ジャーナリストのパソコンノートブック
(56)借金中毒の米国民は消費主導の景気回復を取り戻せるか?

    日本人は世界で一番借金を持ちたがらない国民であるといわれているが,その対局にいるのが米国の消費者である。米国民は母親のお腹の中にいる時から借金漬けであると云われる,産院の費用もクレディット・カードで払われるからである。公共料金の支払いから,スーパーでの食料品の買い物までカードで支払い,子供を高い授業料の私学に通わせたり,娘の歯の矯正も全てカード支払である,最後に葬式も“the never never” (ネバーネバー,英国の分割払いの古い表現)というケースもあるという。70年代半ばに百億ドルだったクレジット4カード債務は1兆ドル目前である。米国型の過剰消費を支えてきた「借金を繰り返して生活を豊かにするクレジット・カードローン依存社会」は過去19年間何回か不景気に見舞われた米国経済の回復を助けた。米国の個人消費はGDP14兆ドル (2007年)の3分の2を下支えするようになった。リボルビング・クレジット・カードは日本ではカード破産者のものだと思われているが,米国ではクレジット・カードの標準である。米国の消費者はリボルビング・クレジットカード債務を持つ事に罪悪感を持たない。自分達がカードで消費をしているから,経済が動いているのだ,自分達こそ社会の潤滑油だとうそぶいていた。昨年秋の大統領選遊説中オバマ大統領候補は「過去15年間に米国民のクレジット・カード債務は3倍に膨れ上がった。米国のカード債務は一世帯当たり10,000ドルにも上ると『カード債務危機』」を指摘した。しかし,金融危機前であったので,オバマ氏の指摘は無視された。米国の雑誌のなかにはオバマ氏が使ったクレジットカード債務統計残高は「借金に相当しない」と云う学者もでる始末だ。クレジットカード債務は便宜上一時的に借金として分類されただけだ。今日,クレジットカードは現金よりずっと使いやすい - スーパーのレジで貴方の後ろに多くの人が列を作って待っているのに,カバンやポケットを探って財布やコインを探したりするイライラを防ぐ事ができる。クレジットカード会社は航空会社のようなマイレ-ジなど様々な特典を付けてくれる。借金する必要の無い資産家層まで,便利だと云ってクレジットカードを使うようになった,請求書がくればきちんと返済している。彼らのクレジットカード使用分は,債務と見なすべきでないとオバマ氏を批判していた程だ。

   金融技術改革のお陰で,金持ちも貧乏人も楽にクレジットで買い物が出来るようになった。最初に前払い手数料を払って,面倒臭い面接審査を経てクレジットカードを発行して貰うなんて大昔の話である。昔のように年会費も徴収されない。リボルビング・カードであるので,月の返済額は一定で,最低26ドルからであると云う。平均的な米国人の所得は過去30年で12%しか伸びていないのに,巨額の借金ができるようになった。米国人は1人平均2―3枚のカードを持つと云う。カード一枚で4万ドル(4百万円弱)の枠内で買い物ができる,自動車から,オンラインショッピングまで何にでも使える。失業しても,5,000ドルのウェディング・ドレスが買える。だから,今日の失業者はこれまで程悲惨でないといわれる。クレジットの買物で何の説明も要求されず,クレジット・カードの最大限度まで使い切れるからである。Visaカードで不履行になっても,そのカードで買った冷蔵庫に赤紙を貼られ,引き取にきたり,スニーカーがオークションにかけられ処分される事はない。唯一,最大のペナルティーは,将来クレジットカードを持てなくなると云う事だ。

   カードを使って過剰消費生活を謳歌してきた米消費者の生活はサッカーのサドンデスのように突然の終りを迎えた。リボルビング・クレジット・カード(債務残高)は昨年7月年率4.8%の上昇を見せた後,11月には9735億ドル,3.4%の減少をみせた。金融危機の最中,クレジット会社等貸出し会社が個人に対する与信を厳しくした為だ。これはカード会社の2008年1―6月上半期のカードローン債務不履行額が210億ドルに達した為でもある。2008年秋の金融危機で失業者はさらに増え続け,昨年1年で260万人が職を失った。カード会社は今年2009年末までにクレジットカードの債務不履行額は550億ドルに達すると予想している,クレジットカード債務残高の7.9%に達するとみている。

