ジャーナリストのパソコンノートブック |
(54)外国と日本の文化の狭間で |
『ウオッシュレットは暖房機?』 先日日本で始めて冬を迎える英国の青年の話を聞く機会があった。今年の冬は寒いけれど,暖房はどんなものを使っているのと聞いた。彼のアパートのトイレは温水温座式なので,一日中トイレの温座で暖をとっていると云う。それが唯一の暖房だという。温座に座ってパソコンを打ち,コ-ヒーを飲み,扉を開けて,TVを見ると云う。この種のトイレは人が座ろうと座るまいと,常に同じ温度を保っている,その上に座って暖を取るのは意外にもEcoかもしれないと思った。この青年は昨夏はゴミ置き場に捨ててあった,頭と胴体が外れてしまった扇風機を使っていた,立派に扇風機の役目を果たしているという。 『日本でのマナー』 現在は日本中どこに行っても,宿泊施設には洋風のトイレが備わっているが30年前は京都の旅館は和風のトイレだけであった。京都観光に行く英国からの訪問者に私の事務所の若い米国人同僚は事前に「このように屈んで」と実技で使い方を教えた。「もし屈伸の姿勢から立ち上がれなかったら,目の前に水道管のパイプがあるから,それに掴まって」などとコツを教えていた。さらのこの米国人同僚は,和風の共同風呂,叉は温泉の使い方を教えていた。日本人は小さなタオルで前を隠して浴室に入るとハンカチで使って教えていた。浴槽に入る前に桶でお湯を身体にかけ,汚れを落してから浴槽にはいると教えていた。このお風呂のマナーはかなり徹底していた。しかし,英国の投資銀行の支店長は日本人はこのマナーを守らないと憤慨していた。日本の社長さん達とゴルフをしてから,一緒にお風呂に入った。自分達は掛け湯をして,簡単に身体を洗ってから浴槽に入ったのに,日本企業の社長さん達はドヤドヤといきなり浴槽に入ってきた。僕はソニーの森田さんの垢を付けられたと英国の公爵家出身の投資銀行家は文句を云っていた。英国の投資銀行の若い社員達が山一証券マンをもてなすスキー旅行に参加したしたことがあった。和食の朝食のマナーに戸惑った若い英国人達は少し年配の山一証券マンの食べ方を真似する事にした。山一君は左手に御飯を盛った茶わん,右手に握り箸をしながら,味噌汁椀を持ち,ズズーと音をたて味噌汁を啜った。するとそれを見習って,5人の若い英国人は全員握り箸に味噌汁椀と持ち直して,音を立てて味噌汁を啜った。それは悪いマナーだと教えたかったが,取引相手の年上の山一君のメンツを潰す事になるので,私は笑いをかみ殺して黙っているしかなかった。英国の投資銀行家は今ごろになって,貴方のそのマナーは誰に教わったのと云われている事だろう。ロンドンで宿泊させてもらった家族,建築家のお主人,シェークスピア劇壇の女優(後に監督),この家に下宿しているBBCフランス放送のアナウンサーをすき焼きの夕食に招待した。ついでに日本関係の書物の出版社を経営している友人を招いたが,彼は自分の部下の青年二人連れてきた。掘りこたつ式のテーブルでのすき焼きであった。食事から戻った時,二人の女性が憤まんやるかたない様子であった。コタツ式のテーブルの下で,出版者の若い青年二人が女性達の手,膝やももを触ってきたと云う。翌日,出版者の友人に苦情を云ったところ,彼らは日本人の友達からコタツの中で手を握る習慣があると教わったからだと云う。誰がこんな悪い事を教えたのであろうか? 『お風呂の栓は抜かないで』 昨今,温泉地は中国からの宿泊客が多い。彼らも温泉とか共同風呂の経験がない為,浴室のタイルの床には,彼らが脱ぎ捨てた浴衣やバスタオルが散らかっている。旅行会社は実技は無理としてパンフレットなどでお風呂の入り方などの正しいマナーを教えるべきだ。