使わなくなった。Googleが辞書代わりに使えるので夢のような時代が到来した気がする。Googleはその言葉がどういうシチュエーションで使われているか、例文まで幾つも紹介してくれるので、凄く助かる.しかし、Google は便利になった分だけ、デフレ効果をもたらす。世界的に原稿料は下がる一方である。 しかし、最近になって、Google は人を考えられない人間にすると云う事を痛感した。私自身、手紙や、記事を書いていて、簡単な漢字をど忘れしてしまう事が多くなった。そこでGoogleにひらがな入力し、検索してみる.しかし、Google にこちらのずるい意図を見抜かれたのか、「こんな簡単な言葉は見付かりません、漢和辞典が7冊で出ていますので、辞書名を紹介します、自分で探してください」と返答してきて、恥ずかしくなってしまった。しかし、書こうとしている文章なり、単語の英語のスペルは思い出せるので、英語で検索して、探していた漢字を見つける事が出来た。最近はGoogleで調べると分るのに、なぜ漢字を記憶しようとするのかという怠け癖がついて、漢字を書く事がひどく苦痛になってきた。これではYahooの質問に入試問題投稿の高校生を責められない。それとも老人ボケの始まりかと心配するが、探している漢字の英語のスペルは分るので、惚けたとはいえない。 コンピューターの天才(computer geek) と云われる人達の中には、漢字どころか、文書を綴れない若者が多い。昨年田原総一朗さんの番組で、IT部門ではノーベル賞に一番近いと評判の若い東大の先生が出演していたが、彼の発する言葉は通訳が必要であった。「ほらさー!悪い事した人! 「ほらさー!いつもT-シャツ着ている人」.田原総一郎にはチンプンカンプン。 つまり、この先生は ライブドアーの堀江貴文と云いたかったのである。 新しいゲーム器が発売されて、その評判を知ろうと、ブログを見ると、この分野のリーダーとされる若者の感想が「スゲー!」とか、「ガッツリ」とか、感嘆詞が多く,文章になっていない。私は少なくとも文章にする能力は持っているので,これなら後10年位IT ジャーナリストとしてやっていけると思ったほどだ。 米国の若者が、真剣に物事を考えなくなった、追求しなくなったと科学者や物理学者は嘆く。この傾向を作ったのはソーシル・ネットワーキングのFacebook創始者マーク・ザッカーバークである.インターネットを利用して、お手軽なサービスで会社を越し大もうけするという成功モデルを作ってしまった。 それ以来シリコンバレーでの若者はツィッター用やFacebook用のアプリケーション,iPhone等のスマートフォンや iPadの様なタブレット型端末に小さなゲームアプリを開発して一攫千金を狙うことうつつを抜かしている。事実これらアプリ開発ベンチャーに大量の投資資金が流れ込んでいる。 アプリの開発と云っても、殆どがちゃちなゲームソフトである。科学者達は、金を稼ぐ技術だけではシリコン・バレーは没落する一方だ。若い才能は経済を支える技術基盤の開発に集中すべきだと若者の「一攫千金」願望を嘆く。 ところが昨年末最近の風潮に逆らうような事件がおきた。Google 社がグルーポン(Groupon)と云う共同購入型クーポンサイトの運営会社を60億ドル(5000億円)で買収しようと申し込んだ.2006年GoogleのYouTube(動画配信サイト)の買収でさえ16.5億ドルであった。グルーポンはたいしたエンターテインメントや、ユーティリティを提供してくれないのに、Googleは 60億ドルを払うと云う、これがいかに破格な価格である事が分る。しかも、その資金をシリコンバレー出身でない、非IT起業出身の若者に申し込むなんて皮肉な話だ。 ところが今年1月グルーポンはこの買収申し出をはねつけてしまった。 これまで米国のITベンチャーや、アプリ開発ベンチャーはゲームアプリを開発し、ソーシャルネットワークに高値で買い取ってもらえば大大成功である。Googleによるこれまでの最高買収額は2008 年の検索連動広告のDoubleClickの31億ドルである。グルーポンは何の技術を持たない、市場評価額がたった10億ドル、年間売り上げが5億ドルの小さな会社なのに、Google買収申し込みを拒絶するなんて,馬鹿だ、ドンキホーテのように無謀な行いだ、うぬぼれるにも程があると嘲笑にも似た書き込みがツイッタ-上に相続いた。 グルーポンは2年前、シカコのアンドリュー・メイソン (Andrew Mason)によって地元の店舗の新しいタイプの広告手段として共同購入サイトを始めたが、これがものすごい利益を生む、初年度で5億ドルの利益を上げたと見られる.グルーポンは毎日世界300の都市で3千5百万の会員Eメールを送っている.