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(40)オフショアリング |
最近周りのサラリーマンが中国の大連から給料の明細書が送られて来るようになったとか、先日の飲み代を経費で落としてくれと日本本社に経理部があった時代の様な曖昧な交渉が出来なくなったとかという不満の声が頻繁に聞こえて来る、先日も米国人と結婚した日本女性が、米国の公共年金当局のソーシャル・セキュリティと日本の社会保険庁の国民年金の合算額を計算したものがベトナムから送られてきて驚いたと云っていた。このように海外への業務のアウトソ?シングであるオフショアリングが日本企業に浸透しはじめている。日本企業の人事や、経理業務など日本の正社員がやってきた仕事が人件費が日本の5分の1と云われる中国の大連に移り始めている。これまで日本企業の2,500社が大連に業務を移しているといわれている。日本のホワイトカラーの労働生産性は先進国で一番低いと云われてきた。日本語という言葉の壁に守られて人件費削減のためのオフショアリングが出来ないと思われてきたからだ。委託を中国に移す取り組みは、次の様なステップを踏んで行なわれる。1)部署ごとに実施している業務を細かく、もれなく列挙する: 2)その中で、マニュアルできる物を洗い流す:3)取り出した業務を実際マニュアル化する:4)中国人スタッフに研修を施して、業務を引き渡す。ht\ 米国の企業企業のBPO( Business Process outsourcing、ビジネス・プロセス・アウトソ?シング、非コア業務を海外に委託する)の委託先は英語文化圏のインドやフィリッピンである。当初インドでの受託業務に電話での米国のカタログ販売や、テレフォンショッピングのインドでのコールセンター業務が2000年にはBPO業務の85%を占めていた。もちろんコスト削減が目的であった。しかし、インド訛の英語の応対が分かりにくいので、米国の顧客にひどく不評で、インドからフィリッピンに受託業務を移した米企業もある。注文した商品に欠陥があり、苦情の電話をコールセンターにした場合、米国に一度も行った事もなく、米国の生活習慣を知らないインド人に訛の強い英語で応対されたら、顧客の怒りは頂点に達し、爆発する。ある調査によると、コールセンターで不便な思いをした米国消費者の62%は2度とその会社で買い物をしないと回答している。彼らはインド訛の英語で応対されるより自動音声録音装置の方がまだましだと答えている。又インドでは離職率が高く、給料の低いコールセンター業務からから、給料の高い中高度BPO業務に就くインド人も多いからだ。コールセンター業務はBPOの30%以下に落ちている。 日本企業のBPO委託先は漢字文化圏の中国、特に第二次世界大戦下日本軍に占領されていた旧満州の大連である、ここには日本語の出来る中国人が多い。大連にある外国語大学は中国で一番優れた語学学校である。NHKの「人事も経理も中国へ」というTV番組を見た限り、日本企業の総務を請け負った大連のオフショア委託先の中国人社員は、鉛筆など文房具の仕入れの価格値下げ交渉を日本のメーカーと行なっていたが、日本語が余り流暢なので、日本側は中国人と交渉していろとは気が付かないでいた。コールセンターの女性電話オペレータ?達も中国人と分らない程流暢な日本語で対応していた。この9月に開催された青島ソフトウエアー・オフィス定例会で、世界のオフショアリングは2004年に3,000億ドルに達し、年率37% ? 40%で拡大をつづけると予測を発表した。その内中国が受託するオフショアリング業務は2007年に6,000億ドル、2008年に1兆ドル、 2010 年に1兆2千ドルに達するという強気の見通しを発表している。中国は日本や韓国ばかりでなく、欧米の企業からもオフショアリングの委託が増えると予想している。 物事には「光」と「影」がある、オフショアリングも然りである、米国では本格的に活用されて5-6年たった今、様々な問題が浮かび上がってきた。米国の経験をふまえて、日本企業はグローバル化が進む事を想定した対策を練る必要があり、長期的な戦略が必要となる。 米国では当初、単純で重要でない(ノンコア)の業務がオフショアリングされてきた。