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(68)チューリッヒヘの幇助自殺ツアー |
「ことわり」 この記事はかなりショッキングで,論議をかもす内容なので,年間3万人の自殺者を出す日本では,この記事で自殺を促すようで良くないと発表を躊躇ってきましたが。調べてみると,このチューリッヒのクリニックは金持ちの為のもので,今年当局によりさらに値段が上げられる。専門家によると日本の金持ちは金持ちになる程,いかに自分の資産を使って長生きをするかを考えると云う特異な精神構造をもっているので,チュ-リッヒの安楽死協会の顧客にはならない。ここで死ぬには英語かドイツ語で心理カウンセラーの診断を受けなくてはならない,申し込みも英語かドイツ語である。この施設での1115人の幇助自殺の内,日本人はたった3人であった(ドイツ人560名,英国人115名,その他60ヶ国から)。 チューリッヒヘの幇助自殺ツアー 『著名な指揮者夫妻もスイス安楽死ツアー』 昨年元ロイヤル・オペラの指揮者エドワード・ダウンズ卿84才が妻のジョアン74才を連れて,スイスのチューリッヒのクリニックを訪れ,夫婦で介助による服毒自殺した時,まるでワグナーやヴェルディ-のアイーダ-のオペラのようにロマンティックで美しい話だと英国人は感激した。彼の妻,ジョアンは,有名なバレリーナであったが末期の肝臓と膵臓ガンで苦しんでいた。英国では自殺ほう助は違法であったので,医者に面倒かけたくないと老夫婦はスイスのチューリッヒに渡り,Dignitasという安楽死団体に睡眠剤で自殺できるように7000ドル払った。家族が立ち会うと英国の法律では自殺幇助にあたるので,死ぬまでの経過はビデオ・テープに記録される,これはDignitasの医者や看護婦が患者に威しをかけていないと証明する為にでもある。ビデオを見た息子のカャラクタスによると,無色透明の液体を少量飲み干し,ベッドに並んで横になった。彼等は眠りに落ち,数分で亡くなったと云う。息子はそれは「文明的で気品に満ちた最後の行為であった」と報告した。Dignitasは世界で最もリベラルなスイスの法律で非営利団体として登録されている。自殺をほう助して利益をあげてはいけない事になっているが,このクリニックの財政事情は不透明である。問題は著名な指揮者エドワード・ダウンズ卿である,彼は健康を害していたが,すぐ死ぬような病気を患っていなかった。しかし彼は視力をすっかり失っていたし,聴力も弱くなっていた,そこで彼は自分のソウルメート(魂の友達)である妻の死亡後の自分の人生と直面する事になり,妻と一緒に旅立つ事を選んだ。 『Dignitasのミレリ氏は1000人以上の自殺ほう助をした』 Dignitasというクリニックを運営するLudwig Minelli (ミネリ)氏77才は弁護士であり,人道主義者と自認するが,人々の自殺幇助に彼の人生を捧げた。昨年スイスのチューリッヒ市街から車で30分の工業地帯にサッカーグランド程の広さの土地に建つブルーオアシスと云う2階家を買い求めた。部屋は簡素な作りで,ベッドとイスがあるだけだ。今やチューリッヒのブルーオアシスは世界中から自殺ツアー参加者の最終目的地として知られる事になった。Minelli (ミネリ)氏が1998年にDignitasを発足させてからの12年間になんと11150名の自殺を幇助したという。 自殺幇助はオランダ,ベルギー,ルクセンバーグでも合法であり,安楽死は耐え切れない痛みを抱えた者にだけ認められている。米国のオレゴン州でも患者が6ケ月以上生きられないと二人の医師が認めた場合にのみ許されると云う。又ワシントン州,モンタナ州でも居住者であり,不治の病で,これ以上の医療措置では救えない患者に限って認められていると云う。しかし,世界一リベラルなスイスの刑法は自殺志願者にピストルを充填して渡し,貴方のリビングルームで脳みそが飛び散るのを静観していても罪にはならない。それから自殺志願者が居住地の住民でなければならないと云う制限もない。ただ2つの条件が課せられる,自殺者の死に対し個人的利害を持っていない事,自殺者がピストルのトリガーを引く時に貴方は健全な精神状態でいなくてはならない。このユニークなスイスの法律の下で四つの自殺幇助団体が生れた。Exit (エグジット)と云うドイツ語圏とフランス語圏にある2つの団体で居住者に限定している。もう一つの団体はスイスの首都のベルンにあるExit Internationalという団体で,殆ど外国人の依頼を受けない。