ジャーナリストのパソコンノートブック
(70)中国人観光客
  3年ぶりにロンドンを訪れた。アイスランドの火山噴火,火山灰による空港の閉鎖など,状況を読むのが難しい旅であった。南に吹く風が強ければ,火山灰はポルトガルやイタリア方面に流れ,南欧に旅行した観光客は空港の閉鎖で一週間ほど閉じ込められたという。私はスイスのチューリッヒに向ったので影響は受けなかった。ロンドンからの帰りは南風が弱く,火山灰はヒースロー空港近くまで達していた。飛行機が飛び立ちさえすれば,モスクワ上空(北)に向うので大丈夫。火山灰の降って来ない内に一刻でも早く飛び立ってと祈るような気持ちであった。友人に聞いたところ,私の飛行機が飛び立ったすぐ後,ヒースロー空港は閉鎖された。

   初乗り4ポンド(1000円)にまで上った地下鉄の運賃は円高のお陰で840円までに下がったが,その他の通貨の人々には高いままである。海外からの観光客を救うのが,オイスターカードと呼ばれる磁気カードの導入でかなり公共交通費がかなり割引になっている。もう一つ大きく変ったのが自転車利用者の増大である。スポーツタイプの自転車で,ママチャリはなかった。観光客で賑わう大通りでも中央に自転車駐輪帯を設け,自転車を斜に駐輪できる幅をとってあリ,その両側を赤い二階建てのバスが走っている。こうすれば日本の様に歩行者道路に際限なくごちゃごちゃに自転車を置かれるより,道路の中央に斜めに規則正しく駐輪されているので町がすっきりして見える。英国では史上最大の財政赤字を削減する為にあらゆるところで予算がカットされており,繁華街で警察官を見かけることは一回もなかった。友人の家の前に駐車してあった車のドアが破られ,小銭などが盗まれた。子供がやったのだ。被害はフロントガラスを壊そうと固いもので叩いた為か,割れ目が走っている事だ。警察に電話しても,予算カットで人員が足りない,今日はサッカーのチェルシー・チームが勝ったので,アールズコートから,スローンスクエアーまでフーリガンで一杯でその警備に忙しく,そちらには向かえない。結局翌日午後になって,警察官がやってきた,彼等の言い訳が「政府の予算カットで手が回らない」である。英国でも予算の無駄使いを指摘するメデイアの記事が多いく「BBC 放送の役員は給料を貰い過ぎだ」,「NHS(国民医療制度)」の役員は給料をもらい過ぎなどの記事が多い。日本の様に省庁が勝手に幾つもの関連法人を作り,天下り役人に高額給与を払うなどの事件が発覚すれば,ギリシャの様に暴動が起きるであろう。日本人はどうして怒らないのと度々聞かれた。

   リーマンショック以後景気が悪くなり,倒産数は上がる一方で,閉店する店が多く,日本の様にシャッター通りになっている場所もある。しかし,景気の一番重要な指標である不動産価格は下がらないのだ。これはロンドンが世界の交通の要所にあり,乗り換えなど利便性が良いので,ロシアのオリガルヒ(新興成り金)やドバイなど中東の大金持ちが高級住宅を買い占めているからだという。特に美しい邸宅で知られるBelgravia(ベルグラビア)通りを車で通りがかったとき,友人はこの通りの邸宅は全て外国人の金持ちに所有されている教えてくれた。30年ぐらい前,フィナンシャル・タイムスの野心的な若手社長が,夕食を接待してくれた帰りに,この通りで車を降りて歩きながら,いつかこれらの家のどれかの持ち主になってやると宣言していたのを思い出す。それから数年後,英国の民放TVの社長さんに夕食に招かれた時も,この高級住宅街を訪れ,自分が成功したら,いつかここの住人になると云っていたから,英国のビジネスマンにとって成功の究極の報酬はベルグラビアの邸宅であったのだ,しかし,今やロシアやアラブの成り金の成功のシンボルとなってしまった。