シカゴの倉庫を改造した事務所で、3000名のスタッフが、高級レストラン、プレミアホテル、美容院、エステサロン、スカイダイビングなどあらゆる業種にインターネットで時間を限った割引クーポンの販売を呼びかけている。ネット利用者がクーポンを買う契約をすると、売り上げはグルーポンと飲食店などの店と50%-50%に分けられる.日本でも昨年夏Q?パッドいう会社を買収して、グルーポン・ジャパンと改名)、お正月にはおせち事件も起こしたが、若い人中心に大繁盛している。特別な技術を必要としないので、雨後のタケノコの様に模倣ビジネスが生まれた. グルーポンの30歳のCEO Andrew Mason はグルーポンのビジネスは始まったばかりだ、金で買えない何かを持っていると語る。「証券アナリストの中には、メイソン氏は新しいタイプの傲慢な起業家の台頭かもしれない.若い起業家の中にはグルーポンのメイソンCEOを, かってYahoo!やMTV Networkから何億ドルという巨額の買収申し込みを蹴ったFacebookの創始者ザッカーバーグ(26歳)と同列に英雄視する人もいる。一方検索会社Googleは勢いのあるインターネット関連起業なら、資金力にまかせで何でも買い占めようとする。しかし、その会社を即役立てようという具体的プランはない。メイソン氏には整理されないでGoogleのおもちゃ箱に入れたままにされたくないという思いが強いのであろうと、業界筋は語る。 Googleの力を借りなくても成長出来るという自信がある。グルーポンがGoogle の買収攻勢を避け、独立していられるのはロシアの投資家 Digital Sky Technologies (DST)の1億3千5百万ドルの資金注入があったお陰であると云う.DSTはゴルドマンサックス.中国の有力Web会社 Tencentが投資しているので、ベンンチャーキャピタリストなどに売られたグルーポン株を拾い集める事が出来た. グル-ポンのメイソン氏は鼻っ柱の強い男として、人まね、金儲けばかりが主流の小器用な若い世代に挑戦を挑んでいるのかもしれない. 最近面白い研究発表を読んだ.情報を手に入れる手段がふえても、情報が多すぎると,脳に入力される情報の負担に耐えきれず,思考にブレーキが働き、判断が出来なくなると云う研究である。車を買う場合、401k確定拠出年金を契約する場合,生命保険と契約する場合など,入力する情報量が多すぎると人間の脳は物事を決定する事が出来なくなってしまうという。テンプル大学の意思決定神経センターAngerika Dimoka所長がエコノミストやコンピューター・サイエンスの学者達と手をくんで、コンビネーショル・オークション(組み合わせオークション)の研究をした。組み合わせオークションは個々のアイテムでなく、パッケージで数量連続の組み合わせで入札出来る。多くはトラックの輸送、バス路線、産業調整、無線通信の無線周波数の割当などで利用されている)。空港での発着枠の競売で、目もくらむような大量の数の計算をしなければならない。ロス空港の100の発着枠の競売で、出来るだけ安く,発着枠を獲得するには,乗客数、天候、乗り換え飛行など大量の情報と戦わなければならないので担当者は疲れきってしまう。経験を積んだ競売参加者でも、多くの情報を吸収しようとすると、かえって高い価格で入札したり、きわどい入札エラーをしたりする事がよく知られている。ここでDimoka所長は 情報の負担が重くなると、意思決定や感情コントロールをつかさどる額の内側の背外側前頭皮質(PFC)の働きがどうなるかfMRIを使って調べた.すると競売参加者の情報が増えると PFCがまるで回路ブレーカーが落ちた様に切れてしまう事が分った。競売参加者は認識と情報の負荷に耐えられず、おろかな間違えをしたりする.同じ理由で競売参加者の「欲求不満と不安感」は爆発する。それらはそれまで前頭葉のPFCで抑えられていたものが,幼児がsugar -highと云われる砂糖の取り過ぎで痙攣を起こすような症状を示すという。情報過多になると人々は全く意味をなさない行動をとるとDimoka 所長は語る。 今日、ツイッター, Facebookと共に数えきれないアプリケーションがスマートフォンに流される,利用者は中古車の事故暦、医師の医療過誤、レストランの保健所による検査結果など簡単に情報を手に入れる事が出来る。情報結果によって、行動を変えるが、それがいつも良い結果を生むとは限らないと云う。旅行をする前にウエブサイトを覗くと、情報の洪水に押し流され、結局旅行をあきらめ、Staycation (stayとvacationの造語)、遠出をして、一カ所の家に留まり、まったりと過ごす方を選択する。