ジャーナリストのパソコンノートブック |
(59)どこへ向う世界の移民 |
昨年秋の米国発の金融危機がヨーロッパにも波及していると云うニュースを聞き,BBCのニュースを見た。BBCの女性アナウンサーは「米英の銀行破綻により多くの金融関係者が仕事を失った。それまで彼らに飼われていたペットの犬が,飼い主がドッグウオーカを雇えなくなったので,散歩にも出られず,ストレス状態にある」等と最初の報道はピントはずれ,超ノーテンキなものであった。英国はそれまでの10年間信用バブル,不動産バブルを謳歌していた為,BBCの若い女性記者には金融恐慌がどう云うものか想像も付かなかったのであろう。私が一番先に心配したのは,ロンドンで至る所で見かける道路工事や清掃現場のポーランドから移民であった。彼らは真っ先に解雇されるのではないかと云う心配だった。3年前レストランの場所を尋ねた警官は「三つ目の角を左に曲って,それから四つ目の通りを右折する,そのあたりに道路工事をしている人達がいるけれど,彼らに尋ねても無駄だ,彼らはポーランド人だから英語が分らない」と云った。又別の機会に住所を尋ねた人も,あそこにいる清掃人達に聞いても無駄だよ!,彼らはポーランド人だから,言葉が分らない。ポーランドからの移民は掃除中と書かれた黄色のナイロンのベストを着ていた。皮膚の色,目の色,髪の毛の色など旅行者にとって英国人と区別が付きにくかった。ポーランドは2004年にEUに加盟した。そこで他のヨーロッパ先進国とのGDP格差に愕然とする:英国のGDP125,ドイツ116,イタリア,スペイン101に対し,ポーランド51,ルーマニア34である。ポーランド人はそれまで従事していた工事現場,工場での仕事を途中で投げうって,長距離バスに飛び乗り,フランスのカレー港から,フェリーでドーバー海峡を渡り,15時間後ロンドンにたどり着いた。このように毎日500人の出稼ぎポーランド人が日に10便の長距離バスで英国に流出した。2004年からの3年間で約100万人のポーランド人が英国での出稼ぎで渡ったと云う。これだけ多くの移民の波は英国史上なかったという。英国人達はポーランド人の生態を"Visit by coach, fly back by jet" (長距離バスで英国にたどり着き,金もうけして,ジェット機でポーランドに戻る)という表現を使っていた。全てのポーランド人がヨーロッパで安楽な生活が保障されている訳ではなかった,2006年頃イタリアに渡ったポーランドジ人は地元の犯罪組織が経営するトマト農園などで「奴隷労働を」を強いられた。言葉も分らない彼らは悪徳業者の格好の餌食となった。 ポーランド人のように東ヨーロッパの出身者は勤勉で,肌の色,宗教などの点で英国社会に溶け込みやすい。しかし東欧からの移民が英国に長く居住すイスラム教層の職を脅かした。特に2005年 7月英国のイスラム教徒若者によるロンドン地下鉄・バス爆破テロ事件以降,イスラム系移民はさらに苦境に追いやられた。イスラム系の男性の失業率は13%と3倍に跳ね上がった。 英国は海外からの移民の受け入れに寛容であったが,ポーランドからの移民が英国の下層労働者の仕事を奪ってしまう国民の不満に対し,英国政府は2006年に移民労働者に対する社会保障を制限し,さらに2008年に移民局は厳しい受け入れ規制を設けた。昨年秋以降,金融危機後の不況で,ポーランド移民から真っ先にに解雇された。世論調査でも「失業したポーランド人は英国を出るべきだ」と云う意見が70%にも達した。昨年12月末の失業率は英国 6.1%に対し,ポーランド 6.5%と余り変らない。失業したポーランド移民は,再び長距離バスに乗って,祖国に戻っていった。ポーランドでは英国程稼げないかもしれないが,数年前にくらべ経済格差は随分縮まった。今年ポーランドは景気拡大が予測されている。またポーランドはEUのメンバーであるので,いつでも景気の回復した国の労働ビザの所得が出来る。あるポーランド人は「為替レート次第だが,次はドイツで働こうか」と意外とサバサバしている。これが,バングラディッシュとかスリランカの失業者となると,不法滞在者となってでも何とか英国で生き延びようとする。 ルーマニアは2007年にEUに加盟して,イタリアに職を求め大移動を開始した。イタリアでのルーマニア移民は50万人に達し,イタリア移民排斥運動が起きており,ムッソリーニの娘などの極右勢力が台頭した。 オイルマネーによって,砂漠に金ぴか都市を作り,金融と観光で経済発展を目論むアラブ首長国連邦(UAE)の夢は蜃気楼のように消えようとしている。首都ドバイの不動産価格は今年1-3月で40%下落し,世界最大の落ち込みである。しかし,不況の嵐の中,ドバイ最大の呼び物,世界一の超高層ビル「アル・ブルジェ(1,400メーター)」の建設は続行中であると云う。昨年の秋までは,ドバイはど派手な高層ビルや,超豪華リゾート施設を次々と建設し,世界の裕福な観光客を呼び寄せ始めた。壮大な計画は海外からの金融関係者から建築工事労働者までドバイ生まれの純粋の国民の5倍の数の海外労働者を雇用した。