ジャーナリストのパソコンノートブック |
(77)階級格差と健康 |
「卵のうらみ」 私の父の書棚に戦争末期に発行された粗末な印刷物がある。「敵国アメリカの戦争宣伝」とい名のこの報告書形式の書物はわら半紙のような粗末な紙に印刷され(昭和20年5月発行)、虫食い状態に近く、触ると崩れそうである。著者は中野五郎となっており、昭和15年から朝日新聞のワシントンに勤務した特派員で、昭和16年FBIに捉えられ、野村大使と共に昭和17年までバージニアの山奥に軟禁された。昭和17年末両国間の捕虜交換で帰国した。驚かされるのは中野五郎氏の情報収集力である、軟禁下であるにも関わらず、米国の主要新聞紙、ラジオ、映画、雑誌などから情報を克明に記録し、さらには戦時色の強い新聞や雑誌広告の分析まで行っている。著者は写真週刊誌「ライフ」の開戦後2年間の記事並び広告を仔細に検討している。米国政府はライフの大衆性と宣伝力を戦争宣伝の武器として積極的に利用する為に戦時かの用紙制限や印刷資材不足にも拘らず特別便宜を図っているらしく、ライフのみは重点的に戦争人気を集め益々盛況を呈した。他の雑誌が中止、廃刊になるに拘らず、ライフは広告量の集中と記事の増加で全紙極彩色のアート刷り120頁から150頁に増大させ、日独伊の捕虜キャンプ内でも購読を許していた。当時私の父は外務省からなのか、軍の諜報部からなのか、日本にもライフに匹敵する写真雑誌を作って、アジアの国々反日感情を和らげる様に、友好を進める様にと命令を受け、戦争末期にジャパン―フィリッピンなど、当時としては珍しいカラー印刷の写真雑誌を発行していた。当然ながら父の元には創刊号からのライフ誌があった。私が物心ついた頃は日本はまだ余り物資が豊かでなく、ライフ誌上で、米国の家庭が一年間に冷蔵庫にストックする缶詰を山の様に積んだカラー頁や、何頁にもわたる西洋人形特集などに目を奪われた。世の中にはまだ見た事も無い、食べた事もない食品がこんなにあるのだ、母親に怒られても、ライフに出ている缶詰を食べるまでは絶対死なないなんて思った。大人になるに従って、実際にそれらラベルの缶詰を口にして、味気なさに幻滅した事を覚えている。 余談であるが、最近になって、私の父が対抗していたライフなどの反日メディアの裏には意外な人物が動いていた事が分った。映画「宋家の3姉妹」の中に出てくる末娘、宗美齢、南京の国民党頭首(後の台湾中華民国総統)の蒋介石夫人である。宗家の三姉妹は米国に留学し、長女は銀行家と孔祥照と結婚、次女は革命家孫文夫人。宋美齢はライフ誌の社主夫人はクレア・ブース・ルース(評論家)と女子大の同級生,女子大の学閥を使って、ライフ誌に過激な反日記事(夫の蒋介石は南京から逃げ去った)を掲載させ、反日運動を盛上げた。彼女は米軍機による東京爆撃を主張した急先鋒で、米国の政治家もこの猛女の主張にたじたじとなったという。当時、男尊女卑の日本軍は反日運動の裏にold-girl network (女子大の学閥)があったとは気がつかなかったようだ。 この著者中野氏は、米国は暖衣飽食のアメリカ式生活様式の擁護と維持をこの戦争の眼目としているので、戦争の深刻なる社会影響と苛烈悲惨な現実を極力誤摩化し、勇壮化し,「戦争は辛いけれどまた楽しきものなり」と希望的印象を与えようとしている、アメリカ的生活を維持する為に,侵略者を撃滅して生き抜くのが米国の合い言葉になっているのに対し、ドイツ、日本、イタリアの枢軸国の様に、国家の高邁なる理想と世界の新秩序の為に社会階級の利害や個人の幸福を犠牲にして戦うという崇高な理念は米国人には通用しないと云っている。著者は戦時中の日本人であるので、米国風の戦争公債及び戦争切手(貯蓄)の売り出し宣伝をあほらしいほど愚劣であると断罪している。戦争開始直後の昭和17年、米国の銀幕人気女優カロル・ロンバートが戦争公債売り出し運動に参加する為インディアナポリス大会に向かい半裸のエロ姿を現し、彼女は201万7千ドルの巨額の公債引き受けを達成した,その帰りに飛行機事故に遭って黒こげで見付かった。彼女はクラーク・ゲーブル(風とともに去りぬのバトラー役)の愛妻であったので、その死を悼み新造中の巡洋艦「ロンバルディア」と命名した。「米国の放送局は、戦争公債売り出しの趣向を競った。新趣向の戦争公債売り出し運動はハリウッドのスターの卵、ブロードウエイのレビュー娘どもがキッス一回公債一枚のエロ宣伝をするに至り呆れたものだが、各部隊に巡回慰問に若い女優が乗り込んだ。