ジャーナリストのパソコンノートブック |
(67)米国トヨタはメディカル・マフィアの餌食となるか? |
トヨタ自動車のリコール問題に関し,一番最初に頭を過ったのが「レッドオクトバーを追え」などの著作の人気作家,トム・クランシーの「日米開戦( Coming war with Japan 1995年)」だ。小説の中ではテキサスにある日本の自動車会社の米国工場で中南米移民系の女性工員がネジを一本無くし,そのままにして組み立てラインに流した。その車は若い母親に買われた。彼女は子供を載せ,ディーラーから高速道路に乗り入れたところで,オイル漏れがおきる,タンクローリーに衝突され,爆発炎上の大事故を起す。可哀想な親子の犠牲者に同情が集まり,日本の自動車会社は全米の反感を買うと云う出だしであった。幾つかの曲折を経て最後に日本のジャンボジェット6機がワシントンの議事堂に突っ込むという筋書きで,2001年9.11テロ事件のヒントにもなったと云われている。この小説が書かれた当時は米国の日本叩きの真っ最中で議員がハンマーを持って日本車を叩き壊す場面がTVで公開放送された。 米国人はトム・クランシーの小説に自分達の生活を重ねてみる傾向がある。今回もジャーナリスト達はレクサスやプリウスで事故を起した犠牲者を探しだし,日本車バッシングを起そうと必死だ。1月30日,米CNBC テレビは昨年8月にカリフォルニア州で起きたレクサスの交通事故で,同乗者が「アクセル(ペダル)が動かなくなった」などと警察に助けを求めた際の生々しい交信記録を伝えた。米メディアによると一家4人が死亡したこの事故では,アクセルペダルがフロアマットに引っ掛かって元に戻らなくなリ,時速190キロに加速,制御不能に陥って路肩に突っ込んだと見られている。交信記録では同乗者が「ブレーキが効かない」「トラブルに陥っている」などと警察に助けを求めている。日本のTV局でも使う手口だが,このような場合亡くなった家族の生前の楽しい団欒写真や,子供達の写真を放映して視聴者の同情に訴える。トヨタは車で一番肝心なアクセルペダル,ブレーキの不具合の重大性に対する認識が欠け,対応が遅すぎ,全てが後手後手に回っている感じがする。製造関係の大企業が不正会計とか,不正輸出とか騒がれても,会社の商品のブランド・イメージは余り傷付かないが,車の一番の要となるアクセルやブレーキの欠陥は信頼性に致命的なダメージを与える。 今回のトヨタ車問題で心配される事は米国の保険業界を震え上がらせている「Medical mafia 」という(弁護士―医者共謀詐欺)グループの介入である。法外な医療費請求でトヨタはハイエナのようなMedical Mafiaの餌食になってしまうのではないかと云う心配だ。「Medical mafia」とは弁護士と医者が共謀して自動車事故の被害者側に立ち,事故を解決,医師の診察,あらゆる診療(マッサージから心理療法までも)を行ない,必要のない脊髄の手術を強制し,法外に膨らませた医療費を加害者側の企業や保険会社に請求する詐欺事件である。普通のありふれた接触事故が,被害者が知らない内に弁護士,医者,セラピストなど,何十人もの請求で途方もない請求額に膨れあがり,自動車事故介入を儲かる美味しいビジネスにしている。Medical Mafia 事件で原告側の証人になったシンシア・ジョンソンもごく普通の主婦で,2002年ラスベガスの不動産会社に出勤する途中,彼女の車が 他の車にバンパーを接触され,押される形でトラックの正面に突っ込んだ。誰も怪我をした者もいらず,ドライバー同士名刺を交換して別れた。しかし翌朝ジョンソンさんは背中に痛みを感じたので掛り付けの医者の診断を受けた。すると病院側はこれから行なう処置に掛かる全ての費用を最初に一括支払いしてくれと云った。医者は「自動車事故の場合,裁判沙汰になる,その場合彼女の医療保険がその費用を全額カバー出来ない事もあるからと」説明した。医療費に不安を感じた彼女は友人が探してきた「Howard Awand」という自動車事故の解決を専門とする男に依頼した。