Dignitasだけがスイス国外から,だから頼まれれば誰でも自殺幇助を遂行する世界で唯一の団体となった。ミネリ氏は[自殺は人間に最後に許される権利だ]と云い,その権利を守る為に彼は人生を捧げたと語る。ミネリ氏のブルーオアシスでは5人の男性,8人の女性従業員が働いている。彼等の中には自殺幇助を依頼しにここを訪れ,気が変ってそのままここで働く様になった者もいる。ある女性は「Dignitasエスコート」と呼ばれ,安楽死に理解を示す医者から分けてもらったペントバルビゾール・ナトリューム(sodium Pentobarbital)と云う手術用の全身麻酔剤が入ったカップを患者に渡す役目を果たしている。エスコート役のスタッフは患者のこれまでの人生の話などの聞き役に回り,心理カウンセラーのような役目をする。患者はペントバルビゾ-ルで深い昏睡に陥り,30分以内に苦しまず死ぬ事が出来る。ここで働く若い青年は「Do-it-yourself手段でで自殺しようとすると失敗する事が多い。列車に飛び込んで手足を失ったりして一生車椅子の不自由な生活をする様になる,ビルから飛び下りてぐちゃぐちゃになって,汚い死に方をするより,ブルーオアシスで苦しまない,きれいな死に方をする方が人間の尊厳を守れる」とミネリ氏の主張する尊厳死を支持する。 『尊厳のある人生を終らせる為の自殺幇助』 ミネリ氏はチューリッヒ湖畔の村で生れ,大学卒業後ジャーナリストとなり,ドイツの有力週刊誌ディアー・シュピーゲルのスイス特派員になった。ある日,ヨーロッパの人権委員会の会合を取材していて,人権の為に闘うと云う運動にインスピレーションを受け,1977年大学の法学部に入り直し,4年後49才にして人権弁護士として再出発した。1998年5月Exitの仲間と共にDignitasという自殺幇助団体を設立し,同年年末までに6名の自殺幇助している。2000年にドイツの老婦人Maria OhmsbergerがDignitasでの初めての外国人の自殺者となった。ドイツの週刊誌が彼女のDignitasでの幇助自殺と彼女の最後の言葉「なんて素晴しい方法であの世にいけるのでしょう!」と共に特集を載せたところ,世界中から自殺志願者がDignitasに列を作って申し込みにきたという。会員制をとっているので,6000名が会員費を払ったと云う。病気でもないのにスイスで死にたいと云う申し込みもかなりあったという。これまでDignitas は小さな賃貸しのアパートの簡易ベッドで自殺幇助していたが,移る所,移る所,棺桶を運び出すのを見た地元の住人達に気持ち悪いと追い出された。遂にはミネリ氏の自宅の居間を使って,自殺幇助行為を続けたが,市当局はDignitasに対し自殺幇助を禁止した。頭に血がのぼったミネリ氏はチューリッヒの五つ星ホテルの部屋で外国人旅行者ののペントバルビゾールによる自殺幇助を指令し,合計20名の外国人がホテルで自殺した,これはチューリッヒホテル組合いの激しい抗議運動を引き起こした。さらに道路脇に駐車した車の中で二人のドイツ人の自殺も幇助したと云われている。この当時ミネリ氏は「Exitのような団体はスイス人だけを扱うので,患者の自宅で自殺幇助(安楽死)が許される。しかし,我々Dignitasは外国人の自殺を幇助るという理由で,アパート,ホテル,駐車場等を利用する事を禁止されている」と愚痴をもらしている。 遂に2009年ミネリ氏は「死の家」ブルーオアシスを持つ事ができたが,Dignitasに関する悪い噂はますますひどくなった。「Dignitasが自殺ほう助金を引き上げている,数年前2000ポンドだったのが,今や5000ポンドに釣り上げて大儲けしている」。「自殺ほう助はこのクリニックの金もうけの手段である」というSorayaWernliというDignitasの女性責任者のコメントを掲載している。又別の英国紙は亡くなった人から取り上げた財布,携帯電話,時計等を売って儲けている。さらに若いスタッフが全身麻酔薬ペントバルビゾールは,薄めて使えば麻薬のような効果があるので,こっそり闇のマーケットに流しているという噂も流れた。数々流れた噂の中でミネリ氏が唯一正しいと認めた事は,彼は自殺者の死体を火葬にしている。骨つぼに収まらない骨と灰はまとめて器に入れ,夜中にチューリッヒ湖畔の何百万ドルもする豪邸が並ぶ岸辺にこっそり沈めた。昨年彼は市の水道局から,湖畔の金持が人間の骨と思われる,骨のかけらが自宅前の岸辺に大量に打ち上げられていると文句を云ってきたと警告を受けた。 