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(65)年具の納め時,イタリアのベルルスコーニ首相

年具の納め時,イタリアのベルルスコーニ首相

  2009年を通して世界を最も騒がせた,と云うより世界のひんしゅくを買った政治家はイタリアのシルビオ・ベルルスコーニ首相であろう。 「オバマ大統領は若くて,ハンサムで,日焼けしている」,さらに「君たちは信じないだろうが,オバマ大統領夫人,ミッシェルも日焼けしているから,二人でビーチに行ったんだ」など政治家が絶対口に出して言ってはならない肌の色についてのジョークを繰り返し発言している。さらに頻繁に報道される彼のセックススキャンダルは 政治家の私生活に関心を持たないイタリア国民でさえも疑問を持ち始めている。ベルルスコーニ氏がイタリアの歴史で一番記憶に残る政治家となるのは確かである。

   一番驚いたのは10月のロンドン・タイムスの記事でベルルスコ―ニ首相がアフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバンに何千万ドルと云う賄賂を渡しアフガニスタンに駐留しているイタリア兵を襲わないでくれと裏取引した,その後,そのような裏取引を知らないフランス軍がその地域の警護を引き継いだが,タリバンはフランスからは金を貰っていないと,攻撃を仕掛かけてフランス兵10名が戦死した云う記事である。この記事に信ぴょう性を持たせる事件がその前月9月に起きていた。アフガンに派遣されたイタリア軍の内6名がアフガンで戦死した。1日の戦死者としてこれまでで最大,戦死者を嘆き悲しむ国民感情にベルルスコーニ首相は動揺して,イタリア兵をアフガニスタン駐留ののNATO軍から直ぐ引き上げると発表した。この発表に慌てたのが,英国,フランス,米国だ。イタリア軍が引き上げれば,即NATOの解体だ。NATO参加国がベルルスコーニ首相に翻意するよう必死に働きかけた。その最中に出たのがこのロンドン・タイムスの記事である。米国のオバマ大統領はイタリアがタリバンに賄賂を使ったと云うニュースに深いため息をついたと云う。ベルルスコーニ首相とイタリア政府は報道記事は事実無根だ,賄賂を送った事はないと否定し,ニューズウイークにもインタビュー記事を掲載させ,否定している。

   タリバンに賄賂を送ったと勘ぐられるのは無理もない。ベルルスコーニ首相の人生は贈賄疑惑に包まれてきた。しかし,これまで重大な犯罪の告発や,政財界の利権に絡むごたごた,さらに不正会計や贈賄など数々の疑惑を上手く交わしてきたので,くっ付かないテフロンのフライパンの様だと,テフロン首相と呼ばれている。現在も彼のTV会社「メディアセット」は弁護士への贈賄と不正会計処理の2つの事件で起訴されている。それに加え,世界中を騒がせたセックス・スキャンダルも彼の支持率には殆ど影響を与えなかった。現在首相として三期目だが支持率は60%台である。イタリア国民は西欧でも特に政治家の私生活に無関心な国民だ。中小政党が乱立して政権基盤が不安定で内閣が短命に終わり,なんと戦後内閣が62回も変った事に国民はうんざりしていた。強いリーダーシップ発揮してくれる首相を求めた。それを可能にしたのが,イタリアで一番の金持ちと云われるベルルスコーニ氏の資金力とメディアの支配である。彼は全国的な地上波放送を行なう民間放送4局の内,「Italia 1」,「Rete 4」,「Canale 5」,の3つを所有し,イタリアのメディアの70%をコントロールしている。首相として国営放送「RAI」にも影響力を持つのでイタリアメディアの90%を支配していると云う事になる。ベルルスコーニ氏は中小政党の政争に飽き飽きしている国民の感情を汲み取り,彼等を政治番組から娯楽番組に導いた。 私自身,1980年代にイタリアでTV番組を見て驚いたのは,まるでカソリックのお坊さんがお説教をしているような地味な番組で,夜7時のニュースにも拘らず,時報がなっても30秒ぐらい画面が現れず,まるで共産圏の国のTVの様であったことを覚えている。「Sack of Rome」(ローマの略奪)の著者Alexander Stilleは「ベルルスコーニはイタリアの政治を変える前にイタリアの文化を変えた」と語っているように,カトリック教会が推奨してきた禁欲的なTV番組から,180度方向転換してTVに贅沢とセックスを持ち込んだ。その中心となるのが「Velina」(ベリーナ)と呼ばれるTVのショーガールである,超ミニのスカートに踵の高いハイヒールが彼女らの制服である。ベリーナの中には男性の司会者が話している間,黙って立っているだけでの能無しの女性もいれば,ラップダンスの真似をする女性もいる。物まねのゲームで超ミニの女性がテーブルの脚になったり,ぴちぴちのドレスを着た女性に水をかけるとか,金髪の女性が黒いゴミ袋を着せられ,それを徐々に脱いで,胸を見せるとか男性本位の番組である。日本のTVでも,お笑い芸人とビキニ姿の若い女性が出演している下品な番組が多いので,日本人には余り行き過ぎには思えないが,ヨーロッパの国々には「下品,下劣である」としか映らない。しかしベルルスコーニのイタリアではベリーナの地位が上がり始めている。ミラノにあるタレント事務所ではかっては10-15名位の応募者しかいなかったが,今では何百人もの女性がベリーナに応募してくるという。若い女性の職業選択と云う調査で,一番人気のある職業がベリーナである。そして,人気番組「Quelli Che….Il Carlo」に出演して,そこで招待されているサッカーの選手と知り合いになり,そして結婚して,金持ちになる事である。ベルルスコーニ氏はあの有名なサッカーチーム「ACミラン」の会長・オーナーでもある(首相就任時に会長辞任)。この番組もふざけている,若い女性数名が超ミニ,細いハイヒールで舞台にあるアイロン台の前に立ち,男性のYシャツにアイロンを掛ける,サッカー選手達がどの娘が一番上手にアイロンが出来たかを投票する。この番組は15年も続いてきた人気番組である。余談だが,イタリアのマンマ(お母さん)は凄く働き者で,家族全員のシャツやシーツにアイロンを毎日掛ける。イタリアの男性はマザコンが多いので,自分の母親の様にアイロンかけが上手な女性は良い奥さんになると信じている。