Awand は米国一忙しいしている脊髄外科手術の名医Mark Kabinsの予約をとってくれた。 Kabinsは診察した後,幾人かの専門医の名前を挙げた。Awandが全て診察予約をとってくれた。そして,ラスベガスで最も有名な訴訟弁護士Robart Vannahも紹介された。ジョンソンさんは「通勤途中の軽い接触事故なのに,こんな立派な人達に解決してもらえるなんて,なんて自分は運が良い」と思ったと言う。ここで彼女は「Medical lien」(医療先取特権)の書類にサインした。「メディカル・リエン」とは「怪我をした側は全てが片付くまで,何も払わなくてよい,加害者側から医療費なり,賠償金が支払われた段階で,弁護士のVannahがMedical lienは持っているので,その中から支払われる」というもの。その後6週間,彼女は様々な医師の診察,検査,治療を受けるスケェジュ-ルをこなす事に追われた。。コルチゾン注射と物理療法で彼女の背中の痛みは和らいできた。問題はKabins医師が脊髄手術を受ける様しつこく勧めることだ。Kabins医師はもし今脊髄手術をしなかったら,10年後彼女の痛みは現在の20倍になってしまうと脅かしている。一方彼女の弁護士Vannahは加害者に対し20万ドル(2千万円)の損害請求を出している。Vannah弁護士はこの加害者が連邦政府の検察官だとは知らなかった。この検察官側の弁護を引き受けた老練な民事裁判の弁護士Ruth Cohen女史は何か変だと気がつき始めた,こんな軽度の接触事故で被害者のJohnson が8人の医者の診察を受け,医療費代だけで40万ドル(4千万円)と大金を請求してきている。Cohen女史が他の訴訟弁護士に相談した所,これらの医者8名はは全員Awandと関係があり,彼女が弁護を引き受けた検察官はラスベガスを舞台にした訴訟弁護士と医者が共謀した大掛かりな詐欺事件に巻き込まれていた事が分った。さらにFBIが1999年頃からこの事件を追っていて,“Awand(アワンド) 詐欺“とか “Medical Mafia(メディカル・マフィア)”と呼んでいる事も分った。医療コンサルタントのHaward Awandが大掛かりな詐欺の中心人物だ。この詐欺事件の仕組みはAwandが高名な医者や弁護士を雇い入れ,各々独立して動いているようにみえるが,実は全員共謀していて,損害賠償裁判を起す時はジョンソン夫人のような無知な証言をしてくれる原告を使う。彼等はジョンソン夫人 を巧みに操って,次から次へと治療を施す,殆どが必要のない手術であり,ただ医療代を膨らませるだけのものであったという。結果として,膨大な額の医療代が保険会社に請求された。 2002年頃から米国保険業界の弁護士達が集まり「アワンド」,「メディカル・マフィア対策を練り始めたが,肝心の医者達が証言してくれない。高名な医者達を縛り付ける何かをAwandは持っていた。彼は元CIAの工作員だったとか,いまだにCIAにコネがあるとホラを吹き,医者達を怖がらせていたが,医者達を訴訟の不安から守る術をもっていた。それは事故被害者と交わす「Madical lien」である。医者達は訴えられる心配がないと分ると安心してAwandの弁護士―医師共謀詐欺団のメンバーとなった。Awandは加害者側の企業や保険会社から,膨大な額の損害賠償代,医療費を勝ち取り,メンバーの医者や弁護士に分け与えた。Awandは時として模擬裁判を行ない,医者達の証言の口裏合わせの練習をしたという。Amand帝国は完璧であると思われた。 脊柱,脊髄手術の専門医のMark Kabinsの月給はピーク時で750,000ドル (7 億 5千万円)であったと云う。Kabins医師の脊髄手術はAwandに何百万ドルの利益をもたらす大量生産の工場のようだったと証人は語る。 Kabins医師は週7日,朝6:30amから,夜10:30pmまで精力的に手術(大抵は不必要な手術)をこなした。一日の最後の手術で彼の指先は疲労で震えていたと同僚の医師は証言している。