ジャーナリストのパソコンノートブック |
(52)デタラメ格付けが金融危機の元凶 |
サブプライムローン問題に端を発する世界金融危機に関して「金融工学を悪用して,リスクを世界中にばらまいた」などと云う批判は的外れである。むしろ,ムーディーズや S&P(スタンダード・アンド・プアーズ)など米国の格付け機関の実態にあわない高い格付けを付した為だという指摘が当っている。実態に見合わな高い格付けをしたのは「カネの為に悪魔に魂を売った」と米国下院監視委員会で明らかにされたムーディーズ社員のメールが全てを物語る。格付け機関はさらなる過ちを犯した。サブプライムローンの崩壊による損失がどれぐらいになるかこれまで把握してきた様に振るまい,これまで高い格付けを付けた金融商品を急激に又大胆に格下げした。ムーディーズは5000以上の住宅ローン担保証券の格付けを下げ,S&Pは三分の二の投資適格債を格下げしたと米国下院監視委員会は述べている。サブプライムローンを含む仕組み債に最高度の信頼度を示すAAA(トリプルA)と格付けされたものがいきなり価値のない「ジャンクボンド」(紙屑)に格下げされたのである。世界中の金融機関にばらまかれた不適切に高く格付けされたな住宅ローン担保証券(MBS)は突然の大量の格下げによって多くの米国の金融機関を大混乱に陥れた。格下げに伴いCDO(債務担保証券)やSIV(投資信託)の価値は大幅に下落,大手金融機関は数千兆円単位の損失計上を余儀無くされた。それは欧州の金融機関迄飛び火し,サブプライムショックで全世界の株式市場が百年に一度というような暴落をみせている。米国大手証券リーマン・ブラザースの経営破綻,メリル・リンチはバンク・オブ・アメリカに救済合併,政府の管轄下に入った政府の金融支援策で辛うじて破綻を免れた保険大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)や銀行最大手のシティグループも格下げがきっかけになったと云われている。 格付け機関というと公共性があり,公平,中立的な評価をする機関だと錯覚されているが,格付け会社は純粋な民間企業である。複数のアナリストの意見をもとに信用格付けを行なうので,多少の主観的な評価となる事は避けられないと思われていたが,「何ごとも格付け会社の利益優先であった」とS&Pの元格付け責任者フランク・ライターは語っている。格付け会社は住宅ローン担保証券などを組み入れたCDOの発行元の証券会社から多額の格付け手数料を貰っていた為,証券会社からリスクを低く評価するよう圧力を受け,適正な評価ができなかったと事実を述べている。格付け会社は商品のパーフォーマンス(運用成績の上がる,下がる)には無関係で,ただ,証券の発行量が増えるような格付けをすれば,手数料が入ってくるので,無責任な格付の大判振るまいをした。 サブプライムローンは低所得者向け住宅ローンで,ジャンク債券で(格付けはダブルB以下,投資不適切)である。他の自動車ローン債券やカードローン債券と組み合わせて,新型の金融パック商品を作り出し,ムーディーズやS&Pは信用の高い自動車ローン債券やカードローン債券のみを評価して,トリプルAクラスに評価して,世界中に売りさばいていた。今回,破産したリーマン・ブラザースのファルド社長は,「次々と金融派生商品を売っている我々でさえ,証券化商品の仕組みを,又リスクを知っている人は殆どいなかった」と下院監視員会で語っている。 下院監視委員会のワックスマン会長は「信用格付けは途方もない失敗のストーリだ」と語った。信用度が簡単に計れない住宅ローンなどの仕組み債などが世界中に流通出来たのは適正な格付けが付されていると思われていたからだ。「何百万もの投資家が格付け会社の独立した客観的評価を頼りにして来た。格付け会社はこの信頼の絆を破った」。ニューヨークで20万人の金融関係者が職を失うと云われている以上,格付け機関のトップ,証券化格付けの責任者は詰め腹を切らねば人々は納得しないであろう。それ以上に格付け会社は自ら信用を喪失し,存在価値を失った。