ジャーナリストのパソコンノートブック |
(48)インターネットの匿名性の暗黒部分 |
*日本の匿名掲示板は「疑似匿名」 インターネットの匿名掲示板2チャンネルで無差別殺人を実況報告しながら殺人に走った秋葉原無差別殺人事件で,ネットの匿名性が取り沙汰されるようになった。日本の場合,2チャンネルは「匿名掲示板」と呼ばれているが,米国のような「完全匿名」ではない。秋葉原無差別殺人事件で気が付かれたと思うが,現在の日本の2チャンネルはIPログという投稿者のネット接続記録を取ってあり,犯罪予告や脅迫が書込まれた場合,警察が投稿者の身元を特定出来るようになっているので,「疑似匿名」である。それを知らない模倣犯が17人も犯行を予告してきたという。日本にもごく短い期間であったが,2チャンネルは完全匿名の時期があった,IPログを取って無かったので,投稿者の身元が特定出来ず,犯罪まがいの悪用が絶えず,遂には売名行為の脅迫,名誉毀損がなされ社会問題にまで発展した。その名残りとして,いまだに匿名掲示版が完全なる匿名が確保されていると勘違いして,過度な誹謗中傷やデマを書込む者もいる。 *米国サイト管理者は投稿内容の責任を問われない 米国は匿名掲示板への投稿者のIPログを確保する必要が無い。 インターネットでは「表現と言論の自由」が個人のプライバシーより尊重されると云う。サイトの管理者は1996年のインターネット保護法(又の名を「通信行儀法」)によって守られているので,投稿の内容がどんなに危険であってもサイトの管理者は責任を問われる事は無いと明記されている。ネット上で名誉毀損を受けたからといって,警察が加害者のIPアドレスの開示を迫っても,米国のサイトの管理者は絶対IPアドレスを明かさない。 殆どの管理者が投稿者の記録を残して置くのが無理になったためだ(量が多すぎて)。 しかし,このように匿名性が守られている社会ではネットの暴走,迷走に歯止めが掛からなくなってきている。匿名性の陰で,人間がこれ程,残虐的になれるか,卑劣な存在になれるか,これほどの誹謗,中傷の汚い言葉を吐き散らせるか,ネットの匿名性の暗黒部分を見る思いだ。 *ニッキの事故写真 昨年,大学に入ったばかりののニッキと呼ばれる18才の女の子が夜友達に会いに出掛けようとした。父親は外出を許さず,娘の車の鍵を取り上げてしまった。娘はこっそり家を抜け出し,父親のポルシェ911を運転して,時速160キロのスピードを制御出来ず,高速の料金所に激突して即死した。娘の死に悲嘆に暮れる両親と妹達に対しまるで「死者にムチを打つ」ような不特定大衆のネット攻撃が始まった。警察が事件現場の検証の為に撮った目を背けたくなる無惨な写真の数々,運転席にはまだ肉片が残っている写真がGoogle,Yahoo,News Corp.のPhotobucket,その他1500のサイトに掲載された。ネットのチャットルームや自動車衝突事フェチ(病的な愛好者達)の為のフォーラムでは事故の無惨な写真に「これは甘やかされて育った金持ちの娘が受ける当然の酬いだ」という言葉が添えられていた。マイスペースの掲示板では自身を「地獄の炎」と名乗る会員がニッキのプロフィールに事故で滅茶滅茶になった彼女の顔をクローズ・アップして「ここには私の脳の残った部分があります,御存じのように余り多くは残っていませんけれど」というコメントが添えられていた。ニッキの高校の同級生達がYouTubeにニッキの追悼写真を載せようとしたところ残忍な事をして喜ぶ人達が,事故の無惨な写真でページを飾り立てたという。 *娘の事故写真はネットからは削除できない 娘が亡くなってから1ヵ月して,不動産関係の仕事をしている父親が仕事のe-mailをクリックした途端,「Whooooooooooooお父さん私はここにいるわ!」という画面が出てきたという。それはYahooのI amAlive (まだ生きている)というアカウントからだったという。父親は即座に会社を辞め,給料も低い小さな会社で目立たないように仕事をしているという。母親の方は事故関係のサイトを見ないようにしてきたが,今年2月遂に決心してGoogleを検索し,娘の事故関係の記事を集め,カリフォルニア高速道路パトロール(CHP)の隊員が現場検証の写真をインターネットに漏洩した事でオレンジ郡最高裁判所に提訴し,2千万ドルの賠償を請求した。CHPは「適切な行動でなかった」と非は認めたが,どの隊員が写真をリークしたかについては,隊員のプライバシーの侵害になるので,発表出来ないと語っている。 それではニッキとその家族のプライバシーはどうなるのか? 残された家族はニッキの痛ましい事故写真をネットから削除してもらうよう毎日のように懇願のe-mailを送っているが,Googleからも,MySpaceからの返事は無かった。 匿名の憎悪メールを突き止めるのは不可能に近いという。ニッキの親戚が1日13時間かけて,チャットルームで写真を削除するように嘆願運動を1ヵ月行なったが,効果は無かったと云う。