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(43)世界金融市場の新しい担い手 |
「政府系ファンドは新しい金融の担い手?」 今年の正月明け,築地の魚河岸での初セリで,一番高い青森の大間のマグロを競り落としたのは,香港の寿司屋であった。彼は築地で魚,貝,エビ等の寿司ネタを箱ごと何箱も買って,毎日香港に空輸するという。銀座,築地の寿司店は中国の正月(春節)で訪日した中国人旅行者で一杯だ。モスクワでも寿司が大流行り,シベリアの寿司店では油田掘削で働く労働者が寿司を食べまくり,一晩1人27万円払ったと云う。これらのTVニュースを見て,もしロシアの政府系ファンドが,中国の政府系ファンド築地の大手魚問屋を買収したら,日本の大手回転寿司チェーン店を買収したら,どうなるのだろう。政府系ファンドはこんなちっぽけな投資はしないとはいうが,経営破綻した語学学校「ノバ」もシンガポールのSWFに資金を仰ぎ,学校の再開に漕ぎ着けたと云う。これからは気が付いたらあなたの会社の株主が中東,ロシア,中国の政府系ファンド,寿司屋チェーンの株主がロシア,中国の政府系ファンドという事もありうる。寿司だけは投機対象になって欲しく無いと願った。 最近になって昨年来の石油価格高騰,穀物の値上りに世界の投資家がどう関わってきたかが判明した。世界で1兆4千億ドル(157兆円)規模のヘッジファンド資金が石油,金属資源,穀物に投機され,世界を揺り動かしている。商品相場に特化したヘッジファンドが600社にもなったという。小規模の商品相場に,巨額のヘッジファンドが投機されたのだから堪ったものではない,原油価格は昨年11月21日に1バレル100ドル近くまで急騰した。先週(2月8日)今度はシカゴ市場で小麦や大豆相場が急騰し,史上最高値をつけた。大豆相場はまるで昨年原油が100ドルに急騰した当時の動きを彷佛させ,明らかに投機筋が穀物価格をを高値に押し上げている。これで豆腐,納豆,パンの値段が上がる。ヘッジファンドは投資効果をあげる為にレバレッジ(てこ)を効かせる。その為に投資家から集める資金以外に,銀行から資金を多額調達しなくてはなない,しかし昨年のサブプライムローン破綻以降米国大手銀行が資金を出せなくなり,ヘッジファンドは衰退していると云う。代りに登場したのがソブリン・ウルス・ファンドSovereign Wealth Fund (SWF) 叉は「政府系ファンド」という新しいプレーヤーである。ヘッジファンドが数千と濫立しているのに対して,SWFは数十社で2.8兆ドル (300兆円)の投資をしている,その大半がいわゆるスーパーセブン(アブダビ,カタール,ノールウェ?,シンガポールの2社,中国,ロシア)の投資だ。モルガン・スタンレー証券によると,現在の原油価格を前提にすると,SWFは7年後には1300兆円と現在の4倍に達すると云う。世界でも最大級はアブダビ投資庁の政府系ファンドで,8000億ドルから 1兆ドル( 90兆から 110兆)にも上ると云われている。設立も古く,第一次石油危機直後の1976年であり,日本にも400 億ドル(4兆4000億円)が投資されていると云われている。 「政府系ファンドは世界の金融の救世主?」 昨年来サブプライムローン関係で巨額の損失で経営が悪化した米国大手の金融会社がSWFから出資を受け,資金増強を図っており,SWFファンドがあたかも世界経済の救世主としての存在感を高めている。昨年11月アブダビ投資庁が米国シティグループに75億ドル(8300億円)を出資した。12月にはスイスのUBSにシンガポール政府投資公社(GIC)が118億ドル(1兆2600億円)を出資,メリルリンチにはシンガポールのテマセクが62億ドルの出資を仰いだ。