最近では、顧客対応、人事、法務など複雑なコア部分の業務も委託するようになってきた。オフショアリングを採用する業種もチェーン・ストアー、エンジニアリング、デザイン、会計士、保険統計数理士、保険業務、医療診断サービス、薬剤研究、漫画、劇画制作、金融アナリスト、さらに最近では建築設計業務、弁護士業務など多岐にわたっている。フォレスターというコンサルタント会社によると2015年迄に米国企業の340万人分の仕事がオフショアリングされると云う。米国の21世紀の主な輸出品目は牛肉や穀物でなくて、「雇用」ではないかと皮肉られる程である。金融機関でも、IT企業でも異口同音に語るのは、オフショアリングは短期的にコスト削減が出来る、その後は質が下がり、コスト削減効果とサービスの質の低下に見舞われる。会計監査会社デロイト・ト?シュ・ト?マツが金融サービス会社を対象に2006年に実施したオフショア・アウトソ?シングに関する調査でも、最初の2-3年は期待通りのコスト削減の結果が得られても、その後は期待した程良くない事が明らかになった。その理由は米国企業側がBPOに注力しなくなり、優秀な担当者CIO(chief information officer - 最高情報責任者)による管理が行なわれなくなってきているからだという。2000年初頭にかけてオフショア・アウトソ?シングブームが喧伝されると、企業のCIOはコスト削減に目が眩んだ経営陣にせき立てられて、長期的戦略もないまま、導入に走った、これはまるでドットコム・ブームの時と同様、具体的なビジネス・プランを持っていなかった。大抵はインド側のベンダーが示す人件費の時間単価に目を奪われた。最初の1-2年のハネムーン期間はオフショアリングを軌道にのせる為奮闘する。インドのベンダー側も意欲満々で乗り出し、担当チームにはエース級の人材を配属する。しかし、オフショア・ブーム時には優秀な人材の奪い合いが起き、賃金の引き上げが起きる。これら優秀な人材は次から次へと職場を変える。2-3年経つと、オフショア委託先の離職率は急上昇する(年間離職率25?30%に達する企業もある)。こうなるとそれまでのコスト計算のツールが全く役に立たなくなる。ある極端な例では、特別プロジェクト・チームのメンバー全員が退職してしまう事もある。給与水準の上昇ばかりでなく、品質管理、サービスの低下等インスタント・メッセージ、E-メールで解決出来ない問題が山積する。CIOはインドに度々出張して問題を処理しようとする。そのうちに疲れきって、BPOに関心を払わなくなる。この時期が「倦怠期」である。インドでは賃金が年率25-30%上昇している為に、将来的に米国と余り相違が無くなり、オフショアリングの有効性が失われるのである。 いくら膨大な数の労働力の供給が続く中国とはいえ、高いスキルの労働力(大学教育)、特に日本語の出来るスタッフの供給不足が予想される。中国へのBPOオフショアリングに走る日本企業は、米国企業が陥ったインドでの失敗を繰り返さないとも限らない。オフショアリングを始めるにあたって、目先の時間労働単価に目を奪われないで、長期的なコストを考慮に入れ、長期的な戦略が必要である。 オフショアリングは米国の知的人材の育成に大きく影を落とし始めた。このところ、知的人材の不足で米国はグローバルな競争に勝てないのではという発表が相次いでいる。この春米国政府はOECDの調査報告に愕然とする。米国のブロードバンドの普及率が世界で24位、アイスランド、フィンランド、エストニアより遅れており,中国にも追い抜かれそうである。情報技術の主導権を狙った世界の競争で、米国は競争を完全に諦めてしまったかという心配の声がビジネス会から聞かれる。「大事なのは世界で一流の情報技術を使いこなす、ビジネス界全体の能力である。米国企業の深刻な問題は能力のあるCIO(最高情報責任者)を育ててこなかった事だと」マイクロソフトの研究チーフのリック・ラシッド氏は語る。米国では1990年代の前半はコンピューター技術者やソフトウェア?エンジニアがクール(格好いい)職業で、これらを専攻する大学生が一番多かった。高いスキルも身につき、報酬も良い知的集約型の仕事であった。しかし、1998年から2003年にかけてソフトウェアエンジニアの報酬は名目ベースで年3.9%しか伸びておらず、インフレ率で調整すると実質的には賃金上昇は起きていない。