『英国は自殺ツアー参加者を送り込む』 英国では医師による自殺幇助,安楽死が違法(14年の禁固)になるので,Dignitasの助けを求めて,チューリッヒへの自殺ツアーに参加者が年々増え,昨年だけでも34名が自殺した。2002年から合計115名の英国人がDignitasクリニックで幇助自殺をしたと云う。2008年末英国の大学講師Craig Evertsさんが運動ニューロン疾患の末期症状で苦しみ,奥さんに伴われ,チューリッヒ空港に降り立ち,Dignitasクリニックを訪れ,地元の医者の診察を受け,病室で家族と数日過し,ペントバルビゾ-ルを飲み,亡くなるまでの記録を英国のSKY TVが放映した。Craigさんはアカデミー・ドキュメンタリー賞をとったJohn Zaritsky監督に撮影を依頼した。Craigさん自身呼吸出来ないので,唯一使える口で人工呼気器のスイッチを切り,バルビゾ-ルを飲み干して,静かに亡くなった。「もし自分がDignitasに選ばれなかったら(凄い数のキャンセル待ちリスト),私は生きている間中この激痛に苦しみ続け,家族への迷惑も続くであろう」と最後の言葉を残した。TV放映を許したのは「夫は毒薬でもがき苦しみながら死んだのではない,安らかに眠るように死んだと云う事を同じ苦しみを味わう人々に知らせたいからだ」と夫人は語った。このTV番組の放映で英国中に衝撃が走った。,英国の医学会に安楽死を認めるべきかどうかについて大論争が起きた。不治の病,末期ガンなどの患者に安楽死を認めるべきだと政府に圧力をかけ始めた。 London School of Medicalの研究者は,そのような患者を即座に絶命すさせる(積極的安楽死)の手段を取るより,長い間強い鎮静剤を与え続け,昏睡状態にするような消極的安楽死を認めるべきだと提案している。2009年「安楽死(幇助自殺)法案が」国会に上程されたが,貴族院(上院)の100対148票の反対でで否決されている。BBC放送の調査では,英国民のたった4%しか幇助自殺が罪になると考えておらず,後の96%が刑法に違反しないと考えていると云う結果が出た。しかしながら,昨年末難病で苦しむ患者にチューリッヒへの片道切符を出してあげた英国の医者はいまだ拘留されている。英国でも米国でも,どのように命を終らせるかと云う避けては通れない決定的な会話がなされ始めている。米国のオバマ大統領は念願の医療保険改革法案を3月22日に成立させたが,「命の終りに来ている人々の医療費が米国民の医療費全体の80%を占めている」と語った。もし,我々がどのように健康に金を使うべきか変えて行く積もりなら,我々は死に対してどのように金を使うかも変えなくてはならないと云う議論が米国でも始まるであろう。これと歩調を合わせるように,米国のビジネスウイーク誌3月15日号で珍しく5ページを割いて,ある女性編集長の夫の腎臓がんとの闘病記録の7年間の記事を掲載している,5000枚に近い最新鋭の装置を使っての治療記録,製薬会社の治験薬を含めての処方箋を全部寄せ集め,ページの中央に積み上げた写真を掲載,総額,618,616ドル(5,753百万円),夫妻はメディケア医療保険に加入していたので,自分達で払ったのはたった88万円であり,残り609,148ドル(5,655万円)はメディケア-医療保険,つまり国民の負担であると写真には線を引いてある。特に全体の3分の2の医療費は最後の2年間使われたと写真では色分けしてある。新しい薬も効かなくなった末期の夫の死期を延す為にこれ以上メディケア-に負担をかけたくない,米国には4,600万人が医療保険を受けられないでいる現状を踏まえ,夫人は新しい治療薬を断り,緩和措置をとって貰う決断をし,4日後夫は亡くなった。この最後の2日間でさえ,X線,CTスキャナー,モニターなどの措置で43,714ドル (4百万円)使われている,これは夫が死んだかどうか確かめるだけの支出である。この記事は長期間,高度の延命医療が必要かと国民にオピニオン・コンセンサスを求めているように思われる。ビジネス・ウイーク誌はメディア王のマイケル・ブルーンバーグ氏が買収し,彼はNY市長でもあるので,政治的に恣意的なものがが働いている感じがする。時期を同じくして,PBSという公共TV放送が2008年SKY TVで放映されたアカデミードキュメンタリー賞をとったCraigさんのスイスでの安楽死の番組を米国で再放送していた。 『自殺ツアーの人気に当惑するスイス当局』 ミレリ氏は末期ガンなどの痛みから患者を解放する為,また人間の尊厳のある死の為に自殺ほう助をしてきたと主張してきた。しかし2007年にカナダからBetty Coumbiasという老婦人が心臓病の夫の付き添いでクリニックにやってきた。