ジャーナリストのパソコンノートブック |
(45)食品テロリズム |
中国の毒入り冷凍餃子事件は中国の監督庁が責任回避,インターネット上で一般大衆の感情的世論を操作して,国際社会の反論をかわそうとしている。しかし,この問題は日本政府に政治的圧力をかけてウヤムヤに幕引きする類いの問題でない。 日本は食品の自給率が低く,食品の60%を輸入に頼っている。しかし食品に関する安全管理は旧態依然,多くの省庁にまたがっていて迅速な対応がとれない。冷凍餃子による食中毒は昨年の10月に起きているが,それら情報は地方の保健所レベルで今年1月末まで止め置かれていた。米国のFDA(食品医薬局)のように,独立した権威のある担当省庁を設け,食品テロリズムと云う観点から検討すべき問題である。日本の食品輸入はグローバル化しているので,WHO(世界保健機構)などと連携を強め,国際基準で対処すれば,中国の様な感情的な世論も攻撃の余地がなくなる。 中国製冷凍餃子中毒事件で訪日した中国公安部の役人と警察庁が情報を交換し,捜査,鑑定したが,中国公安部の余新民副局長が「中国で混入した可能性が低い」と日本国内での毒混入を示唆した。また中国の毒入り餃子の現物を証拠として持ち帰りたいと要求に対し,日本側は当然であるが隠蔽体質で知られている中国の監督官に渡すのを拒否して,代りに鑑定結果や証拠写真を中国公安部に渡した。しかし,余新民副局長は「日本は鑑定結果を提供しない」と事実と違う発表した。それまでの経過を一切報道しなかった中国の報道機関が徳島の県知事の冷凍餃子の包装に検出された有機リン系のジクロルボスは食品店内で防虫剤として使われた可能性があると発言を捉えて,一斉に日本人が毒入り餃子が中国とは無関係だと認めたと報道し始め,天洋食品の工場長の「我々は最大の被害者だ」と云うコメントまでが伝えられた。その結果,「日本人が故意に毒を混入した」などの感情的なネット書き込みが増えている。中国の報道ではメタミドホスなどの日本では現在では全く使われていない有機リン系の殺虫剤,しかも散布された残留農薬の6万倍であることなどは一切報道されていない。 今度のような毒入り冷凍餃子事件はFDA(米国食品医薬品局)であったら,即座に食品テロリズムと断定するであろう。FDAの下にCDC(Centers for Disiese Control and Prevention 米国疾病予防管理センター)があり,CDCはその出動の早さに定評がある,映画やTV番組などで,疫病やバイオテロリズムが発生すると即,証拠物件を全てを没収するので,よくFBIや警察との権限争いが起きる場面がある。「もし,日本で新型インフルエンザなんかが発病しようものなら,CDCはすっとんで来るであろう」。 CDCの食品テロリズムの分類では: カテゴリーAには炭疽菌やボツリヌス菌に汚染された食品, カテゴリーBにはサルモネラ菌,志賀赤痢菌, 大腸菌0157,そしてリシン(炭疽菌と同様に生物兵器に使われる)などに汚染された食品。CDCはさらに害虫除去剤(メタミドホスなどを含む),ヒ素,鉛,水銀,ダイオキシン,フラン,PBCなどの化学薬品に汚染された食品を含むとしている。 CDCは食品汚染がA)故意に行なわれても,B)意図せず偶然に汚染されても食品テロリズムと断定してる。故意によるものか,偶然かでリスク評価は異なる。今回の中国製冷凍餃子の場合,一つの工場で作られ,その食品は日本人を対象にしている,餃子の袋に穴があいており,袋の中の餃子と袋の外側にメタミドホス(メタミドホスは過去40年間日本では使われていない),その他の害虫除去剤が検出される,この冷凍餃子を食べ,千葉県,兵庫県の3家族計10人が下痢,嘔吐などの中毒症状を訴え,女児が一時意識不明の重体になったケースではメタミドホスが通常の残留農薬の「6万」の濃度であることからして,日本人をターゲットにした故意による食品テロリズムと考えられる。 バイオテロリズム法成立 このCDCの食品テロガイドラインの中にも中国の南京市で2002年9月に起きた事例が掲載されている。繁盛する『競合』店を妬みネズミ取り薬を競合店の朝食に混ぜ40人が死亡,200人が入院という事件である。 米国がこの様に食品テロリズムに対し体系的なガイドラインを作ったのにはそれなりの理由がある。2001年9月の同時多発テロ直後郵便封筒で送られた炭疽菌粉末で5人が亡くなると云う生物兵器テロ事件で大パニックに陥った。翌年2002年にバイオテロリズム法を成立させた,そしてFDAは2003年10月に「食品テロリズムとその他食品安全に関してのリスク評価」というガイドラインを発表し,2005年にはその改訂版を出している。 米国政府関係者が震え上がったのがアルカイダ(al Qaeda)である。2001年同時多発テロから数ヵ月してアフガニスタン山岳地帯の「タリバンの」洞窟に入った米軍が発見したのはアルカイダが集めた数百ページに及ぶ米国の農業関係の資料であった。