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(55)陳腐な手法の証券詐欺 |
「Ponzi Scheme (ポンジー手法)という陳腐な手法」 しかもその詐欺の手法がPonzi scheme(ポンジー手法)といって最も単純で,古典的な詐欺の手口で,世界の大手金融機関や機関投資家,証券取引委員会までもが10年間も騙されてきたのか驚かされる。”Ponzi Schemes”という言葉の解説は米国SEC(証券取引所)のサイトに掲載されている。1921年にCharles Ponziという人物が引き起こした実際の詐欺事件に由来する言葉である。銀行預金の金利5%に対し90日で40%と云う利回りを示して,当時の貨幣で百万ドルを集め,その内実際に投資されたのは30ドルに過ぎなかったと云う。 叉は “rob-Peter-to-pay Paul” principle, 「ピーター(Peter)から盗んで,ポール(Paul)に支払う(Pay)法則(Pinciple)」とも呼ばれる。 日本の新聞ではねずみ講と呼ばれているが,ねずみ講は”pyramid scheme”の方が近い。しかも,この詐欺事件はマドフの身内からの捜査依頼で発覚した。マドフの顧客が金融危機で損失を出したので70億ドルのヘッジ・ファンドの解約を請求してきた,手続きをしようとしていたマドフの二人の息子,マークとアンドリュ-に対して,父親バ-ナード・マドフは会社には一銭のカネも残っていないと告げた。この二人の息子が米連邦捜査局に調査の依頼を申し出た。この顧客からの解約請求がなかったら,マドフは世界の金融機関や裕福な個人を騙し続けていたであろう,笑ってしまうほどお粗末な事件だ。この投資ファンドは年に10.5%という高利回りをあげて,投資家を引き付けた。実際は殆どまともな資産運用をしておらず,資産をそのまま配当に回し,資産が順調に増えたように見せ掛けるために,残高証明書などを定期的に顧客に送りつけ信用させていた。日本でもオーシャン・ファームと云う会社がフィリピンでエビの養殖事業で高配当を約束し,実態は投資をしておらず,当初は見せ金として出資金を配当に回すなどして投資家を信用させていた詐欺事件があったがそれと同じ手口だ。 「華麗なる顧客ネットワーク」 マドフ・ファンドが異なる点は華麗なる顧客ネットワークである。 マドフの投資会社は弟のピーター,マドフの二人の息子のマークとアンドリュ-,ピーターの娘のシェーナ(法務担当)と身内で固められた,小さなファミリー・ビジネスであると云っているが,このファミリーの堅い結束が,米国の富裕個人の信頼を勝ち取った。マドフ・ファミリーによる慈善活動や高級ゴルフクラブでの富裕個人や著名人との交遊関係で口コミで多額の投資資金を募る事が出来た。特に有力な投資会社フェア-フィールド・グリニッジ・グループを率いるウオルター・ノエル氏との知己を得た事でマドフ・ファンドの展望は大きく開けた。ノエル氏は20年間マドフ・ファンドの最大の投資家となり,彼はニューヨークの友人や投資家にマドフ・ファンドヘの投資を勧誘した。フェアーフィールド・グリニッジの140億ドルの全運用資産の半分以上75億ドルがマドフ・ファンドに投資されている。2007年にはフェアーフィールド・グリニッジの2億5千万ドルの収益の内1億6千万ドルがマドフ・ファンドから上がる収益であるとされている。フェアーフィールドの看板ファンド“センチュリー・ファンド”はマドフが広く海外で運用ビジネス・ネットワークを拡大することに貢献した。マドフが欧州でヘッジ・ファンドへの投資依頼資金を募る事が出来たのは,ノエル氏の5人の娘の結婚相手がイタリア,スペイン,フランスでフェアーフィールド・グリニッジへの投資勧誘を手伝ったためだ。特にノエル氏の娘コリーナの夫のアンドレス・ピエドラヒタ(スペイン人)は欧州の富裕個人ばかりでなく,バニフやサンタンデール(スペイン)などのプライベート.バンクに食い込み,マドフ・ヘッジ・ファンドへの投資を勧誘した。欧米のメディアによれば欧州の金融機関ではBNPパリバ(仏),サンタンデール(スペイン),ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(英国),ナティクシス(仏),ウニクレディト(伊),BBVA(スペイン),フォルティス(オランダ),マン・グループ(英国)の名前が被害者として上がっている。日本の野村ホールディングス,あおぞら銀行,住友生命保険,三井住友海上火災保険の名前も上がっている。フェアーフィールド.グリニッジのノエル氏は今回最大の73億ドルの被害に関し被害者保護についての説明を求められている。今回の詐欺事件で個人の被害額で大きかったのはカール・シャピロ氏95才で,慈善団体を運営している事でよく知られている。シャピロ氏はマドフと50年間も交友関係があり,初期の顧客である,被害額は5億4千5百万ドルにものぼる。