さらに今年1月シティグループはシンガポールのGICとクエート投資庁から新たに125億ドルの出資を仰いでいる。日本の金融機関はバブル破綻当時シティグループやメリルリンチのような米国の大手金融機関の様に中東や中国の政府系ファンドから資本を調達する事等思いもよらなかったようだ。躊躇なくSWRから資金を調達していたら「失われた10年は免れたかも知れない」 「どうしてこの段階でSWFは積極的になったのか?」 どうしてSWF(政府系ファンド)はこんなに突出した額の資金を資準備出来るのであろうか? SWFの持つ資金は世界的な資源高のお陰である。特に最近の急激な原油高騰により莫大な富を蓄積している。サウディアラビアに至っては毎日1000億円もの石油収入があると云われている。SWFには石油高で金持ちになった国のグループと,中国のように過熱気味の経済発展による思いかけない外貨準備高の膨張を見たグループがある。中国は人民元高を抑える為,ドル買い人民元売りの為替介入によって生じた莫大な外貨準備の一部をSWFの原資としている。中国の外貨準備は1兆3000億ドルまでに膨れ上がり,高い利回りを求めて積極運用する為の「中国投資有限責任公社(CIC)というSWFを設立した。CICの資産規模は2000億ドル(21兆円)だといわれている。 シンガポールは伝統的に為替取引に積極的であり,積み上がった外貨準備高をGICが海外で運用,テマセックが国内運用と分けて運用していたが,最近は両方とも積極的に海外のリスク資産に投資している。シンガポールのSWFは不動産の投資に積極的だ。 「シンガポールも中国もSWFを設立」 中国やシンガポールのSWFは中東のように原油からの棚ぼた収入を原資として政府がリスクをとって自由に運用出来る「正味資産」では無い,外貨準備は短期国債のような債務に裏付けられている(いわゆる民間からの借金である)。国民の虎の子である外貨準備を使って海外のリスクにさらしているのである。しかしこれらの国々では国民に対して外貨準備の海外投資について民主的な説明は必ずしも必要とされず,損失を出しても咎められない。昨年設立間もないの中国の政府系ファンドCICは株式公開したニューヨークのブラックストーンと云う大手M&A仲介会社の9.9%の株式を所得したと大々的に宣伝した。しかしブラックストーンの株価は6月の上場直後35%も下落して,CICは10億ドルの損失を出した事が欧米金融市場で話題になった。 CICは投資損にひるまず,昨年12月モーガン・スタンレーに50億ドルの出資をした。これに関し中国政府関係者は「どのぐらい高いリターンが得られるかが投資判断基準だ」と語っている。 「SWF資金求めて,英国首相の北京詣で」 今年1月18日に中国を訪問した英国のブラウン首相は中国のCICが拠点をロンドンに置くことを要請した。英国ではノーザンロックと云う銀行の資金繰りが悪化して,救済策が策定されている。温家宝首相とこの事に付いて話し合う予定は無いとしているが,温家宝首相は中国CICの出資計画に関し「資本金2000億ドルのうち,600?700億ドルを対外投資に充てる」と語っている。 「日本版政府系ファンドは無理?」 国際間のローン案件が日本を素通りして行なわれている事に関し,Japan passing(ジャパン・パッシング)現象に寂しい思いをしている政治家や経済学者がいる。中国が台頭する迄は,日本の外貨準備高は世界一であった。1993年から1995年大幅な円高を抑える為に猛烈なドル買い円売り介入をした結果,外貨準備は昨年8月で9321億ドルに上っており,世界第二位である。 経済学者は為替市場に介入するにしても日本はこんなに巨額の外貨準備を持たなくても良い,半分ぐらいで十分である,そこで半分の外貨準備を原資として日本版SWFを設立すべきであると唱える。しかし,もし損でも出したら,日本は中国とは違う,国会で民主党などに厳しく尋問されるのが明らかだ。