共同浴場の入り方という英文の案内書で,「これが」必要があるのかしらと思われる項目があった。それは共同浴場や銭湯などの底の栓を抜かないで下さいと云うものだ。シュノーケルを付けて素潜りをしない限り,栓を抜くのはむずかしい。しかし,実際栓を抜いて,湯槽を空にした外国人が何人もいたと云う。これが実際私の身に起り,家が燃えそうになったことがあり,この教えを徹底したいと思った。 在京の英国人の仲間と皆で西伊豆のミカン畑の中の別荘を共同で借りようとして6人で出掛けた。マ-フィーの法則で最初に悪い事が起きると,ずっと悪い事が続く。先ず東名に入る前に車のフロントグラスに鳥の糞がぶつかってきた。運転していた人がワイパーを使ったので,フロント硝子全体に白い糞が広まって,先が見えなくなった。別荘といっても,日本風の家で,持ち主がお風呂を用意しました,ガスを付けておきますので,順繰りに入って下さいと言って帰って行った。そこで,香港から東京に遊びに来ていた英国人から風呂に入って貰うことにした。これが大間違い。用意した材料で食事をつくり早い夕食を食べている時,ひどくきな臭いが漂ってきた。窓を開けてみると,信じられない!この家が燃えているではないか。風呂場の外の壁が燃えている。あわててバケツリレーで水をかけ消火した。香港からきた英国人は日本風の風呂の入り方が分らず,自分が入った後,栓を抜いて湯を流してしまった,ガスは付けたままである(空炊き)である。プラスティック樹脂の浴槽は焼けこげ,壁が燃え始めていた。皮肉な事にその日は村の消防訓練で丘の向こう側から消防団の勇ましい掛け声の放送が聞こえてくる。消防団に見付かる前に何とか消火出来た。英国人達は皆で150万円ぐらい弁償したという。悪い事はまだ続いた。台所の洗い桶の廃水口から,30センチぐらいの肥ったミミズが遡ってきた。翌朝5時,ごろ寝していた英国人の男性のギャ-という凄い悲鳴で目を覚ました。なんと彼の腕に20センチぐらいの百足が這っている。噛まれたらしく,腕と手が毒で膨らんでいる。慌てて村の診療所に駆け付けた。下手をすれば毒で心臓をやられると英国人は脅かされた。夜トイレに入りたくても,英国人がgecko と呼ぶ (ヤモリ)が壁に張り付いている,時々ポトッと落ちてくる。南国の伊豆はミミズも,ヤモリも,百足も皆良く成長していてデカイ。田舎の生活は厳しい。私は葉山の海の家でも,外国人だけの時は,風呂を使わせないと言う鉄則を守っている。日本の旅館も,外国人に別荘を貸している人も,お風呂の栓については口を酸っぱくして,教えた方がよい。 『ノンタリフ・バリア 』 米国もオバマ大統領を迎えるぐらいだから,米国人は他民族,他文化に対し随分寛容になった。1980年―1990年代はそうでなかった。ある時米国大使館勤務の農務省の若い役人が私の海の家に遊びに来た。前日まで行なわれていた米国の農業品展に出した大きな七面鳥を裸のまま下げてきた。鳥のお腹の詰め物に米を使ったが,日本米はべと付いて餅の様な塊になり,鳥から出たおいしい肉汁を吸ってくれない。これがタイ産の米なら,肉汁を吸っても,パラパラで,人々は詰めたお米から先に食べるぐらいだ。七面鳥の詰め物に失敗した農務省の役人は,「世界中で,ねばねばした米を使っているのは日本だけだ。ジャポニカ米を食するのは日本のノンタリフ・バリア(非関税障壁)だ。今度の日米農産物貿易交渉でノンタリフ・バリアになっている日本米使用の撤廃を提案する」と息まいていた。その後1990年半ば冷夏で,米が足りなくなり,日本はタイなどからタイ米を緊急輸入したが,評判は悪く,外国米は定着しなかった。何千年と続いた他国の食習慣を変えろと言う米国は傲慢である。 