Kabins医師はそれまで共謀関係をひた隠しにしておいたが最近になって訴訟弁護士達やAwandとの電話も手術室で平気でするようになっていたという。 今ごろ,米国中の訴訟弁護士がトヨタ車による事故の被害者を捜し回り,被害訴訟,医療費請求の準備をしていることであろう。米国には弁護士が余りすぎているのが問題だ。以前ロス在住の友人の運転するランドローバーでラスベガスに連れて行ってもらった。ラスベガス市内に入った交差点で若い女性が運転するスポーツカーにぶつけられた。ランドローバーには被害がなかったが,女性の車の前部は滅茶滅茶に壊れ,運転出来なかった。人の良い私の友人は,ショックで震えている若い女性をそのままに残しておく訳にもいかず,壊れた車の処理を警察に任せ,この女性を宿泊先まで送る事になった。この女性がかなり美人であったので,嬉しくなった友人は,夕食を一緒にしようと誘った。ラスベガスのホテルにチェックインして,下のギャンブルフロアーに行こうと彼の部屋を訪ねると,友人は保険会社から電話の最中で,「痛い箇所はないか?,めまいがしないか?」など厳しくチェックされている。大丈夫だと友人が答えると,弁護士からクリニックに予約をいれたので,医者の診察を受けてくれという電話が入った。友人が断ると,本当に彼女を訴えなくて大丈夫かと何度も聞いてくる。友人は嫌気がさし「身体には何の問題もない。彼女を訴える積りもない,もう電話しないでくれ!」と怒鳴り始めた。弁護士も折角の金もうけのチャンスを失いたくないと必死だ。米国では自動車事故がいかにビッグなビジネスかが分る。 米国議会の公聴会で豊田章雄社長が出席し,不都合隠し,リコール対策の遅れなど追及される。公聴会での追及は悪徳弁護士やMedical Mafiaの医療費不正請求に御墨付きを与えるようなものである。米国の消費者はプリウスやレクサスばかりでなく,トヨタの古い車種の車でもブレーキが効かず事故をおこしたと報告しはじめている(米国人の運転は凄く乱暴だ)。2月16日までに2000年からのトヨタ車による死亡者は34名に達したと米高速道路交通安全局(NHTSA)は発表している。死亡者数,事故による負傷者の数も日を追って増加して行くであろう。 本誌2008年1月号で掲載した記事で,ミネアポリスの訴訟弁護士が医療業界紙にフェンフェンと云う新減量薬を服用した女性5人が心臓弁膜症の手術をしたと云うたった数行の記事を見つけ,即座に弁護士事務所を構え,弁護士,医師や看護婦を雇い,新聞に副作用検査広告を掲載して,被害者募集をし,ワイエス製薬への集団訴訟で60万人の薬害被害者に220億ドル(2.4兆円)の損害賠償を勝ち取ったと訴訟弁護士の恐さを書いた。自動車事故関係でも米国の保険業界は年間800億ドルの不正請求と戦っている。不正請求で一番多いのが自動車事故である。米下院の公聴会で電子制御システムの不具合に付いて質問が集中した。豊田社長がきっぱり不具合を否定したが,議員達の疑惑は払拭できなかった。電子制御システムについて運輸委員会とトヨタの合同検査が行なわれる。もし電子制御システムに問題があると判明すれば,何万人ものトヨタユーザーに集団訴訟(Class Action)を起されるであろう。被害補償額は天文学的数字に上るであろう。弁護士達は手ぐすねを引いて検査結果を待ち構えている。 10年近くMedical Mafiaの医療費不正請求を追い掛けてきたFBIも米保険業界の弁護士団はAmand一味を裁判に持ち込む事はできた。裁判に持ち込む事が出来たのは,Awand側の証人であるべきジョンソン夫人が検察側への寝返り,証人発言をしてくれたお陰である。2005年ジョンソン夫人はAwand-Vannahに教わった通り,交通事故の原告として証言台に立った。生れて始めて入った法廷は黒い服の男ばかりで威圧感に気押された。法廷で自分の軽い衝突事故の裏で,凄い数の弁護士や医者が働き,そして自分が聞いた事もないよう様な巨額の医療費が請求されているのを知り,こんな大それた裁判から早く抜け出したいと,彼女は証人を降りるとVannah弁護士に申し出た。