日本の外貨準備は殆ど米国政府債券に投資されているので,これを取り崩すことは日米関係を悪化させ,さらに円高ドル安を招く事になりかねない。額賀財務大臣も「外貨準備の運用に政府系ファンドのようなリスクを背負った運用は馴染まない。今の時点で政府系ファンドのような形を作る事にならない」との政府の見解を示した。 「長期的,安定運用のSWF」 もともと中東の政府系ファンドは欧米のファンドのように短期的に高いリターンを確保する必要が無く,伝統的に安全といわれる米国政府債券などに長期的に運用されてきた。しかし昨年サブプライムローン破綻を発端として,金融緩和策がとられ,米国金利は下げられ,ドル安が進んだ。アブダビ投資庁などは1兆ドルもの米ドル資産が,ドル安と金利の下げによって目減りするのを避けようとして運用を積極的に始めたと云う。ドル資産からユーロなどの他の通貨による多角的資金運用へと模索し始めている。しかし,基本的姿勢は大口投資で,バイ・アンド・ホールドである事に変わりがないようだ。 政府系ファンドの有難い事は,これまでのような四半期ごとの運用成績だとか,短期的要因でパニック売りをする株主の事を考えなくてもよいことだ。もっと長期的なスタンスで貸し出しができる,従って世界金融市場の安定がもたらされるというメリットがあると指摘されている。中東等のSWFは優良企業に資本投資するが,経営権奪取は望まない,従って役員の入れ替えなど株主の議決権の行使等を要求してこない。 「政府系ファンド脅威論は」 全てが良い事尽くめのSWFであるが,不信感も根強い。資産の運用や,目的,戦略について秘密主義を通しているからだ。これらのファンドはただ単に収益を最大化したいのか? 他に政治的意図があるのでは無いか? 投資や,資金の撤退等の決断が政治的理由から決められるのではないか?と云う懸念が常につきまとう。これだけの巨額資金を扱うとなると,政治的影響力を振るう誘惑にかられるのでは無いか?ロシア政府は1月末政府系ファンドの規模が320億ドル(3兆4000億円)になったと発表したが,2ヵ月前の昨年11月ロシアのSWFの規模の見通しは180億ドルであった。原油高が進んだため,たった2カ月で倍増に近い上方修正である。EU諸国はロシアが2006年GAZPROM(ガスプロム)という国営天然ガス会社に圧力をかけ,ウクライナに天然ガスの供給を止め,ガスプロムを国際的影響力を行使する武器として使ったことで,SWFを国家の影響力を行使する手段に使うのではないかと懸念している。カタール投資庁はロンドン証券取引所に24%出資しており,北欧諸国の証券取引所を統括するOMXの9.98%の株式も所有している。ドバイのSWFもロンドン証券取引所とナスダックに出資している。ドバイのSWFのナスダック株所得にに関しては米国議会でも反対論が多かったが,ロビイストを使い政府高官に接触を図リ,ブッシュ大統領の内諾を得たという。中東のSWFはまず米国の有力金融機関に資金供給をし,次に証券取引所にも出資して得た有利な情報を武器に米国の企業資産を本格的に買い漁るのではないかと懸念する声もある。昨年10月ワシントンでのG7会議でも,1月に開かれたダボス会議,さらに2月9日東京で開かれたG7会議でも,政府系ファンドが増え,運用額が巨大化した,資産内容など透明性を高めるよう要求すると云う合意がなされた。政治的な意図での企業買収は防ぐ必要があると米国は軍事技術の海外流出に神経質になっている。 中東系のSWFは優良企業の買収も手掛けるようになってきた。カタールSWFは英国の大手スーパーのセインズベリーを210億で買収した。ドバイのSWFはNYの高級衣料店バーニーズを巡って日本のファースト・リーテイリングとの買収戦で競り勝っている,SWF脅威論に対しクウエート投資庁は「出資先の旧ダイムラー・クライスラー社の6.9%の株式を保有しているが,もっとも安定した株主である」と反論している。