   三年前と大きく変ったのは中国旅行者の増大だ。特に中国女性旅行者

の傍若無人さにはあきれる。空港でパスポート審査を待つ人でごった返し,1時間近く並んでいたが,私の前に並んでいた小柄の上海からの若い女性旅行客のキャリアバッグを私の荷物がこすってしまった。彼女は凄い顔をして睨み付け,キャリアバッグの把手を思いきり延し,360度振り回して円を描き,この円の中に入らないでと怒鳴る,周囲は旅行客で押し合いへし合いなのに私の前だけはポカッと空間が出来ている。すると前の列にシンガポールからの中国人男性を見つけ,お互いにマンダリン(中国の標準語)で話が盛り上がり,彼女は,そちらの列に割り込んだ,やりたい放題である。 空港からロンドン市内までヒースロー・エクスプレスという列車があり,地下鉄で50分かかるパディングトン駅まで15分で着ける。流行のブランド物で重装備した若い中国女性が最前列の4席を自分の紙袋などの荷物で占領し,周囲に立っている人がいてもお構い無しで,爪のマニキュアを磨いている。残念な事に彼女の席の上の壁に備え付けのTVがあり,アイスランドの火山の新たなる噴火,そして火山灰の流れ,閉鎖した空港の名前などのニュースを流している。観光客は帰りはヒースロー空港が閉鎖されるのではないか心配そうに耳を傾ける,するとTVの前に座っている若い中国人女性が携帯電話を取出し「今空港に着いたばかりで,エクスプレスで市内に向っているの….」と大声で話し始め,TVのニュースが全く聞こえない。客が舌打ちをすると,彼女はますます声を張り上げた。英国人も,ドイツ人も中国人を軽蔑する言葉で「Chink (チンク)」だからしょうがないと云っていた。中国では一人っ子政策で,儒教的思想が残っており男の赤ん坊を大事にし,女の赤ん坊は堕胎される。年頃になるとひどい嫁不足になる。従って若い女性はちやほやされ,すごく我がままな女性に育ってしまうからだと云う。彼女達は自分達の中国のルールが世界のルールだと主張して憚らない。ハイドパーク.コーナーを平気で車道を横切る中国人女性に対し,車を急停止して危うく事故を避けた英国男性が「危ないじゃないか,信号のあるところを渡ってくれ!」と文句をいったところ,若い中国女性は上海では車道を横切るのが常識,これが上海のルールなのと怒鳴り返していた。若い中国女性は身体はきゃしゃだが,猛烈に気が強い。

   今回ロンドンで日本人団体観光客は全然見かけなかったが,日本人団体旅行客と思い,近付くと中国人団体旅行客で,大声で話しているからすぐ分る。日本でもそうだが,景気が落ち込んでいるところに,突然中国からの観光旅行客が大挙してやってきて買物をしてくれる,「中国人旅行客様様」である。英国では昨年中国人の買物金額は前年に比べ83%も増えたと云う。フランスでは中国の観光客はこれまでのお得意客であったロシア人や日本人の観光客より気前良く買物に金を落してくれるようになった。フランスのデパートなどでは中国語のできるスタッフまで用意して待ち構えている。中国ツアーリズム・アカデミーの予想では今年5千4百万人の中国人が海外旅行に出掛ける見込で,昨年の4千7百60万人より13.6%増加している。世界の旅行者数は昨年4%落ちたので 中国人旅行者はまさしく恵みの雨である。ワールド・ツーリズム・オーガナイゼーションによると,中国人の海外旅行は2000年から,年率22%で伸びてきて,2020年には年に一億回海外旅行をするようになる。一億人とすると日本の人口の全てが海外旅行をする事になる,やはり人口が8億人だと規模が違う。今の所,中国人旅行者の75%は旅行先を香港とマカオに限っている。残りの25%の半分は(12.5%)日本などアジアに向い,10%がヨーロッパ観光をしていると云う。 中国人観光客の旅行の主な目的は買物とギャンブルである。ギャンブル好きで知られている中国人はマカオやシンガポールに足を延す。特にシンガポールはこれまで40年間禁止してきたカジノを解禁したばかりであるが,今年中国人がシンガポールで最大の観光客となりそうだという。千葉県の森田健作知事が成田空港付近にカジノを開催する構想を練り,中国人観光客にターゲットを絞っている様だ。しかし,その前に成田空港をもっと整備するなどやる事があるだろうと云いたくなる。今回成田空港に到着し,その前にロンドンやスイスのチューリッヒ空港を利用してきたばかりなので,成田空港の貧相さにショックを受けた,まるで離れ小島の空港に着いたような規模で,到底アジアのハブ空港にはなれない。香港やシンガポールの空港の規模は比較にならないほど大きく,長期的ビジョンに立って設計されている。日本の空港整備の予算は国土省や,運輸省の天下り役人の退職金に消えてしまったのか? 私自身成田エクスプレスのサインを探したが何処にもなく,辛うじてJRのサインを見つけた。(外国からきたばかりの人はJRが何か分らないであろう)。成田エクスプレスはロンドンのヒースロー・エクスプレス以上に早く素晴しい電車なのに何の表示もない。こんなに不便で不親切な空港では,だれも利用したがらない。日本の国際競争力は落ちる一方である。