全く健康には問題のない彼女は,夫を深く愛しており,夫のいなくなった人生に直面出来ない,夫と一緒に死なせてくれと懇願した。チューリッヒの医者から夫婦とも健康上問題がないので,安楽死させる理由がないとペントバルビゾ-ルの処方を拒否された老夫婦はカナダに戻った。しかし,ミレリ氏はチューリッヒの医療当局に圧力をかけ致死量の薬の処方許可を得て,健康な老夫妻の心中をほう助した。スイスでは精神分裂症(統合失調症)等の進行性の精神病にも安楽死が認められるので,カナダの老夫人のように,夫の死によるノイローゼ状態の夫人の自殺ほう助は合法的だとミレリ氏は主張する。この頃になるとDignitasでの自殺ほう助が一種のツアー産業の様相を呈してくる。スイス政府当局も,チューリッヒ市当局も,自殺ツアー参加者が医者の診断を受けにクリニックに直行,ブルーハウスに向うのをを目の当たりにし当惑を隠せない。ピーク時には,朝空港に降り立ち,医者の診断を受け,その日の内に自殺すると拙速であった。Dignitasに付きまとう問題はペントバルビゾ-ルが手に入りにくい事である。カナダの老夫婦の心中ほう助事件以来,スイスの薬品当局がペントバルビゾ-ルの供給を絞り始めて,一時,国中のどの薬局でも売ってくれない時期があった。チューリッヒの内科医が立上がり,これまで患者ごとに安楽死をさせるのに合法的かどうか,1人の医者の診断に任せてきたが,新しく二人の医者の診断が必要であると規則を変えてしまった。この規則変更は些細な変更であったが,ミネリ氏は自分に対する個人攻撃ととらえ,彼の怒りの導火線に火を付けた。即座に次の4人の自殺希望者にヘリウム・ガスを使った。これは当局に対するミネリ氏の怒りのデモンストレーションであるが,検死をしたチューリッヒの内科医は「ミレリ氏は最悪の事をしてくれた。ヘリウム・ガスを使うなんて,もちろんこの毒ガスはナチスの収容所でホロコースト(ユダヤ人虐殺)で使われたもので,ミネリ氏は十分承知していてこの毒ガスを使った」と顔をしかめる。スイスの安楽死協会も,ヘリウムガスを吸わせるのに顔につけるマスクが上手く密着しないので,酸素が入り込み,自殺者が苦しむ,残酷だから,止めるように忠告した。このようにミネリ氏はかなり挑発的な人間で,精神病患者の自殺を助けるとBBCのインタビューで語り,波紋を呼べば呼ぶ程,人々が安楽死に付いて真剣に考えると思っている。 『自殺ツアー規制法案をスイス国民投票にかける』 Dignitas での自殺者が1115人を越え,外国のメディアからの厳しい批判に晒され,スイス政府当局もDignitasの存在を国の恥と見るようになり,自殺ツア-を廃止する可能性を探り始めた。しかし,1942年成立の安楽死法を変えたくない。そこで,ディグニタスに的を絞った規制法を用意している。今年1月23日,Keir Starnerスイス検察庁長官は「英国では医者が自殺をほう助すれば14年の禁固となる,しかし,これまで起訴された医者はいない。これは英国の医者が不治の病,末期の患者をチューリッヒヘの自殺ツアーに送り込んでいるからだ。昨年だけで34人がチューリッヒのDignitasというクリニックの人々の手を借りて命を絶ち,合計で115人が自殺した,しかもまだ800人の英国人がDignitasの順番待ちのリストに載っている。 Sterner検察庁長官は,外国人のチューリッヒへの自殺ツアーを制限する為に幾つかの政策提案を発表した。Dignitasが自殺者に課金している5000ポンドの6倍にあたる「死亡税」30,000ポンドをDignitasから徴集して,スイスでの自殺が途方もなく金の掛かるものにすれば,スイスから自殺希望者を追い出す事が出来る。外国からの自殺希望者は,大抵自殺する1―2日前にスイスにやってくる。新しい法律では,自殺希望者はスイスに少なくとも1年以上居住していなければならない,これに違反すれば罰金をかけられる。罰金は50,000スイスフランになるであろう。これら政策案はさらに議論を重ね,今年11月の国民投票で50%以上の賛成があれば法制化される。 スイスは一つ一つの政策が国民投票によって決定される「直接民主主義」制度をとっている。昨年末,スイスにあるイスラム教のモスクからmiranets (ミラネット,光りの塔)を禁止するという法案が国民投票で圧倒的賛成で成立して,政府当局を驚かせた。 (終)柴田 |
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