   クレジットカードローン債権はサブプライム住宅ローン,自動車ローンなどと共に証券化され,債務担保証券(CDO)というあたらしい金融商品として投資家の手に渡った。金融工学を駆使して,ローンのリスクは分散され,隠されていたので,高い配当につられ,誰もがCDOを買いたがった。アナリストによるとクレジットカードローン債権の半分はパッケージ化され,新しい金融商品として投資家の手に渡ったと云う。しかし,サブプライム危機,クレジットカード債務不履行増大でCDOの価値は急落した。クレジットカードローンの破産が増えれば増える程,証券化商品を買った投資家の損失は増える一方であり,サブプライムローン証券化商品と事情は似ている。クレジットカードローンとサブプライム住宅ローンはまるでゾンビのように頭をもたげ,いくら政府が救済融資という輸血をしても,CitigroupやBank of America, AIGの様に国民の血税を吸い尽くし,回復の兆しが見えない。

   年末の商戦の結果を反映したGDPの個人消費は10―12月期で3.5%減,自動車や家電等の耐久消費財2割超の大幅減,住宅市場の低迷も一段と深刻さを増しており,12月の新築住宅販売件数は14.7%と5ケ月連続の大幅減である。金融機関による貸出しが減速,信用収縮が進行中で,金融会社は自動車ローンやクレジットカードローンなど身近な融資の審査まで極端に厳しくなり,米国の消費者はクレジットカード・ジャンキー(麻薬依存者)の様な消費癖を直さなければならない。身の丈(収入)に合った生活をするのは大変だ。このところ始めて米国人の口から「節約」という言葉を聞いた。

  これまで,あの手この手と,特に低所得者層にカード利用や融資を拡大してきた金融機関は昨年秋から手の裏を返したように,カード融資を引き上げはじめた。ある女性はクレジット・カード会社CapitalOne からカード金利を4.99%から13.99%に上げると通告を受けたと云う。「自分は返済遅延をした事が無く,信用度の高い顧客だと思うが,どうしてか?」と聞いたら,すべての顧客の与信を再審査中だという返事が返ってきた。あるカード利用者は金利をいきなり22.9%まで引き上げられた。今までのカード支払い残高を全て返済するなら4.99%の金利を付けてやっても良いが,その場合はカード口座は解約だと露骨な顧客選り分けの差別をを受けたと云う。CapitalOneばかりでなく,American Expresss,Bank of America,Citigroupもクレディットカードローンの大幅な抑制を行なっている。個別にリスク管理を厳格化させ,低所得,失業者にはクレディット・カード契約の打きりをしている。既存のカード利用者でもサブプライムローン危機で家の差し押えが集中している地域の住人や不況業種の会社で働いているカード利用者ヘの貸し付け額の大幅な抑制を図っていると云う。世界で一番貯蓄を嫌う米国民の貯蓄率は限り無くゼロに近い,失業したりするとたちまち生活に行き詰まってしまう。401K確定拠出年金資産は金融危機のあおりで2割以上目減りした。その年金も引き出して使っているのが実情だ。米国人は資金を住宅に注ぎ込んで老後の貯えにすると云うのが特色だが,昨年来の住宅バブル崩壊でその夢も消えた。昨年の秋からたった半年で,米国人の老後の貯えは数兆ドルの規模で消し飛んだと云う。

    米国の個人消費は14兆ドルのGDP(国民総生産)の3分の2を支えている。過去の不況でも個人消費の成長エンジンに着火したのがクレジットカードである。クレジットカードを抑制し過ぎると個人消費と云う米国の経済の大黒柱が揺らぐ。これは「逆資産効果のワナ」に陥るリスクを伴うと学者は指摘する。消費者が金を使わなくなると,米国の景気のさらなる悪化を招く,その結果失業者の増大,住宅の差し押えが増加し,それが銀行の資産劣化を招き,経営を悪化させると,限り無く下降縮小に向う。実際米国では過去に例を見ない程のデレバレッジ(逆資産効果)が起きている。

終 柴田


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