   私が残念に思うのはイタリアの若い女性はかって気位が高く,自信に満ち溢れていた。ローマのスペイン広場の前のベネト通りという銀座の裏通りの様なお洒落な通りがある,そこのカフェ・グレコでエスプレッソを飲みながら,伊達男達が今夜食事を共にする女性を調達しようと何度も同じ通りを往復しているのを見るのが楽しみだった。若者,中年,熟年の男も着こなしが素晴しく,魅力的で目の保養になる。しかし,イタリアの若い女性は伊達男のナンパを徹底的に無視する。何日も観察したがナンパが成功した例を見たことがなかった。これは後で分ったことだが,イタリア人の父親は娘を溺愛した為だと云う。どんなブスな娘でも,小さい時から,お前は世界一美人だ,魅力的だと叩き込むという。そうすると鼻持ちならないぐらいの気位の高い娘に育つと云う。そんな誇り高かったイタリア女性が,ベルルスコ-ニの下品なTV番組でしどけない格好をするなんて信じられない。

   ベルルスコーニ首相は2008年にTVのショーガールを政治につなげる仕組みを編出した。首相はかってのTV番組のベリーナ(元トップレスモデル)Mara Carfaga嬢(32才)を「機会均等法担当の大臣」に任命した。2009年5月にはベルルスコーニ首相(72才)との18才の下着モデルNoemi Letiziaとの関係が取り沙汰され,ゴッシプ雑誌を賑わした。首相が下着モデルの誕生日パーティーに出席した事で夫人が激怒し,離婚の意志を発表した。このモデルは国会議員に推薦される事を条件に肉体関係を持ったと雑誌に暴露している。7月には首相と高級コールガール,パトリッア・ダダーリオとの会話を録音したテープが公開された。ダダ-リオは「低価格の小規模のホテルの建設許可が下りるようにすると首相が約束したのに,下りなかったから,代りに欧州議会の議員にしてやる」と云われたと云う4時間のテープを反首相派の報道関係者に渡した。当局は首相の友人ジャンパウロ・タランティーノが高級コールガールや,18才の下着モデルを首相に斡旋したことで調査している。さらに首相は4人の若いベリーナを欧州議会の議員候補に立てている。メディアセットの元プレセンターのElisa Alloroは首相の後押しで欧州議会議員に立候補する事になった。欧州議会の議員の年令のギャップと男女の数のギャップを埋めるように首相の密命を受けたと語っている。首相はベリーナのようなTVで露出が多い方が他の候補者より有利だと踏んでいる様だ。「政治は所詮ショーだから」とAlloro語る。