余り戦略的資産を獲得しようとすると米国等と物議をかもし,かえってそれが保護主義的気運を高めるので逆風となる恐れもある。 「 ドバイ国際金融センター」 最近TVでドバイ国際金融センターのCMを流しているが,超近代的なオフィイス街にニューヨークやロンドンの金融街と同じぐらいの大物ブローカーが闊歩している。確かに世界の資金が米欧から中東地域に動く構造的変化が起きている。世界の経営者が中東詣でをして,出資を求めたり,事業の後押しを求めている。日本の銀行も,三井住友銀行,三菱UFJがドバイ国際金融センターに入居し, みずほ銀行も入居が決まっていると云う。現在世界の300の銀行が入居待ちでオイルマネーが関わる世界の大型案件に何とか商機を得ようとしている。 [中東の要人との遭遇] 私が中東の政府要人と遭遇したのは1980年頃の第二時石油ショックの時で,友人が正式の英国風High teaを御馳走してくれるというので,由緒あるサボイホテルのティ・ラウンジで紅茶とキュウカンバー・サンドイッチを楽しんでいた。隣のテーブルで白いローブを着たアラブ人2人が,英国の銀行マン2人にお茶でもてなされている。(イスラム教では飲酒は禁止されている)。英国の銀行マンは厚いアルバムのようなものをアラブ人に見せて,アルバムで注文をとっている。アラブ人はまるで子供がケーキを頼むみたいに,これとこれと…と指差して注文している。私は化粧室に行くふりをして,そのアルバムを覗いてみた。何十枚もの女性のきわどいポートレート写真で,背の高さ,髪の色。目の色などが書込んである。友人によると,それら写真の女性は娼婦であるという。中東のオイルマネーを導入する為に,娼婦のもてなしをしていた英国の銀行マンの苦渋に満ち,屈折した表情を忘れない。 いつもの私の逸脱した話であるが,友人のバーバラは東京に来る前,ヨルダン王室で現在の王様の妹達のガバネス(家庭教師)をしていた。従って中東の国の大使達に友達が多く,特にクウェート大使と仲が良かった。ある時,クウェート金融庁の役人が東京に来るので,バーバラと一緒にディナーパーティに出席してくれと大使から招待状が来た。湾岸戦争前のクウェートは資産の海外運用に中東でも一番積極的であった。日本の株式市場でもクウェ-ト金融庁が投資するという噂話しだけで株価が動いた。大使のディナーで私の隣に座ったクウェートの役人の手がテーブルの下で私の膝に伸びてきた。大使のディナーでなければ,コップの水をぶっかけて席を立つ事もできるが,目の前には大蔵省の役人,証券会社の重役など,騒いだら大使の顏を潰すことになる。そこで決心した。役人ににこやかに笑いかけ,耳打ちをした。「私がエクスタシーを感じるのは日経225株価指数が1000円上がった時だけなの」と囁いたら,彼はすぐ手を引っ込めた。外交上悪影響があったかもと心配していたが,意外にユーモアを持って受け止められていた。翌日外国特派員クラブに昼食をしに行ったら,茶色の包装紙に包まれた分厚い小包が届いていた。封をあけるとプレーボーイ,ペントハウス,メイ・フェアー等の男性誌が10冊も入っており,中の便箋に「ヨーコさん,いまだに貴女は日経225株価平均の方が,これらピンナップガールズよりセクシーだと思いますか?」と昨晩のクウェートの役人からのメモであった。当時日本ではプレーボーイ等の雑誌は黒いインクで修正されていたが,貰った雑誌は無修正である。外交官や政府の役人はdiplomatic bag(外交郵便入り郵袋)として,無修正の雑誌を税関のチェック無しで持ち込んだらしい。私は貴重な雑誌を日本人男性の友人に配った。 (終)
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