金融商品の信用を作って(来た)格付け会社が信用出来ないとなると何を信用すればよいか? 投資家達は畏縮し,信用収縮が起きる恐れがある。先進国の銀行業務を協議する バーゼル委員会(BIS)は昨年から「格付け」を世界共通のルールとする事を決めたばかりである,格付けは国際決済銀行の新しい自己資本規制にも入っているため,BISの規制の信用性そのものを損ねる事になり兼ねない。バーゼル委員会などの国際レベルで「格付けの限界」を議論すべきである。 ワックスマン会長は「連邦の規制担当者は警戒の予兆を無視して公衆を守るため何の措置も取らなかった」と述べた。2006年の格付け機関改正法で,SECが生み出した認証制度の名の下にム?ディスとS&Pは独占状態を築き,やりたい放題をしてきた。ムーディーズとS&Pには前科がある。2001-2002年にかけて相次いで破綻したエンロンとワールドコムの社債格付けでは破綻直前まで「投資適格」と評価していた。エンロンに至ってはムーディーズは破産申請4日前でも「投資適格」という格付けを与えていた。今回の金融危機は米国の証券会社,銀行,格付け会社と規制当局者(SEC)が結託して作り出したウォール街の金融システムに障害が起き,米国の金融資本主義と云うビジネスモデルが破綻した事を意味する。 10月22日のニューヨーク・タイムスは格付け会社が金融商品の設計の段階から関わっていたと云う利益相反の疑いがあると云っている。私はアイスランドに与えたソブリン(国債)格付けがその良い例だと思う。アイスランドは世界最北端の島国で人口は北海道と同じ30万人,これと云った目立った産業も無い国であるが,2000年になって米国型のビジネスモデルを採用して金融立国となった。高い金利, 13.5%(2008年4月から15.5%))を設定して,世界中の資金を吸い寄せ,外貨建てで運用・融資して稼いだ外貨を再び米国への投資に環流させ,米国の金融バブルを支えた。金融業は拡大し,規制緩和により銀行は海外から資金調達を繰り返した。おかげで,銀行は肥大化し,純資産は3?4倍に膨らんだ。アイスランドの大手3銀行の資産はGDPの10倍に膨らんだ。これを可能にさせたのが米国格付け会の「Aa1」と最高位の格付けである,これは欧米の先進国と同等の格付けであった。 アイスランドの最高位の格付けは世界の七不思議の一つだ。アイスランドはGDPの20%に相当する貿易赤字を抱え,短期の外貨建ての債務はGDPに対して200%,長期の外貨建て負債総額はGDPの350%,しかも短期債務残高は中央銀行の外貨準備高の15倍であった。1997-98年のアジア通貨危機の前,短期債務残高/外貨準備金の比率で危険水域にあったインドネシアで168%,韓国で198%,シンガポールで217%, タイで145%であったから,アイスランドの15倍は問題外の危険水域である。その国のリスクに目をつむって,2002年から今年4月迄アイスランドに最高位のソブリン格付けを与え, 2008 年4月になってやっと日本と同じA1に格下げした。アイスランドと格付け会社の間に何か不適切な事があったとしか思われない。海外で頻繁に資金調達するアイスランドの銀行は格付け会社にとっておいしいお客である。資金調達する度に莫大な格付け報酬が稼げるからである。しかし米国でサブプライムローンのバブルが弾けるとアイスランドは米国の金融機関と同じ運命を辿る事になった。同国から資金の流出が始まり,通貨クローネは暴落した。アイスランドの財政では銀行の資金不足を補いきれず,国有化して,銀行の資産を凍結した。この秋の金融危機でアイスランドが国有化した大銀行の一つ,カウプシング銀行が発行した円建て債権(サムライ債)780億円が債務不履行になり,国家破綻の瀬戸際に立たされている。現在IMFから最大21億ドルの資金支援を要請している。 ソブリン(国債)の格付けにおいても米国の格付け機関がいかに客観性を欠いているかを物語るのが,ムーディーズの日本に対する格下げである。