一旦取り下げられた写真は,他の関連サイトに一時避難するように送られるだけだと云う。 ・ 日本では匿名性のお陰で企業犯罪内部告発増えた 匿名性は米国では1960年代のインタ?ネットの創世記から組み入れられていた概念で。匿名性は独裁者の圧制から,企業犯罪から, 思想の検閲から(ナチスの非アーリア民族文化の浄化),同性愛など性的志向を嫌う隣人の圧力から解放するディジタル上の自由解放と同意義なものとして扱われてきた。いまだにネットは虐待されるもの,公民権を剥奪されたもの,オンライン上でしか助けを頼めない人々を保護している。日本民族は内向的,攻撃より忍従,対立より和合,集団維持思考が強いと云われているので,目立たないに,足を引っ張られないように,妬まれない様,自分から発言したがらない。言論が不得手な日本民族にとって,匿名性は現実社会で言いづらい発言をする事も可能にしている。このところ日本で企業犯罪や組織犯罪等の内部告発が増えたのは,匿名性が確保されているため,有益に利用しているといわれる。現実世界で行なった場合,過激団体から狙われるような政治的発言も行える自由がある。 *ネットの匿名性は人間を卑劣なものにする しかし,インターネットは匿名性の陰に隠れてコソコソ悪い事をする人達,犯罪者,小児性愛者等も被い隠してしまう。匿名性のお陰で,自分の体裁や,メンツを守る必要もないので,一般社会で余り見る事のないような乱暴な表現が用いられる。匿名性は卑劣な人々を大胆にさせ,ネット読者と云う大観衆を前に彼らの誹謗・中傷の汚い言葉を吐き散らす。これら卑怯者はお互いに罵りあい,こき下ろす。しかし彼らが自分のアイデンティティを明らかにしなくてはならなくなると,途端に誹謗.中傷,汚い言葉はトーンダウンする。 *完全匿名性は罪悪感を希薄にする ネット上では過度な誹謗・中傷をしても責任は問われない。ネット上の匿名空間では社会的制裁を回避する事ができる。米国では誹謗・中傷する罪悪感が 希薄になってきていると云う。ネット時代の若者の間で個人攻撃だけを目的にしたサイトも多くなった。その良い例が米国の大学生向け,匿名投稿サイト「ジューシ・キャンパス」である。最初はゲーム感覚で始まったが,今ではカンニングから,ドラッグ使用まで,実名攻撃で溢れている。プリンストン大学の一年生のメリッサはジューシ?・キャンパス上に誰かがホモだ,性病を拡げている等の実名攻撃がある事は知っていたが,自分の名前といわれなき攻撃が書込まれた時,手の打ようがない事が分った。ネット上で攻撃を受けたら法的に対抗する手立てが殆どない。投稿者を特定するのに IPログが必要であるがジューシー・キャンパスの管理者のマット・イベスターはIPの開示に応じない。メリッサに関する第二の投稿者が現れた時,彼女はニュージャージー州のアン・ミリガム司法長官にジューシー・キャンパスを調査して,でたらめな投稿を削除して欲しいと訴え出た。 *匿名性はインターネット業界の生存権を握る このサイトについては同じような訴えが多く出ているので,ミリガム長官は調査を開始したが,思いもよらぬ反対勢力にぶつかった。ジューシ・キャンパスの管理者イベスター氏はIT業界,技術畑の学者など強力なサポーターがいる。「このサイトは別に法律違反ををしている訳ではない」と電子関係の法律家は弁護する。匿名で自由な発言がインターネットでは不可欠である。これは理論上だけでなく,実際のビジネス上で必要不可欠である。アマゾン,マイスペース,YouTubeなどのサイトは利用者から料金を徴集していない,収入はネット広告からのみ得ている,広告収入は利用者のクリック回数で決まる,それ故利用者の参加が不可欠である。サイトの管理者が投稿の内容の善悪をふるいにかけたりする事はコスト負担を強いて,インターネットの成長を妨げることになるとIT関係の学者は反論する。 ・ IT業界でもネットバッシングの被害者 しかしIT関係者の中にも,匿名を隠れみのに,実名攻撃するなどやりたい放題の現状を懸念する者もいる。キャサリン・シエラ女史はオンライン業界では実力者であるが,ある日自分のブログに匿名の投書を見て驚いた。そこには「いつか誰かがお前の喉をかっ切って欲しい」と書込まれまれてあった。彼女はこの文章を削除出来たが,オンライン業界のリーダーとして,消す事はネットの表現の自由を阻害するのではないかと思いそのままにしておいた。これが他の匿名投稿者を大胆にさせてしまった。Meankids(卑しいガキ)と云うサイトに,シエラ女史の写真と絞首刑のナワの絵が掲載され,「キャシーが準備するのは自分の首のサイズのナワだけだ」と書かれてあった。 キャシーはMeankidsの管理者ににコメントの部分だけでも取り除ように頼んだが,応じて貰えなかった。そしてアンクルボビズムというサイトでは彼女の顔にパンティーがかぶせられ,息をしようともがく合成写真が掲載され,「僕はキャシー・シエラの夢を見る…….