この期間就労人口は5.5%減少したことである。2000年前半は米国にIT活用が急速に浸透し、情報処理技術者に対する需要が大きく伸びた時期であった。この時期米国企業は過度のオフショアリング戦略を取り始め、オフショアリング先でソフトウェア?製品開発に力を入れた。米国の大学の修士課程、博士課程を卒業した人材はインド人留学生、中国人留学生である。2000年初頭、コンピューターソフトの開発者は米国では一時間60ドルに対し、インドでは一時間6ドルであった。米国の企業は、米国内でのコンピューターやソフトウエアーエンジニアリングを専攻した大学生の雇用を控えた。この頃からオフショアリングは米国内のエンジニア?の雇用機会を奪い、ITサービスを衰退させると行った論調が増えた。事実オフショアリングの副作用はすでに現れ始めたている。マイクロソフトのラッシッド氏によると将来のCIO候補である子供達の情報技術を蔑視する風潮であるという。子供達は情報技術の分野はコンピューター・ギーク(ナポレオン・ダイナマイトという映画の少年主人公で、牛乳瓶の底のように厚い眼鏡をかけたコンピューターおたく)のように間抜けで、コンピューターを大学で専攻したのに就職出来ない負け犬の吹きだまりだと思い込んでいる。 米国でのCIO不足は特定しにくい、事実多くの米国企業でこの肩書きを持っている人間を雇っている。しかし、彼らは大抵の場合、適格者ではない。 Society of Information Management (情報管理職協会)が最近まとめた「2010年のCIOの暗い見通し」という報告書で「米国の企業は実際に必要な数よりずっと少ないCIOしか雇えない、多分必要な数のCIOの半分も雇えないであろう」と警告を発している。その理由はITが企業の事業戦略の中心をなす世界で、今日のCIOにはビジネス上の鋭敏さ、ビジネス上の縁故や知合い,交渉で主導権をとる狡猾さ等が要求される。しかしCIOでその素質を持っている者は殆どいない、それは会社側が将来のCIOを育てる努力をしてこなかったからだと記している。 米国の若者は時代の風潮に振り回され、ITとは堪え難い程格好の悪いものと考えている様だ。もっと重要な事は情報産業に従事する人々はかってポップな文化的イメージ、メキシコ湾岸のドットコム億万長者のイメージから、小さく仕切られた蜂の巣のようなブースで、暗号を書いたり、一時間1ペニーで働く、第三世界の労働者というダサイイメージに変ってしまった。従ってコンピューターサイエンスを専攻する大学生の数は激減した。ある大学では25%も減ったと云う。 マイクロソフトのラシッド氏は安いからと云ってインド、中国、フィリッピンにアウトソーシングすることで、どんどん空洞化していく米国のIT産業の未来を憂える。「将来のIT関係の仕事は、顧客と対面して、相互作用で解決していく仕事が多くなると予想される。プロセス・アナリストとインスタント・メッセージや電話だけでは仕事は進められない。顧客の会社内部の仕事の現場を見て回って、理解せずには仕事をすすめられない。顧客のユ?ザ?がどのようなソフトウェアーを使いたがっているかを知らなければならない。これはユ?ザ?と対面して、会社のどこが悪いのか、良いのかを探りながら、その会社を十分に理解する事が必要だ。しかし、これらの仕事は現在殆ど海外にアウトソ?シングされている。 これらのソフト開発の仕事が余り長い間、海外の下請けに任したままにしておくと米国のIT産業は取り返しのつかないところ迄いってしまうかもしれない。 「とにかく米国の企業はその会社の規模の大小に拘わらずオールラウンドのITエクスパートの絶望的不足に悩む事になる。米国の企業はITの指導者を育てる努力をしなければならない」とラシッド氏は云う。 若い人々にIT がセクシーな(魅力的な)仕事と思わせるために、SIM(情報管理職協会)は大学生対象に数々のセミナーを催している。たとえば、野球のボストン・レッド・ソックスのIT主任や、アメフトのパトリオットのIT担当重役にスピーチをしてもらっている。 (終)
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