   中国の観光客が日本でやりたい事はデジカメなどの電子製品,炊飯器などの電気製品の買物である,秋葉原などは中国人観光客でごった返している。また銀座で資生堂の化粧品を買い求めるのも定番だ。私達日本女性も1980年後半から中国に返還された1997頃まで香港に買物旅行に頻繁に出掛けたが,今日香港で中国本土からの買物客は日本人客の倍の数であると云う。1997年頃香港で乗ったタクシーの運転手はテープで北京語(マンダリン)の会話レッスンをしていてからその身の代りの早さに驚かせられた。中国人観光客は香港で有名化粧品を求め,ローレックス,バーバリー,グッチ,ルイビトン,シャネルなどのブランド品を買い漁ると云う。中国本土では贅沢品に掛かる税金が高い為,外国で買う方がずっと安く,中国本土ではこれらブランド品の模造品が作られているのを知っているので,その恐れのない香港の直営店で買い求めると云う。ヨーロッパの観光地や米国も,今の所,中国人旅行者は近隣のアジア諸国の観光地にチョコッと足を出して試している状態なので,これから本格的にヨーロッパ観光の冒険に出ると見込んでいる。日本もデジカメ,炊飯器の買物ばかりでなく,ホンダなどでのロッボット見学,温泉地での日本旅館宿泊体験,伊勢志摩などでの真珠養殖見学や真珠のアクセサリーのショッピング,中国のテレビドラマとタイアップして雪国などでのロケ地提供など(日本の主婦が冬ソナの舞台となった観光地に駆け付けるように),魅力的ツアーを組んで中国人観光客の関心を引かなければならないであろう。

   .中国のアジア近隣諸国は本土からのツアー客が気前良く買い物してくれるのはありがたいが,行儀の悪さに厳しい意見を述べる。香港のメディアは中国からの旅行者が道でしゃがみ込み用をしたり,公衆の前で子供に小便をさせたり,香港ディズニーランドのオープニングの日に子供が裸足で駆け回ったりする写真を掲載している。シンガポールのストレーツ・タイムスは醜い中国人のツアー客は大声でわめき,不作法であり,中国人に対し怒りの火をつけると云う記事を掲載している。私が中国人女性に対し我慢ならないのが,空港でも,市内のマクドナルドのトイレでも(私はハンバーグは食べないで,トイレだけ利用する,あの赤と黄色のマークは世界中何処でも見つけられる),彼女らは洋式トイレの便座を信じない,彼女らが入った後では便座にスニーカーやハイヒールの靴底の跡がベタっと付いているし,便座の上に靴で上がり,和式トイレの様に屈んでいるのを見てしまったこともある。結局,彼女らの考え方は,他の人達は洋式で座ろうとも,自分だけは信じないで靴で上がると云う利己的な考え方である。中国政府は中国旅行者の行儀の悪さに対する海外の非難をかなり重く受け止めているようで,.中国国営新華通信社は「唾を吐いたり,スープを音をたてて飲んだり,列に割り込んだりするのは他の国では“耐えられない”程悪い行為である」と警告を発している。昔,英国に行く時,北京空港に緊急着陸した事があった。短い時間であったが,市内観光をし,ホテルの会議室でお偉方が集まっているのを目にした。どのテーブルの脚の部分にも小さな痰壷が付けられており,ガーと咳払いをして,小さな痰壷に見事に唾を吐き入れる。余程,口の中の頬と舌の筋肉が発達していないとあの様に見事には出来ない。ロンドンでも中国人観光客のおじさんが「ガー」と始めた,私は彼等のコントロールの良さを知っているので,慌てて避ける事はしなかったが,見事マンホールの穴に収まった。欧米人はこれをチャイニーズ・コフ(中国人の咳)と呼ぶ,当時中国の共産党大会などの大会議でも,一万人の列席者が「ガー,ペッ」と痰壷に吐いていたと欧米の記者は教えてくれた。中国ツアーリズム監督文化庁では「礼儀をわきまえる,順番の列を守る,レディーファーストを守るべきと説き,「ゴミを捨てない,公衆の前で靴下を脱がない,デパートで値切らない」とやってはいけない事を列挙したガイドブックを発行している。これを見ても,中国政府が中国ツアーリストの行儀の悪さで中国の近代的スーパーパワーのイメージが損なってしまう事を恐れている事が良く分る。

しかし疑問に思うのは,中国当局は,先に米国検索会社Googleに執拗なハッカー攻撃を仕掛け,中国市場から撤退を余儀無くさせた,中国国民を海外の自由で,有害な思想から守る為だと云う。中国当局がこんなに自由に国民を海外旅行に出して良いのだろうか?と云う疑問である。中国人観光客は海外の危険な文化や有害思想の影響を受ける可能性が十分にある。至る所にあるインターネット・カフェ,ホテルに備えてあるPCでWebサーフィン,Googleで「天安門事件」と検索が自由に出来る。ある学者によると中国旅行者は旅行前当局から,旅先で国家の機密を漏らさない,外国人と接触する場合,政治的な話題は関わらないなどのレクチャーを受けていると云う。これから先10年,中国の観光旅行客が世界を変えるといっても過言でないが,世界の観光地が大きく変るのか(ローマの遺跡が中国語の案内看板だらけになるのか?),中国人が大きく変るのかどちらが先であろうか?
   (終り) 柴田

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