欧州議会も品位,権威がた落ちで,いい迷惑である。

   イタリアのベルルスコーニ化はどこまで進むのか? 2009年春,二人の女性国会議員が「ベルルスコーニ首相の女性に対する数々の発言は女性の尊厳を傷付けるもので,欧州人権協定に違反するものである」と非難の声を上げ始めた。Lorella Zanardo 議員は「イタリアのTV番組が下劣化している事にうんざりしている」と嘆き,彼女自身が問題TV番組をクリップしたビデオを見せた。それはJoking Apartという番組で,若い女性が食肉工場のロッカーに太いカギで釣り下げられている,血だらけの豚の死体の隣にである。この若い女性は「これまでこの番組をなんの疑問も持たずに見てきたが,こんなに屈辱的だとは…..」と涙を流し,声をつまらせたと云う。「私達の様に高い教育を受け,海外にも度々で掛ける女性が,若い女性をベルルスコーニのメディアの手にすっかり委ねたのが間違っていた」と罪の念を感じるとZanardo議員は語った。もう1人のRosy Bindi議員は「首相が女性の肉体をTVで扱うやり方は民主主義を欺くものである。この男,ベルルスコーニは私達に挑戦している,彼を辞めさせなければならない」とLa Republica 紙で糾弾している。

    12月14日にベルルスコーニ首相はミラノで政策演説中に暴漢に襲撃された。置物で殴られ,歯を2本折る怪我をしたという発表があった。警察は犯人は精神障害を持った男だと発表している。べルルスコーニの事だから,入院中に整形手術をしたのではないかと云う噂が流れた。彼は2004年に植毛とまぶたの整形手術をしている。さらに動画投稿サイトYouTubeには襲撃は首相サイドの「やらせ」であると,証拠のビデオを掲載している。今年になって相次ぐ首相のスキャンダルから国民の目をそらし,同情を買おうという企みであるとサイトには書いてある。確かに首相は怪我をしてから一旦車に乗り込んだが,元気なところを見せようと車から下り,さらに血が流れている顔を報道陣に晒している。首相は選挙前に「私は我慢強い犠牲者。この身を投げ出して,すべて人々の為に犠牲になる。自分はまるでイタリア政界のイエス・キリストのようだ」と語っている。実はこの事件の9日前,12月5日にイタリア史上最大の9万人がローマで集い,デモ行進が行なわれた。“No Berlusconi Day” (ノー・ベルルスコ-ニ・デイ) と名付け,首相の退陣を迫った。TVも新聞も首相の支配下にあるので,インターネットで呼び掛けたら9万人も集まったと云う。

  それより,イタリアの雑誌は,ベロニカ・ラリオ首相夫人に支払われる離婚慰謝料が史上最高,かのダイアナ妃の慰謝料を上回るのではないかと書き立てている。しかしながら,この襲撃事件後ベルルスコ-ニ首相の支持率は63%に上がった。

   ベルルスコ-ニ首相は奔放な発言にも拘わらず,欧州の国々の政治家と仲が良い。

* 特にフランス大統領ニコラ・サルコジと親しく,サルコジがベルルスコ-ニを「手本である」と称賛している。両者は強硬な移民政策などで共通点も多い。しかし昨年結婚したサルコジ大統領夫人カーラ・ブルーニがイタリア系である事をあげ,サルコジ大統領に「君の妻は僕のお下がりだ,お古を君にあげた」と発言した事で,サルコジ大統領は不愉快そうな表情になったと云う。

* ロシアのウラジミール・プ-チンとも親しい間柄である。ロシアのチェチェン政策に比較的寛容だった為だと云う。プ-チン首相はベルルスコ-ニ首相にキルトで飾ったベッドを贈ったと云われている。このベッドの存在は高級コールガール,ダダ-リオのテープに残っている。ベルルスコ-ニはシャワーを浴びながらダダ-リオに「プ-チンのベッドで待っていてくれ」と指示する会話で存在が明らかになった。きっとプ-チン首相も娼婦との会話に自分の贈ったベッドが出てくる事で苦笑したであろう。

*ベルルスコ-ニの中国に対する発言はひどい。「毛沢東時代,中国人は赤ん坊を茹でて肥料にしていた。「これは歴史的事実であるし,中華人民共和国は何百万人単位の国民を虐待している」。

 ベルルスコーニ首相が国民の人気を得ようと,行動すればする程滑稽で惨めに見える。そろそろ年具の納め時ではないかと思われる。




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