私は1980年の半ばフィナンシャル・タイムスのロンドン編集部に勤務していた時,日本大使館の駐英外交官が相談があると尋ねてきた,今度日本に赴任する女性特派員(米国人)が何でもノンタリフ・バリアだと日本を批判する,どうしたものかと言う相談であった。彼女は数週間,日本に取材旅行に出掛けた,日本語が分らずパニックを起し,「自分は香港に何年も住んだ事があるが,香港人は英語を理解した。しかし日本人は英語で聞くと皆逃げてしまう。日本人が日本語だけを話すのはノンタリフ・バリアだ,撤廃すべき」という記事を書いたという。日本で特派員としてこんな論調で記事を書かれたら貿易問題がひどくなると心配していた。彼女がノンタリフ・バリアと憤慨していたのは,自宅での始めてのパーティで,四角い大皿2枚にキムチが平らに敷き詰めてある。どうしてこんなに沢山買ったの?キムチが好きなの?と聞くと,イタリア料理のラビオリ「ラザニア」(餃子の皮のようなパスタの間に挽肉やチーズを敷き詰め,何層にも重ね,上にトマトソースをかけ,オーブンで焼く)と間違えたと言う。店員にラビオリか?と聞いたが,日本語しか通じなかった。 『アラブでは妻を先に歩かせる』 米国人は自分達の文化,生活習慣,信条が世界のスタンダードと信じ,同じ価値観を他国に押し付けてくる。米国の価値観念で,アラブ人の生活を判断して恥をさらしたのがABCのニュースキャスターのバ-バラ・ウオルターズである。彼女は湾岸戦争後のクエートを取材して,「皆さん見て下さい! 私は10年前ここに取材に来た時,女性は男性より数メートル後ろを歩いていました。この10年間の女性の地位の向上は驚きです,いまや彼女達は男性より数メートル先を歩いています」と興奮して紹介していた。そこでウオルター女史は夫と思われる男性に「素晴しい進歩です!どうして,奥さんを先に歩かせるようになったのですか?」と質問した。するとその夫は「砂漠には地雷が沢山埋まっているので…..」と答えた。ウオルタ-女史は言葉に詰まってしまった。彼女は米国でアラブ系移民が小さな娘に割礼儀式を行なう事に反対運動をしていた。アラブ諸国では少年の割礼は一般的だが,小さな女の子への割礼とはひどい。女性は子供を産む機械なので(どこかで聞いた言葉だ),性の喜びを味わってはいけないから小陰唇を取り除く儀式をするというのである。TV番組ではNYのエジプト人家族が泣叫ぶ5才の娘に儀式をしようとしていた。最近になって砂漠で女性を先に歩かせる話は新しい事ではない事が分った。マウントバッテン卿(ヴィクトリア女王の曾孫,チャ-ルス皇子の叔父,1979年アイルランドでテロリストにより殺された「暗殺」)の第二時世界大戦中の手紙に,地雷の埋まっている砂漠ででアラブ人が奥さんを先頭に,続いてラクダ,そして最後に夫が歩いていた。どうして奥さんをラクダより先に歩かせるのかと聞くと。夫は「ラクダ一頭で妻が4人持てるから」と答えたと記している。 『外国からどう思われているか気にし過ぎ』 日本人は外国からどう思われているか気にし過ぎである。最近は余り見かけないが,パネルディスカッションでも片言の日本語ができる外国特派員を招き,青い目の御意見を聞くのが流行った。私達はそういう特派員に青い目ビジネスで儲けている?とからかった。ある時日本の週刊誌の記者が英国特派員を訪ねてきて,英国人は反日的だという記事の取材だという。「もし僕がロンドンの繁華街で中指を1本立てて歩いたら,英国人は僕を殴りますか?」と馬鹿な質問をした。英国人のボスは「ロンドンでなくても,六本木でもそんな侮辱的な事をしたら,貴方をぼこぼこに殴る外国人はいるでしょう,別に反日的でも何でもない」と答えていた。日本人が外国人にどう思われているか気にし過ぎる気風を述べた「象」の例え話がある。