米国人は浮薄であるが、熱狂的な気質であるため、18歳の豆スターのマリリン・ヘアーが士気高揚のためカリフォルニアの陸軍兵舎で一万人の兵隊にキッスをする事を熱望したが、彼女の唇は真っ赤に晴れ上がり、軍需用でなかったので733回しか持たなかったと書いてある。ライフのような写真誌も随行カメラマンがこのような乱痴気騒ぎを宣伝報道している」。この国民運動に踊らされた12-13歳の小娘まで、家出して慰問に加わり、私生児の数が増え、花柳病に冒された素人娘の数が340%増えたという。米国は日本兵がアジアや南太平洋のジャングルで飢餓状態なのを察知してか、「米兵はアイスランドの激寒地でも、南太平洋の灼熱のジャングルの最前戦地でさえ世界一のご馳走を食べているとメニューを事細かに発表している。朝食:甘煮スモモ、オートミール,牛乳、炒り卵、ベーコン、パン、ジャム、コーヒー、昼食;トマト、カクテール、コーンビーフ、煮キャベツ、ポテト、バター、夕食、ランチオンミート、肉汁ソース、酢漬大根、米飯,パン、レモネードである。 戦争末期の食料不足に苦しんだ中野氏は、米国人は北はアラスカから、南はニューメキシコまで,一億4千万人が皆判で押したように同じ様なベーコン・エッグの朝食を食べ、しかも卵を「一度に2個も!」食べると飽食ぶりに怒りを爆発させている。むしろ、卵を2個も食べる事に対する恨みが感じられる。 「食べ物で階級格差が生まれる」 今日の米国では卵を2個-3個食べるのは金持ちの象徴ではなく、低階級の人々の無知を象徴するものと見られている。米国セレブのレシピブックを見ると、卵は使っても、黄身はコレステロールが多いので、白身だけとか、バックヤード・ガーデン(裏庭で放し飼い)のニワトリの新鮮な卵を使ってと書いてある。郊外に住むエリートの中には、自宅でニワトリを5-6羽飼う事が流行している。何万羽と飼育される鶏舎の鶏卵は飼料に遺伝子組み換えのトウモロコシが使かわれ、病気の予防に薬や化学薬品が使われている恐れがある。しかし、新鮮な卵は値段もはり、低所得層の人達には手が届かない。 肥満(オビース:obese)はかって金持ちの象徴であったが、米国では肥満は美食の結果ではない。低所得者の親が仕事帰りにテークアウトした中華料理、ピザ、ハンバーガーとフライドポテトなどで夕食をとる、それしか買えないからである。健康に良い有機野菜,果物、穀物は高くて買う事ができない。特に子供の肥満が大きな問題となっている。肥満の小学生の50%が、肥満のティーンエイジャーの80%が、残りの人生を糖尿病などのカロリ―制限で体重計の針の動きに一気一憂する余生を送る事になるという。特に貧困層の親がドーナッツとか、炭酸飲料など、高脂肪、高カロリーの朝食を子供に与えているからだという。 数年前米国ではマクドナルドやケンタッキーフライドチキンなどのファストフードがトランス脂肪酸(trans fat)を含む油を使っている事が大問題になった、トランス脂肪酸は悪玉コレステロール、動脈硬化、心臓疾患、ガン、免疫機能障害を起こすと云われ、NY ではサラリーマン達が一斉にファストフードの昼食を控える様になり、遂にマクドナルドはトランス脂肪酸の使用中止を発表した。しかし、低所得者達がテークアウトする揚げ物料理にはまだまだトランス脂肪酸を含む油やマーガリンが使われていると云われる。 私は日本マクドナルドに日本ではトランス脂肪酸の使用を何時止めるか電話した事があった。米国で使用中止を発表してから2年後にやっと日本でのトランス脂肪酸の使用量を半分にするという発表を聞いた。ケンタッキーの方は使用中止の発表を聞かず終いであった。この2月日本政府は7月をめどにトランス脂肪酸の許容量のガイドラインを決めると発表した。 1980年代までは2型糖尿病の学童を発見するのは一年に1-2人だったが、今では、一カ月に1-2人の割合で2型糖尿病を見つけるとジョン・ホプキンス医大の教授は語る。将来,これら世代の平均寿命は親の世代に比べ短くなるのではないかと心配する。今日,学童を取り囲む環境は「有毒」以外のなにものでもない、学校内の自動販売機では高カロリーのシナモン・バンズが売られ、学校から戻れば、子供はゲーム器やTVの画面に釘付けである。不健康な肥満児を生み出している。シナモン・バンズが果物やサラダに置き換わり、学校まで徒歩や自転車で通ったら肥満の問題はかなり解決されるという。親の世代は50%の学童が学校まで徒歩通学、自転車通学したが、今日そうするのは学童のたった10%に過ぎない。 「日本人は健康情報過剰」 昔、英国人の特派員が日本に赴任したばかり、日本の家庭に食事に招かれ、お箸を上げる度に家族のだれそれが「これは食物繊維が多いので、何々病にに効く」、「これは有色野菜で目に良い」とか講釈が入り、食べた気がしなかったと語った。