全てアラビア語に翻訳され,農業テロリズムの訓練マニュアルになっていた。特に,穀物の汚染,畜産業,食品加工業への破壊的攻撃などが書かれてあった。米国政府関係者がアルカイダの食品テロ構想をいかに恐れていたかは The NCFPD (食品保護防衛国民センター)のHealth and Human Service局のトンプソン局長が2005年12月の退職時に「自分が就任中にどうしてテロリストが我が国の食品供給システムを攻撃しなかったのか未だに理解出来ない。米国の食品供給システムは攻撃するのはいとも簡単だからだ」というスピーチを残した事で分る。彼のスピーチは「テロリストに攻撃目標を教えている」と轟々たる非難を浴びたが。トンプソン氏は怯まなかった。「米国には210万の農家,90万軒のレストラン,115,000の食品加工工場, 34,000軒のスーパーマーケットがある,この巨大な食品供給システムがテロリストのターゲットにならない方がおかしい」とトンプソン氏は語った。 「アルカイダの究極の目的は米国の経済力を破壊することだと云っている。炭疽菌を撒くよりも,畜産業や穀物を狙う方が経済的破壊力は大きい」とワシントンにあるシンクタンクRANDのピーター.チョーク氏は語る。 米国では未だに食品テロに対しての警戒を緩めてはいない。昨年11月にニュ?オーリンズで行なわれたNCFPD(食品保護防衛国民センター)の年次総会で 空輸食品によるテロリズム,食品テロリズムに対する対策などが追加された。 ニュ?オーリンズは全米で一番食品の荷揚げが多い港であるのでNCFPDの会議は毎年ここで開催される事が多いという。 信用回復は至難の業 FBIはサルモネラ菌,大腸菌0157,リシンなどが簡単に散布出来るのでテロリストに利用され易いと警告した。FBIがアルカイダのアフガニスタンの洞窟から手に入れたマニュアルに米国の食品や飲料水を有毒なものにするには自然発生的な毒物(ニコチンやソラニン)を使うようにと指示書を見つけたからだ。2003年米国のスーパーマーケットの従業員が店の挽肉にニコチンを混ぜ,111人が中毒を起した事件が起きたが,彼らがアルカイダのシンパなのか,ただの犯罪者なのか区別が難しいと云う。米国政府のデーターでは毎年4人に1人の割合,7千6百万人の米国人が食品中毒で病気になり,325,000人が入院し,5000人が食品中毒で亡くなっている。これが故意による食中毒なのか,偶然によるものかはFDAもCDCもはっきりしないと云ってる。しかし,食中毒による罹病者の数の少しの増加に対してもひどく神経質になっている。 アルカイダが食品テロが経済力を破壊するのに効果的だと云っているように,食品テロによる経済的ダメージは大きい。農業省は米国で起きたサルモネラ,0157大腸菌など5つの要因による食中毒のコストは年間69億ドル(7300億円)に上ると見積もる。1994年のサルモネラ菌に汚染されたアイスクリームで224,000人が病気になり,米国経済に1千8百万ドルの医療負担をかけた。さらに国際的信用失墜で貿易に壊滅的ダメージを与える。ベルギーはダイオキシン事件で世界中から食品の回収をしなければならず貿易に大損害を受けたし,イスラエルは農薬に汚染された柑橘類の輸出により,国際的信用失墜が起り,経済が壊滅的被害を受けた。1990年代の英国の狂牛病のように,未だに国際的信用回復まには至っていない,信用回復は長い時間が掛かるのである。 中国の対策 中国政府は人民日報系国際時事紙「環球時報」で「中国企業が故意に日本に有毒物を輸出することはありえない」と中国側の立場を擁護しており,背景に日本の戦略的安全保障問題や中日農産品貿易の紛糾などの矛盾があると指摘し,責任のすり替えをしている。そして事件が政治問題化すると懸念している。そして日本のメディアに対して厳しい非難をしている。中国商務省専門家の発言を引用して「日本のメディアは些細な事を大袈裟に報道して人を驚かせる事が好きだ」,「中毒事件の真相がはっきりしない前に,日本メディアが口をそろえて中国餃子の罪を責め,日本市場に中国食品恐怖症を引き起こした」と批判している。この中国政府の反応は昨年米国で中国製のペットフード,歯磨き粉,玩具,魚介類など安全性騒動が起きた時,「米当局がリスクを誇張している,国民の間に中国製品への反発心を煽ろうと,危険性を大袈裟に吹聴している」と非難した時と全く同じである。 中国当局は五輪開催直前で「政治問題化を懸念する」と日本に圧力をかけたり,責任のすり替えをして,国際社会の反発をかわそうとしても,一旦失った信用は回復が難しい。事実中国産野菜の輸入は激減し,2008年2月は前年同期比40%減となった。安全性と品質向上がなければ中国企業はいずれ国際市場で閉め出されるであろうし,中国経済は深刻なダメージを受けるであろう。欧米の信用格付機関,投資銀行のアナリストの中には中国の食品事故を「チャイナリスク」として捉えている者も多い。 