象を見て,中国人は象をどう料理すべきかを考える。米国人は象をどう戦争に使えるかを考える。日本人は自分達が象にどう思われているかと気にする。 『日本の雪は違うんです』 外国人にどう思われているか気にし過ぎる日本人だが,日本の官僚は彼らの発言が海外でどう解釈されかに無神経すぎるし,子供っぽいので世界の嘲笑を買ったりする。日本と当時のECとの貿易摩擦で,日本はヨーロッパのスキー用具の輸入規制をしていた。通産省が挙げた理由は「日本の雪はヨーロッパの雪と違う」である。これはマズイ発言だ。スキーをしない人々の感覚では,雪は雪,ヨーロッパでも日本でも水分の結晶で同質のものと考える。欧州人には日本の地形が分らない。冬シベリアからの寒気が日本海を渡り,水分を含んだ雪を日本海側に落す。だから上越地方での雪は水分が多く重い。以前東京横浜地区の英語の先生など50名位で「シンイ・スキークラブ」というグループを作り,隔週民宿に泊まり,スキーをしていた。シーズン初めに上越などのスキー場を選ぶと,始めてスキーをする英国人の女性など数人が骨折した。上越の雪は重いのである。こういう発言をするなら,日本各地のスキー場の雪質のデーターを集めて,ヨーロッパの雪質と比較するとかしなければ納得されない。「日本の雪はちがう」は子供の言い訳のように取られてしまう。一層の事,ヨーロッパの新聞記者を上越のスキー用に招き,足を折って貰う以外に理解して貰えないであろう。しばらく,「日本の雪はちがう」は特派員のジョークとなった。 『数字のごまかしは海外では通じない』 さらに以前の話であるが,日英の貿易摩擦で,英国は日本車の英国内での市場シェアーを10%以下にすると言う規制を設けた。すると数字に強いお利口な通産官僚が,英国のウイスキーは日本市場で40%のシェアを持っている,しかるに日本車の英国内のシェアーは10%に抑えられるなんてフェアーではないと発言した。このような数字の単純比較は日本人は騙せても,英国人は騙せない。英国のどんな田舎に行っても,「僕らは日本のサントリーウイスキーを我慢して飲むから,日本のウイスキーの英国内でのシェアーを40%にしても構わない,だから英国車の日本でのシェアーを10%にして欲しい」と絡まれた。私は日本でブリティッシュ・レイランドのミニの中古が人気が出て,当時100万円とか150万円とかで売れているという記事を書いた。ブリティッシュ・レイランドは1975年から1978年までたった3年しか会社として存在していない(78年に倒産,国営化)。すると英国中から自分の乗っている古いミニを日本で売りたいがどうしたら良いかとフィナンシャル・タイムスの電話が鳴り続けたと言う。しかしこの記事は英国大使館を怒らせてしまった。なんと英国からの新車の輸出より,中古のミニの輸出額が多かったという恥ずかしい事情があった。英国通商部は青山の一等地に英国貿易センターのショールームを持ち,ジャガーなどの英国車を展示していた。当時英国は日本への英国製品の輸出に苦慮していた。私の英国人のボスは英国貿易センターでの輸出 ミッションの展示品を見て,これでは日本で売れないと頭を振った。売ろうとする女性の夏服は厚い裏地が付いている,高温で湿気の多い(多湿の)日本の夏には不向きだ,持ち込まれたブラジャーは日本女性には大きすぎる,3Mのコンドームも大きすぎると言っていた。日本のように何でも自前で良い製品が作れる国に輸出しようとするのは,まるでエスキモーに氷を売ったり,アラブ人に砂を売るより難しい事らしい。 (終) 柴田 |
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