志望大学の選考時に、偶然昔の友達と出会い、彼の推薦する大学の情報メールを洪水のごとく受け取る。後になって、自分は他の大学を志望していたと思い出し後悔する。これを「情報の麻痺」と呼ぶ。 入ってくるテキストやツイートの中毒になっている人は 一寸間を取る事が必要だという。 今日ブームになっている「意思決定」科学では 情報が多ければ多いほど、最終的につまらない選択をすると知られている。『意思決定科学』は脳がいかに情報を処理するかの研究を組み入れたばかりであるが、この研究は早急に進めなければならない。昨年メキシコ湾での原油流出事故で事故処理の指揮を執った米国湾岸警備隊長Thad Allenは毎日300?400頁に渡るe-mail, テキスト、リポートを受け取ったと云う。もし情報の量が少なかったら、もっと落ち着いて石油の流出量を査定して、関係者はもっと早く原油の吹き出し口に蓋をする事が出来たかもしれないと語る。データーの激流はメキシコ湾上空を飛行禁止区域に指定しなかったと云う致命的な間違いを引き起こした(ある日、8機の飛行機が危うくニアミスを起こす寸前であった)とAllen 隊長は告白している。 金融でも、401K確定拠出年金(企業であれ、個人であれ、個人が拠出した掛け金を商品を選んで運用する)で商品の選択幅が増えれば増えるほど、年金への参加者は減る事が分った。年金の選択商品が2から11に増えたとき、年金参加者は75%から70%に減ったという。年金の投資選択が増えると人々は情報で圧倒され、年金から脱退してしまう。 年金のオンライン・ショップでも、投資情報を与える選択商品を10商品から50商品に増やしたら、参加者は低い運用回りの低リスク商品に集中したと云う。昨年出版された「The Art of Choosing」(選択技法)と云う書の中で、人々は情報の束を較べ合う、もし情報量が多ければ,それだけ個人が決断しなくてはならず、近年、企業は個人の趣向を満足させる為に、より多くの選択肢を与える。選択幅の拡大は、麻痺を起こす。情報が複雑であるほど、危険は高くなるからだ。 株の投資でも、情報量を増やすと、脳を麻痺させ、混乱を生じる、そして投資家が必要とする核となる情報を利用する事を難しくさせるという。 その実験として、MBA(経営修士)の学生に二つのグループに分けた株式ポートフォリオを選ばせる、一つはアナリストや、金融新聞からの情報を水浸しにしたようなもので、もう一つは株価の数字の変化だけのものである。 後者の株価だけのポートフォリオの運用利回りは、情報の水浸しのポートフォリオの2倍の運用利回りを上げた。情報の多いポートフォリオは学生の分析能力をハイジャックしてしまう、そして、噂や、内部情報があるたびに、売ったり買ったりを繰り返す、株式投資ポートフォリオで損を出すにはこれ以上の方法はないと云う手法である。 Angelika Dimoka女史の fMRI スキャナーの結果、過度の情報を与えると、人間の深部で鍵となる感情意思決定システムがお手上げだと白旗をふっているのが分った。しかし、意思決定過程で、感情を排除すると、人々は簡単な仕事でも考え過ぎ、残念な結果となる。古典的な実験であるが、被験者に色々なイチゴジャムを評価させる、それらジャムの瓶をごちゃ混ぜにして、好きなジャムを選ばせる.すると、一番高い評価を与えたのは、彼等がその前に一番嫌いだとしたジャムで、一番低い評価を与えたのは、彼等がその前に一番好きだと答えたジャムであった。過度に与えられた情報で、貴方の決定がゆがめられるのを防ぐにはどうしたら良いか? 専門家は 貴方の無意識下の意思決定システムが作動してしまうのでメールが入ってきたらその都度読まないで、E-mail とテキストをまとめて一度受け取る。複雑な多くの情報の分析を決定するような思考に囚われないで、系統的に、意識的な決定をする:もし情報の過多によって起る貴方の無意識下の決定をひっくり返す事ができたら、より良い,後悔しない意思決定が出来ると云う事である。優先順位を定める、もし、選択の幅が限られていたら、意識的に優先順位に従うと良い。人によっては余分な情報を無視する事に上手な人もいる:"sufficer"(満足型)と云う種族は、TVのチャンネルを変えても満足する画面でストップする.一方 "maximizer"(最大限型)という種族はTVのチャンネルを変える事を決して諦めないで、情報をむさぼり食い、意思決定段階で間違いを犯す.もし貴方が"maximize"であったら、一番良い処方箋は、あなたのスマートフォンを切る事である。 終、柴田 |
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