最初に頭から」と云うキャプションが付けられてあった。これらのサイトには彼女の住所,社会保険番号,離婚した夫の事まで書かれていたと云う,彼女によれば,ウェブは匿名投書家と一般大衆の反応が混合した毒の様なものであると云う。自分が最初にウェブは自浄作用があると考えたのは間違いであったと語った。 FBIに調査を頼んだが,なんの助けを得られなかったので,このブログを閉じる事にしたという。マイクロソフトの皇帝とと呼ばれるキム・キャメロン氏は彼女に同情して「ウェブの暴走が止まらない」とコメントしている。ティモシー・オライリ?氏はウェブの自由表現のチア?リーダー的存在の出版者だが,ウェブの暴走にはガードレールのようなものが必要だ,人々は節度と云うものが必要だ,何らの対策が必要だと云っている。サイトの中でも節度を守っているのがFacebook (フェースブック)でソーシャルネットワーキングの先輩MySpaceの様な問題を起さない。Facebookは4千2百万の会員の行動に応じて相互対話を制限しているからだという。各々会員はカルマと云うスコアを与えられる。数多くの会員をからかうと,その分だけカルマが減る,又18才以上の会員が子供に多くのe-mailを送り過ぎるとカルマが減る。このサイトは疑わしい行為をした会員を閉め出しているという。「これをする事で,Facebookの成長はゆっくりとしたものになるが,世の中の風は我々の方に吹いている」と担当者は語る。 *大学生の自浄努力 プリンストン大学の学生達は匿名のゴシップオンラインを閉鎖するように立上がった。ジューシー・キャンパスや類似の個人攻撃サイトをボイコットする運動を始めた。2010年の学生委員会の会長のコナー・ディーマン?ヨーマン20才は OwnWhat-YouThinkという新しいサイトを立ち上げ,学生達に他の匿名ゴシップサイトを見ない,それらサイトに書いてある事に対し距離をおいて考える様にと誓約させた。この運動が4月1日に始まってから,1ヵ月余りで,1,000人の学生が誓約したという。 ・ ネットに一度流れた情報は消えない ネットの匿名投稿の恐さは一旦掲載されるとオンラインで何年間も記録が残ってしまうことだ。女性達が元ボーイフレンドの悪口を書込む(http://dontdatehimgirl.com)というサイトでレイプ犯と名指しされた男子学生は弁護士を雇ったが,いまだに彼の名前でネットで検索すると「レイプ犯」と云う言葉と一緒にヒットする。プリンストン大学のメリッサも,ジューシー・キャンパスは関心を寄せるには値しない卑劣な事を掲載しているサイトに過ぎないと納得しているが,投稿された彼女の悪口はそのままオンラインで何年間も残ってしまう,もし将来就職する時,彼女に関する評判として残ってしまったら,影響を受けるのでは無いかと心配している。彼女はせめて苗字の方だけは削除して欲しいと云う運動をつづけている。ネット上では主張の真偽を確かめる事は出来ない。投稿者が匿名である為,その発言者はどこかに隠れてしまい,反論する事も出来ず,間違った事実が一人歩きする危険性もある。(ウソも百回云えば真実となる)。 *ネットに掲載された個人情報を追跡する会社 交通事故で娘を亡くしたニッキの両親はいまだにネット上に掲載された娘の事故写真の削除に動き回っている。両親はオンライン上で個人攻撃や不快な情報を追跡してくれるReputation Defender (評判保護)というネット調査会社に依頼して,各々のサイトにニッキの事故写真を削除してもらっている。泣き落としたり, 時には圧力をかけたりして,MySpace やPhotobucket,その他の投稿サイトの間でやっとニッキの写真の削除に漕ぎ着けたという。Reputation Defenderの創設者のマイケル・ファーティックは仕事の依頼が増えて,1年で2万人の顧客からの依頼が来たと云う。就職を前にした息子,娘に関して不快な情報がネット上で掲載されていないか,追跡してくれという親からの依頼が多いと云う。 ・ 日本政府は実名利用を喚起 日本ではネットの匿名性が爆弾の製造法や集団自殺犯罪を誘発しているとして,2005年6月総務省はネットを実名で利用する様喚起する方針を取ろうとしている。主にネット犯罪の被害者,加害者になりやすい小学生,中学生が対象となっている。政府は小中学生にブログやSNS (ソーシャルネットワーキング)で実名利用を体験させようとしている。 もし韓国のように,国民番号を用いてネットユーザー1人1人に個人を特定できるIDを与え,それを入力しないと何処にもアクセス出来ない,掲示板にも書き込めないようにするには,公的管理監視システムが必要になり,政府による精神的自由権の侵害になりうる。財政も逼迫しており,小さな政府を目指している日本政府にとって,実名利用は現実的な政策になるとは思われない。 終 柴田 |
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