秋以降の不動産不況と金融不況のダブルパンチで,海外の労働者の仕事は激減し,今年ドバイの人口は15%減少すると投資銀行は予測する。中古車売り場ではメルセデス・ベンツやBMW等が山積みされている,職を失ったビジネスマンが車を二足三文で売り急いだからだ。又買い手の見付からない高級車は空港近くの商店の前に乗り捨てたままになっているという。建設現場の仕事にやっとありつけたインド,スリランカ,バングラディッシュ,フィリピンからの労働者は昨年11月ごろから工事中止,縮小で給料が遅配になり,給料が支払われなくなった。彼らは出国する時手配師に3,600ドルも借金しているので,母国に帰りたくても,戻れない。公園でホームレスになる以外になかった。金ぴかの高層ビルの合間に不法移民となった労働者のスラムが立ち並ぶ。 経済のグローバル化に伴い,国際間の移民の往来を自由にした。自国外に出て働く労働者の数は1990年代の1億65百万人から,2008年に2億人に拡大した。出稼ぎ労働者が祖国の家族に仕送りする金が,開発途上国の重要な財政収入となっていた。シンガポールでメイドとして働くフィリピン女性の月給はたった3万円である。彼女らはその全額を故国の家族に送金した。そんな小額の仕送りでも,出稼ぎ労働者の開発途上国への仕送り額は2008年に3,050億ドルに上り,政府等途上国援助の3倍の額に上ったと世界銀行はいう。しかし,今年仕送り額は今年5-10%減少すると見積もられている。フィリピンやネパールは必死になって,労働者を送り続けようとしている。フィリピンはカタールやグアムに政府使節を送り,フィリピンの労働者のサービスを売り込み,この4月にはアヤロ大統領自らドバイを訪問し,雇用主となってくれそうな企業トップと会談している。アヤロ大統領は劣悪で危険な労働環境のためヨルダンやレバノンにフィリピン人労働者を送る事を禁止していた法律を破棄してまで,フィリピン労働者を送ろうとしている。 シンガポールは世界中から優秀な人材を集め,徹底した実力主義で,知的経済発展を図ろうとしている。現在3,000億円をかけてバイオポリスを建設中で,再生医学,クローンなどのバイオテクノロジー分野で世界中から優秀な人材を集めるのに金に糸目をつけない。2年前シンガポールのGDPは日本を追い抜きアジアで一番になった,昨年までの世界的金融ブームのお陰である。シンガポールでは金融センター等のビルの建設ラッシュであった。建設工事等の単純労働も海外の人材に依存した。シンガポールで1年働けば,スリランカでの10年分の給料がもらえる。インド人,スリランカ人,インドネシア人の単純労働者の流入でシンガポールの人口は2000年から 2008年までに20%も増加した。しかし,シンガポールは徹底した単純労働者管理を行なっている。単純労働者には2年間の労働許可証しか与えられず,家族は連れてこられない。外国人単純労働者の定住を防ぐのが目的だ。またフィリピン女性にはメイド等の労働許可証が認められているが,半年ごとに妊娠検査が強制され,妊娠していたら,国外追放となる。これも外国人単純労働者の定住を防ぐ策だ。昨年秋の金融危機の痛手は大きく,工事中止,縮小で,シンガポールを離れる外国人労働者は今年から来年にかけて20万人に達するであろうとクレディット・スイス銀行は予測する。リー・シェンロン首相(リー・カンユー元首相の息子)は今年2月18日のNHKの番組「沸騰都市シンガポール」で「外国人労働者は雇用のバッファーとなっているので仕方がない」と失言した。 世界的不況で,各国は雇用の面でも保護主義に走る。政治家はどうしても自国民のために雇用を確保する必要があるからだ。マレーシアは今年3月6万人のバングラディッシュ人に与えていた労働許可書を無効にした。役人は外国人に対して国外追放と脅かし始めている。バラク・オバマ大統領は政府の救済資金を受けた銀行が外国人従業員の雇用を禁止する事を条件にしている。英国のゴードン・ブラウン首相でさえ移民受け入れのハードルをさらに高くした,ポーランドなど東欧からの熟練技能労働者に高い教育を受けた者だけに労働ビザを発行するというものだ。これで,東欧からの移民の数は半減して今年14,000人になると予測されている。 海外労働者の母国への環流を一番喜んでいるのはインドであろう。インド人の頭脳がなかったら,米国のIT産業はこれまで発達しなかったであろうといわれている。世界一のIT企業であるヒューレット・パッカード(HP)社は世界一のコンピューター科学研究室を持っているが,600名の研究員を指揮するのがインド人のPrith Benerjee博士である。博士はこのところ米国を去るインド人科学者が多いと云う,その理由は米国では子供に良い教育を受けさせられないからだと云う。米国から母国に戻ったインド人は医学や情報技術を伝達するので,インド経済の高成長をけん引している。米国のIT関係の企業で働いていたインド人は母国で彼らの世界水準の技術,知識,経験が高く評価され,母国の大手企業から引く手あまただと云う。 