彼が招かれた全ての家庭で同じような栄養学の知識をひけらかされたという。この様な会話は欧米の食卓で余り耳にしないという。英国人はこのような日本人をhypochondriac(心気症、ハイポコンドリアック)と呼ぶが、私にはこの言葉は日本人には当てはまってないような感じがする、日本人はそれほど病的に神経質でないからだ。日本は公共や民放を含め、TVによる医療、栄養学などの放送番組が発達して,健康知識が行き渡っている。ある番組でココアが良いと云えば、翌日には店頭から品物が消えてしまう程健康に対して関心が強い。 カロリーや栄養について教育が必要なのは米国の子供だ。親も学校も、肥満の女生徒に対してリポスチンのなど危険な減肥薬を与える対処療法だが、野菜や果物のような健康食を食べろとか、運動を増やせとか根本的な教育を怠っている。 「英国の肥満対策」 英国でも肥満が政府の大きな負担になってきている。昨年9月号で「崩壊した英国医療制度」で、英国では全ての国民が昨年無料で医療を受けられる (消費税でまかなわれる、今年から20%)と書いたが,肥満は糖尿病、心臓病,脳梗塞などの病因となる。英国政府は医療費予算を減らす為にタバコの値段を一箱1000円に上げて対処しているが、肥満に関しては余り成果を上げていない。以前ジェーミ―・オリバーという若い人気シェフに頼んで、学校給食に野菜料理を加える様に依頼した話をかいたが、英国では移民などの貧困階級に食育が行き届いておらず、子供にでんぷん質、脂肪の多いジャンク・フードを与え,米国と同様に貧困層の肥満が多い。昨年夏英国の友人宅に泊まり、一緒にTVを見たりして, どのような番組が人気あるか調べてみた。日本の様に健康だとか、食事、栄養に特化する番組は一切なかった。英国のITV というTV局の「ブリティッシュ・ゴット・タレント」というオーディション番組(ポール・ボッツさんとか、スーザン・ボイルさんという素人がオーディションで勝ち抜き、遂に、歌手として成功した)が人気を集め、人種、階級に関係なく,皆生き生きとして参加しており、すごい視聴率を稼いでいる。この二人の肥満歌手に半年で20キロ体重を落としてもらうと云う企画とセットしたら、健康に関する公共教育が出来るのではないかと思ってしまう。米国と同様、英国も肥満に対して、対処療法に頼っている。NHS (国民医療制度)が肥満女性の胃を縛るバンドや、胃を収縮させる施術をおこなっている。どうしてダイエットなどの根本的教育をしないか不思議である。 「肥満を武器にするアンダークラス」 私が英国からしばらく離れている間に、英国の階級に、ワーキング.クラス(労働者階級)の下に、もっと厄介な「アンダークラス」最下層階級という階級が生まれていた。昨年8月号で、英国の移民に付いて書いたが、英国は出生地主義をとっているので、生まれた子供は英国籍を取得出来る。英国籍の子供は13歳になるまで親が英国に滞在して面倒を看なければならない。英国のNHS は原則無料で診察してもらえる、出産費用も無料である、現在は禁止されているが、昔、アジア、アフリカの国々から、妊婦が英国に来て出産するツアーのようなものがあった。親も全て生活保護の手当を受ける、そして,母国から子供も呼び寄せられる。母国の藁葺き屋根の家とは段違いの部屋数の多い住宅が無料で貸し与えられる。こうして非白人の移民が医療費から、住宅、生活保護まで全て面倒を見てもらう図式が出来上がった。働こうとしない移民が英国の福祉を享受するのを目にして面白くないのは、労働者クラスの人々である。白人の英国人が移民のやり方を真似て「病的肥満」と診断を受け、生活保護の恩恵を享受するのである。一日中TVの前のソファーに寝転がり、スナック菓子をむさぼり食う。このように働かず、福祉を享受するアンダークラスの人々が増えた。両親は肥満からくる糖尿病で、働かず、二人の娘も病的肥満で働かない家族が350万円の生活保護を受けている事が分り、大バッシングを受けた。日本でも解雇された若者が、生活保護を受け、漫画喫茶で寝泊まりして、金が続くうちはパチンコで暮らし、金がなくなれば公園でブルーシートと炊き出しの食事で凌ぐ、働こうという意欲は全くない.日本にも英国のアンダークラスの人々のように福祉を当てにして、無気力の若者が出てきたのかと驚きであった。 終 柴田 |
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