アイスランドが最高位のAa1の格付けを与えられた2002年に,日本の国債は二段階格下げされ,イタリアよりもさらに低いA1にされた,アフリカ南部ボツワナと同等にされたのである(自虐的な日本のTV局などはアフリカの沙漠でわら葺きの小屋を背景に牛や山羊を追っているボツワナ住民の生活を放映していた)。この格下げはムーディーズと米金融機関の策略でがあったと云われている。突然二段階もの格下げをするには金融危機とか,政情不安とかは正当な理由がなければならない。ムーディーズは小泉政権の誕生と日本政府の赤字国債の発行増で財政赤字を理由に格下げしてきた。急激な格下げをして,日本に対する信用不安を引き起こし,投機筋による日本企業の売り叩きを誘導しようと云うのは明白だ。1997?1998年のアジア通貨危機の二の舞いを引き起こそうとしていた。信用不安から日本円と日本資産からドルや米国国債にキャピタルフライトを起そうと云うのが筋書きであった。アジア通貨危機ではアジアの国々で外貨準備高に対し巨額の短期債務残高があったタイ,フィリピン,韓国,マレーシア,インドネシア,香港などの国々は,通貨が過大評価されているとヘッジファンドに空売りを仕掛けられた。買い支える事が出来ないアジア各国の通貨は変動相場制を導入せざるを得ない状況に追い込まれ,通貨価値は急激に下落した。1997年7月ににムーディーズは韓国の格付けをA3 からA1と二段階落し,4ヵ月後さらにBaa2にまで格付けを落して,韓国証券市場を打のめした。韓国経済はデフォルト寸前まで追い込まれ,IMFの介入を仰いだ。タイやインドネシアの通貨の急な下落を促したのが,ムーディーズやS&Pによる酷い格下げである。格下げ後タイバーツやルピアは大暴落した。アジアに投資されていたユ?ロドルは信用を無くしたアジア通貨から「質への逃避」を起し,ことごとくアメリカに回帰して,米国債に投資された。 2002年ボツワナ以下に格下げされた日本の財務省は次のように反論している:ソブリン(政府が発行する)債権は,財政状況だけで評価すべき物でなく,経済全体,経済的ファンダメンタルズで総合的に判断すべきである。マクロ的には日本は膨大な貯金を有し,世界一の経常黒字を記録している。日本は世界に1兆ドルの対外資産を有し,4千万ドルの外貨準備がある。 日本が脆弱なアジアの国々と同格扱いをされて,こんな反論をしなくてはいけないなんて,情けないやら,くやしいやら,納得がいかなかった。しかし 国際投資家は米国とムーディーズの策略を完全に見抜いていた。二段階も格下げされれば暴落するはずの円が,格下げされた途端円高になり,1兆円規模の円資産買いが発生したと云う。 今回の金融危機でムーディーズの信用は地に落ちた。2002年に最高位信頼度を示すAa1の格付けを与えたアイスランドは,カウプシング銀行のサムライ債780億円がデフォルトとなり,国家が破綻寸前である。同時期に二段階格下げされ,ボツワナ以下と評価を落し,通貨危機を策略された日本の通貨は,世界で一番安定した通貨として信頼を集め,今回の金融危機で世界中の資金「円」に避難するという皮肉な現象がおきている。 私自身,米国の格付け会社の取材では,1980年代から90年代と英国のフィナンシャル・タイムス紙,米国の金融雑誌グローバル・ファイナンス誌の取材で随分苦い思いをさせられた。当時,日本格付研究所,スタンダード&プア-ズ・レーティング・サービス(S&P), ムーディズ(Moody’s)が活動を開始しており,現在これにフィッチ・レーティング,格付け投資情報センタ?を加え,5社が金融庁に格付け機関として指定されている。 日本のバブル時代後期から金融危機にかけて,日本の金融機関,特に地方銀行はムーディーズによる勝手格付けの餌食になった。ある地方銀行は,債権の発行など予定していないのにいきなり「Bbb」など低い信用格付けを発表されたという。その前にムーディーズから資料やデーターを揃えろと連絡があったが,短い間に資料を揃えるのは無理であったし,この地方銀行は海外からの資金借り入れ,海外での債券の発行など予定していなかったので格付けは必要でなかった。