米国の一流大学で研鑽を積んだ医者達がインドの都市部に近代化した私立病院を設立した。これら病院は1 ) X線CT(コンピューター断層撮影装置) ; 2) MRI (磁気共鳴が贈診断装置); 3)RI(核医学検査装置); 4) PET(陽電子放射断層撮影装置)と云った高額の最先端医療機器や設備が揃っている。脳外科や心臓手術で国際的に高い評価を得ている。しかも物価水準が安い為,これらの病院で手術にかかる費用は欧米の数分の一程度にすぎない。インドは旧英国植民地であったので英語が通じる環境であるので,豊胸手術や脂肪吸引手術も行なっているので,医療費の高額な欧米から訪れる外国人患者が多く,インドへの医療パッケージツアーを扱う旅行店も多い(メディカル・ツアーリズム)。今年春,在京の米女性の知人が股関節壊死症(両足)の手術をニューデリーのアポロ・ホスピタルで受けた。手術後,高原のリゾート地の豪華な施設に移され,リハビリを受ける。今は人口関節で元気で歩きまわっている。メディカル・ツーリズムの成長余地は大きく,2012年には23億ドルに達するといわれ,インド政府はメディカル・ツーリズムをIT (情報)産業と並ぶインド経済を牽引する成長セクターにしようとしている。 中国では今年の春節(中国正月1月26日)に故郷に戻った1千2百万人の工場失業者は故郷で仕事が見付からず,道路工事など公共投資の仕事を奪い合って地元社会と軋轢をと起している。地方の役所は戻ってきた工場失業者に農業に転職する様に小額の補助金を与えているという。昨年までシンガポールやドバイと同じぐらい建設ラッシュに沸いたのがマカオであった,カジノ人気にに支えられた二桁の経済成長率と外国人労働者の流入で人口は2003年から2008年9月までに4倍に膨れ上がった。金融危機後の不況はカジノと観光を直撃した。外国人労働者の脱出で,マカオの人口は昨年10月から今年の2月までで15,000人減ったという。 今回の取材で驚いたのは韓国人の転身の早さだ。昨年の北京オリンピック前の中国の脅威的経済発展は60万人もの韓国人を惹き付けた。北京で一獲千金のチャンスを求めて何万人もの韓国ビジネスマンが,又大学で中国語を勉強しようとする若者が押し寄せた。北京北東部の亜運村(Wanging)は中国のシリコンバレーと呼ばれているが,8万人の韓国人が定住地として知られている。今年になって中国経済成長の鈍化,韓国通貨ウオンの急落などで,北京に住み続けるのが難しくなった。昨年末から四分の一の韓国人が北京を離れたという。多くの韓国人大学生が学業途中で辞めていったので,韓国人大学生がたむろしていた焼き肉店やカラオケ店は開店休業の状態だと云う。 アメリカの深刻な不況にも拘わらず,新型インフルエンザ防止の為の国境警備強化にも拘わらず,国境のフェンスを乗り越え流入するメキシコからの不法移民の数は減らない。米政府は2000年以降米国は毎年100万人を越える合法的移民を受け入れ,50万人の不法移民が流入しているといわれる。合法的移民は殆どがアジア系移民である。不法移民は中南米出身者だ(その7割がメキシコからだ)。不法移民は2000 年に840万人から2008年の1200万人まで増えた。米国の景気が悪くなったといって,不法移民が母国に戻ったと云う話は聞かない。母国メキシコの景気後退はは新型インフルエンザで悪化に拍車が掛かり,今年は国境のフェンスを乗り越えて米国に流入する人の数が急増しそうな勢いである。 ペンシルバニア州ヘイゼルトンは米国で始めて移民排斥法を立法化した町である。この工業化した町にヒスパニック系の移民が押し寄せ,以前ヒスパニックの割合が人口の5%だったのが30%にまで増えた為に凶悪犯罪が増え。病院の未払いが増え,ヒスパニック系の子供にスペイン語での教育をするため,教育費は5000ドルから8,750,000ドルに跳ね上がった。住民の要求に応え,町当局は不法移民の身元を移民局のデーターベースで調べあげ,アパートを借りる時パスポートの提示を求め,不法移民に部屋を貸した家主を罰するという法律を2007年に制定した。米国の11の都市で同様な移民排斥法が立法化されているという。ヒスパニック系の不法移民が町を出た後のヘーゼルトンは深刻な労働力不足で,閉店する商店も多いという。米国経済は安い労働力である不法移民に下支えされている。特に人手不足は農家には深刻ば問題だ。収穫時にメキシコ人などの季節労働者に依存してきたからだ。収穫期に季節労働者が集まらなければ,野菜や果物を腐らせてしまう。農業従事者の切実な労働力不足という窮状に対して,コロラド州,カリフォルニア州,フロリダ州,ニューメキシコ州などは州自体が不法移民に一時労働者の資格を与えようという妥協案を考慮中であるという。オバマ大統領はヒスパニックの季節労働者の人手不足という農家の悲鳴と,不法労働者が米国人の仕事を奪ってしまうという移民排斥論の間に立って悩んでいる。 終 柴田 |
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