中国では単独の行政機関が全ての食品の安全性の責任を負うのではなく,職務はしばしば重複する。2003年に「国家食品薬品監督管理局」を設立したが,政府の決定により,単独の担当機関になる事が出来ず,他の機関が共同で食品の安全性を監視,規制する事になった。この為,責任が分散され,不透明になった。品質管理に関する苦情や申し立てをきちんと記録しておく「情報の共有」システムがない。品質検査に合格した事を証明する書類でさえ疑わしい。有害製品が流通しても,生産者を追跡する(トレーサビリティ)システムすらない。問題が起きてもその場しのぎの対策を生み出してきた。 中国では年間300万人が食品のせいで病気になっている。昨年7月この国家食品薬品監督管理局の前局長が偽薬を認可する際,企業から賄賂を受け取っていた事で,死刑になった。これは見せしめ処刑だと見られている。 想定外の混入物 中国の食品スキャンダルの根源は農村の生産者には善悪を区別する知識が普及していない事と,モラルの欠如がある。日本の輸入業者は中国の食品生産者は自分達と同程度の食品安全の知識を共有している事を前提条件にしているが日本人の想定外のものが混ぜられる事を覚悟しなければならない。食塩に亜硝酸塩が混ぜられたり,小麦粉に粉石鹸が混入していた。カワハギの加工品にはフグが混入されていた(フグの毒は加工されても消えない)。2004年には山東省の幾つかの春雨ブランドで,コスト削減のため材料の緑豆の代りにコーンスターチを利用し,それを透明に見せる為,鉛の入った漂白剤を使用した。頭髪からアミノ酸を抽出してつくっれた醤油は日本などに輸出されていたと云う。人毛は美容院で集められたものだ。(中国政府は人毛醤油生産を禁止した)。2004年偽粉ミルクで50人の赤ん坊が命を落とし,200人の幼児も栄養失調,巨頭症を罹っていた。自国民が被害を受けたとなると中国当局の対処も早く,製造販売の責任を負っていた47人の公務員を逮捕した。昨年インターネット上では産業廃棄油を化学的に処理して,料理油として使っているレストランも話題になっている。椎茸,木耳,松茸は農薬無しで採取されても,出荷される直前に農薬(ジクロルボス)がふりまかれる。漬け物も出荷直前にジクロルボスがふりまかれる,業者は商品価値が上がると農薬をふりまくので,ポストハ?ベストの検査も重要だ。中国から輸入されるウナギに発ガン性の強いマラカイトグリーンが使われているのは良く知られているが,養殖ひらめに高濃度の抗生物質が使われ始めた。養殖技術が十分でないため,ヒラメの免疫システムが弱り,生産性をあげる為に違法な抗生物質を使ったと云う。養殖エビも同様である。昨年6月米国のFDAは抗菌剤や化学物質を含んでいるとしてひらめ,ナマズ,エビなど中国産魚介類5品目の輸入停止措置をとった。怒った米国の新聞は「中国は有害食品で地球上の人々が死に絶え,最期の1人になっても,利益の為に毒入りの食品を作り続けるであろう」と書いている。 私はこれまで2回程,近所の八百屋さんが野菜につけた札の漢字にギョギョ!としたことがある。「中国人肉」とニンニクに当て字を使っていた,デジカメでもあったら写真に残しておくところだった。しかし中国ではこの「人肉が」日本の八百屋の当て字ではない事が分かった。広東のある店の名物は「胎盤スープ」で子宝に恵まれると人気があるという。一人っ子政策で,子供を中絶した女性の胎児から胎盤を掻き取ってスープにしていたという。確かこの辺りのゲテもの食いの料理屋でハクビシンという動物を食べた事で新型ウイルスSARS(サーズ,)重症急性呼吸器症候群を発病し,数カ月で世界中に8045人の罹病者をだした。天罰が下ったという感じである。 体系的なガイドライン作成を 中国は広大な国である,中央政府の指導,規制も地方には行き渡らない 国民の食に対するモラルも,安全性に対する知識も欠如している,国家も食の安全に対し大改革を準備する様子もない。そんな国に食料供給を頼っている日本は輸入食品の安全性は至上命令である。食品関係のデーターも省庁によって異なり,情報の共有が出来ていない。厚生省や農水相の垣根争いをしている場合ではない。 日本も米国のFDAの様な独立して権威を持った機関を作れば,「日本の消費者の安全を守る為の必要な措置である」と輸入停止など敏速な対応がとれるであろう。この監督機関の決定が権威のあるものであれば,今回の中国冷蔵餃子問題の様に徳島の知事のコメントや,雑誌アエラだけの見解を都合の良いように引用される事はなくなるであろう。FDAの様に「食品テロリズムと食品安全性のリスク評価」という体系的なガイドラインを用意しておけば,いくら中国が大衆を上手く操作して,感情的なネット世論で圧力を加えようとしても,日本にはこんなに体系だった食品の安全性に対する法律があるとはねつける事も出来る。 (終) 柴田
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