すると弁護士は机を乱暴に叩き,もし彼女が辞めるのなら,これまで彼女の治療に課けた何十万ドルの費用を払えと脅かした。ジョンソン夫人さんは泣きながらVannahの事務所を飛び出て,ラスベガスにある法律事務所に片っ端から電話をかけたがどの弁護士もAmandには関わりたくないと取り合ってくれなかった。彼女が遂にたどり着いたのが民事弁護士Ruth Cohen女史で,相談にのってくれ,数日後に彼女はFBIの係官にAwandの弁護士-医師共謀詐欺の仕組みを説明していた。しかし,このAwand裁判では新聞,TVなど派手に報道されているにもかかわらず,起訴された20人の医者達と12人の自動車事故傷害専門弁護士の内誰1人として有罪にする事は出来なかった,証言してくれる医者が見付からなかったからである。この弁護士-医師共同謀議事件の主役となるべきMark Kabis 医師は「無罪にしてくれるなら,証言をする」と検察側に司法取引を申し出たがFBIは司法取引を認めなかった。 しかし,FBIは別件でKabins医師を逮捕した。元バレーボール・オリンピック選手Melodie Simonに対する医療過誤である。 Kabinsは2000年に彼女に不必要な脊椎手術をして彼女の脚を麻痺させてしまった。昨年末,症状が悪化して応急処置が必要なのにSimonさんの診察を後回しにして,65―80人の患者の診察をしている内に,Simonさんの容態が悪化して,41才にして胸から下が完全麻痺してしまった。 FBIはKabins医師の2000年のSimonさんへの脊椎手術がAwandの共同謀議の為か,Medical lien の有無などを追及している。今年1月にSimonさんに対する不必要な脊髄手術による医療過誤の罪状でネバダ州の裁判所はKabins医師に対し,350万ドルの賠償,執行猶予5年,6ケ月の禁固を言い渡している。ネバダ州の法律ではKabins医師は引き続き,診療活動を続けていけると云う。 米国の不備な医療保険制度を悪用して繁昌しているのがメディケア犯罪である。メディケアは高齢者,障害者を対象とする医療保険制度である。運営者は連邦政府である。フロリダの小さな薬局を定点観測しみると一日中誰も訪問しないが,この店は8月に200万ドル,9月に150万ドルの売上げをメディケア当局に払戻し請求している。フロリダで一番大きな薬局の6倍の売上げである。その薬局のある通りには多くの薬局の看板が掲げられているが客が入る気配はない。フロリダの電話帳に載っている薬局の95%がメディケア犯罪目的であるという。デトロイトの倉庫では医療器具の会社が5千万ドル不正請求をして,53人が逮捕された。請求書では電動イスが販売されたことになっているが,倉庫には電動イスはなかった。最近になって,フロリダやラスベガスではメディケアは儲かるビジネスと犯罪者が群がる様になったという。苦労しなくても,不正請求するだけで簡単に大金が手に入る。麻薬取引のようにガンで撃たれるリスクのないビジネスであるからだ。 メディケア犯罪者は出来るだけ安いオフイスを構える。認可がおりるまでの間,電話と電話受け付け嬢を置く。処方箋を書いてくれる医者の協力が必要。患者のIDが必要(名前と社会保険番号),犯罪者は病院から患者のIDを盗んだり,IDを1人10ドルで買うと云う。メディケア当局への請求は出来るだけ高価な電動義足とか,電動義手が儲かるという。メディケアはこれまで請求があればノーチェックで支払ってきたと云う。当局が支払った後でFBIがチェックに行っても,客も店ももぬけの殻である事が多いと云う。 メディケア当局に深刻な問題が起きた。昨年10億ドルの請求が有り,支払後残高はたった4千3百万ドルに減ってしまった。慌ててオバマ政権に2億ドルの資金追加をしてもらったが,メディケア詐欺を撲滅するのは交換条件であるという。メディケアは2017年頃破綻すると予想されている。 終り (柴田) |
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