ムーディーズはすぐ手に入る公表されている財務諸表やデーターのみで,「勝手格付け」を行なったという。格付け機関は通常債権の発行企業から依頼があってはじめて格付け機関のアナリストなどによる,調査分析がおこなわれる。 発行企業は格付けに必要な資料,データーを提出し,ヒアリング調査やインタビューなど,格付け機関に協力する,これを「依頼格付け」と呼ぶ。1990年の土地バブル崩壊で大きな損失を出した都市銀行に比べ,地方の銀行は投機的な土地取引をやっておらず,地元の住人の預金を預り,地元の経済にしっかり根をおろした優良銀行である。従って,海外で債券を発行して資金調達する必要性もなかったし,格付けの必要もなかった。そこに突然「勝手格付け」で低い評価を発表された。これら地方銀行はムーディーズの「勝手格付けの」意図が分らず,私のところに泣きこんできた。 勝手格付けについてムーディーズのチーフ・アナリストに取材を申し込んだ。応接室に入るとデスクの上にムーディーズが準備したテープレコーダーが10台も置かれており,もし変な解釈をして記事を書いたら,我々は貴方を訴えますと脅され,私の取材意欲を完全に砕いた。格付けの案内書に出ているような格付けの主旨,格付けの表現など役に立たない情報を延々と話す,こちらに質問をする猶予も与えなかった。これら地方銀行は「勝手格付け」であるので,ムーディーズに格付け報酬を払わなかった。その為か「勝手格付け」された企業は低すぎる格付けを付された。「依頼格付け」を行なった企業は寛大な格付けを貰い,到底公平と云う立場で評価しているとは思えなかった。勝手格付けはまるで総会屋の脅しそのものだと云う企業もあった。推測であるが,ムーディーズは優良な地方銀行の格付けを大きく下げ,預金者の心理を揺さぶる,取り付け騒ぎなどを起し,その銀行の株を売りたたく,株が暴落したところで,米国の銀行が救済買収と安値買いにはいるという筋書きだ。地域住民の預金を預っていて,経営が安定した日本の地方銀行を欧米の金融機関は欲しくて仕方がなかった。しかし,アジアの国々と異なって日本の預金者は取り付け騒ぎなどは起さなかった。ムーディーズのもくろみは失敗した。 心配なのはサムライ債の発行残高が4兆7000億円あることだ。今年1月から10月迄の発行総額は2兆4000億円になると新生銀行は見積もる。2007年サムライ債の発行額は2兆6000億円で,前年の3倍である。サムライ債ブームを見ると,欧米の金融機関がなりふり構わず資金確保に奔走しているかが分る。サブプライムローン問題で信用収縮が起り,資金枯渇リスク(流動性リスク)が起き,長期資金の確保が必要だ。日本のサムライ債市場は欧米の金融機関が資金を調達出来る,世界で数少ない市場の一つになった。今年6月にはバンク・オブ・アメリカ,シティーグループ,リーマンブラザース等の発行が集中した。シティグループは9月にも3150億円のサムライ債を発行する予定であったが延期になった。サムライ債券は円建て外債で,為替リスクがなく,高い利回りが得られるので日本の機関投資家,個人投資家の需要が強かった。欧米の金融機関は格付けが下がれば,それだけ調達コストが上がるので,発行を急いだ。しかし,9月15日にリーマン・ブラザースが経営破綻した。日本の大手銀行は推定27億ドル(2900億円)の債権を保有し,回収が難しくなっている。さらに日本の地方銀行,生命保険,年金基金もリーマンが発行した1950億円のサムライ債の大部分を保有していた。さらにアイスランドのカウプシング銀行のサムライ債780億円がデファルトになって,日本の投資家からのサムライ債への資金供給の流れが止まってしまった。トリプルAの最高の格付けでも,ソブリン(国が発行体)でも破綻するリスクがある。ドイツ銀行,フランスのソシエテ・ジェネラル銀行,英国のナショナル・グリッド・ガスなどがサムライ債の発行を延期した。不適格な格付けが起した信用収縮はとうとうサムライ債市場まで影響を及ぼし始めた。(終) |
![]() |