その他多くのユダヤ系の慈善団体が被害を受けたと云われる。 「SEC(証券取引委員会)のお粗末な監視」」 こんなに長い間投資家を欺き続けられたのはファンドがグループ内の証券会社に運用をまかせていた。またマドフの兄,息子二人,姪など身内の堅い絆で固められていたことだ。身内で固めると云う事は”due diligence”(投資する場合,投資対象の適正やリスクを把握するため行なう調査活動)が機能しなかったと云う事である。またマドフがナスダックを運営するナスダック・ストック・マーケットの元会長であったと云う絶大なる信用のお陰で,投資家は多額の資金運用を委託した。2000年にマドフとライバル関係にある投資会社のG・マ-コポロス氏がSEC(証券取引委員会)に対し「マドフの証券投資ビジネスは世界で最大の “Ponzi scheme”である,調査をするように」と手紙を書いた,彼はその後数年調査をするよう訴えつづけた。2005年にSECニュ-ヨークがマドフ証券投資会社の投資手法が違法かどうかの調査を行なったが,2007年に何も違法な行為は見つけられなかったと報告している。ヘッジ・ファンドは管轄外であったためだと云う。多くの人々は,市場環境が悪くても,コンスタントに二桁の利回りを維持出来たのは,マドフが何か有利なインサイダー情報にアクセスできるからだと思っていたという。他の金融会社の間では,株式相場は乱高下するのに,余りにも長い間,平均10.5%という高利回りを続けるのは不自然だと囁かれていた。実際には資金を運用しておらず,新規資金投資を募って,既存の投資家の配当に回す手法のため,資金繰りが苦しくなり,10月の金融危機で損を出した投資家の解約請求に応じられなくなった事で詐欺が露呈した。 ウオール街が震源地となった10月の金融危機で,格付けや金融派生商品に対する,様々な死角や監視体制のもろさが露見し,米国は世界中の非難を浴びたが,今回のマドフ巨額詐欺事件で市場の番人,SEC(米証券取引委員会)の能力に新たな疑問が投げかけられている。 「私は見た!ヘッジファンド詐欺」 ついでに私が東京で目撃したヘッジ・ファンドの年金基金詐欺の手口を書いておこう。5年ぐらい前の午後,外国特派員クラブでヘッジ・ファンドの説明会があるので出席してくれと連絡があった。ヘッジファンドの運用会社の出席者は米国人男性3人で,皆凄く人相が悪い,クリント・イーストウッドの荒野のガンマンのいう西部劇映画にでる悪人の様な顔をしている。彼らの素晴しい運用実績を誇るヘッジファンドの目論見書が配られた。私と,スイス人,米国人の金融記者は目論見書をぱらぱらとめくり,このファンドの国籍,どこのクリアリング・ハウス(Euroclear とかCedelなどの決済銀行)を使っているかを最初に見る習慣が付いている,しかし,どこにも住所やクリアリングハウスの記載が無い。スイスの特派員はこれはインチキだと即部屋を出て行った。運用会社の社長がいかに素晴しいファンドかをとくとくと語り,質問を受け付けると云う。あらかじめ頼んであった銀行に勤めている米国女性が打ち合わせてあったような質問をした。この社長は「ジェーン,これは非常に頭のよい質問だ」とわざとらしく誉める。質問が都合の悪い事に及ぶとこの社長は腕時計を見ながら,今日はスケジュールがたて込んでいて,次の約束に行かねばならないと解答もせず部屋を出て行った。しかし,この会社のスタッフがその前にナイーブな質問をしたフィナンシャル・タイムスの新米特派員を部屋の外に連れ出していた。殻を剥いたばかりのゆで卵のようにつるつるピカピカな顔の新米特派員は3人の米国人に囲まれて,すでに帰ったと思われた社長が待っている別屋に連れ込まれ,洗脳されているようであった。私達金融記者3人はもし英国の金融専門紙フィナンシャル・タイムスがこのインチキなヘッジファンドが素晴しいと紹介されたら,彼らは権威付けの為にその記事を地方の年金運用者(企業年金,自営業者の団体の年金,農業関係者)に見せてまわり信用させ,運用難に悩む年金にヘッジファンド運用を募り,簡単に騙すであろう。商社の財務を担当している友人は,地方の農協の組合などはいとも簡単に騙されてヘッジファンドへの運用を依頼するあろうと語っていた。事実,全国酒業共同組合の年金が海外の運用会社の詐欺にあったと云う新聞記事を見たばかりであった。当時企業年金の会議に出席して,アジアで出回っている300ものヘッジ・ファンドの内60位のファンドはインチキであると聞いたばかりであった。その日の夕方,スイスの特派員はフィナンシャルタイムスのロンドン本社の金融編集担当者に電話を掛け,東京の特派員は騙されている,日本の企業年金や,農協などの団体に被害を及ぼしそうなので,ヘッジファンドの記事の掲載については気を付けてくれと伝えた。 終 |
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