遅く起きた日曜日の午前中、ベッドでコーヒーを飲みながら週刊誌ぐらいの厚さのサンデー・タイムス、テレグラフ、オブザーバーの日曜版をゆっくり読むのが英国にいた時の無上の楽しみであった。日本では葉山の海の家で、庭のテーブルを囲み、英国大使館員が取り寄せた一週間前の英国の新聞の日曜版を回し読みする、すでに多くの大使館員に読まれたためか、手あかでよれよれになっているが、辛うじて英国でどんな事が話題になっているか知ることが出来る。そして決まって皆が口にするのが、この世で一番の贅沢は、1週間遅れでなく、今朝印刷されたばかりのインクの匂いのする日曜版を読む事だという。しかし、このような日曜日の楽しみは、若い世代の人々には無用のもの、新聞を読む事自体が時代遅れでダサイ習慣になっている。ラップトップ・コンピューターさえあれば、ニューヨーク.タイムス紙、ワシントン・ポスト紙などの多くの新聞はウェブ版を無料で閲覧できる。グーグル、ヤフー、MSN(マイクロソフト・ネットワーク)などのポータルサイトで世界の新聞の記事が無料で読める。ネットを利用すれば、読みたい記事を、読みたい時間、読みたい場所で視聴できる。米国ではミレニアルズ世代という2000年代に20才を迎える世代が彼らの親(ベビーブーマー)世代を凌駕しつつある。この世代はインターネットやディジタル機器に精通していることで、ニュースはウェブで読むという習慣を身につけている。
これらウェブ上の記事は、配達される紙の新聞より早く、しかも無料で読めるのだから、紙の新聞を購読する必要はない。米国における日刊紙の発行部数は2006年3月末時点で、前年比2.5%減少の4541万部。ピークの1984年の6330万部から 28.3%の減少になっている。非上場の日本の新聞社と違って米国の新聞社は株式を上場しているため、他の米国企業同様、株主のからの効率経営の圧力にさらされている。その典型的な例がロサンゼルス(LA)・タイムス紙である。新聞が利益第一主義、市場主義の論理とインターネットの普及に押しつぶされていくにかが分る。LAタイムスの親会社タイムス・ミラー社は2000年にシカゴのトリビューン社に買収された。LAタイムスの編集主幹ジョン・キャロルは元ニューヨーク・タイムスの編集者ディーン・バケーを引き抜き編集の刷新にあたる。2人で13のピュ?リツア?賞を取るなどクオリティの高さを誇っていた。経営も健全で10億ドルの収入があり、2億ドルの利益をあげ, 儲かっている会社である。しかし、買収したトリビューン社の大株主の投資会社アリエール・キャピタル・マネジメントは満足しなかった。今、儲かっていても、新聞はインターネットの普及で、発行部数が減り、広告収入もインターネットに奪われていく斜陽産業であるからだ。大新聞が変化に対応する明確な戦略をもっていないと、印刷と配達部門のコスト削減を要求してきた。人員削減、ニュース現場の大幅な経費削減と株主の止む事をしらない圧力に対し、スタッフの首切りだけが自分の仕事ではないとジョン・キャロルは辞めていき、ディーン・バケーが編集主幹を引き継いだ。トリビューン社は新しく、ジェフ・ジョンソンをLAタイムスの発行人としに派遣してきた。編集室の100人を含めて350人の人員削減、印刷工場閉鎖などを要求してきた。しかし、ジェフ・ジョンソンは2006年9月これ以上のコストカットは新聞を救う事にならない、コスト削減は出来ないとトリビューン社に反旗をひるがえした。その為ジョンストンは更迭された。トリビューン社の株主、アリエールは編集方針まで口を出すようになった、LAタイムスがNYタイムスや、ワシントン・ポスト, US Todayに次いで第四の全国紙になる必要はない。海外のニュースを掲載する必要はない、イラクに特派員を常駐させる必要はない、もっとスポーツ記事を載せ、不法移民問題などローカルなニュースに特化すべきであると圧力をかけてきた。残ったディ?ン・バケーは株主のコストカット圧力と闘う編集者として全米で象徴的な存在となったが、遂に昨年11月に解雇された。今年4月、LA.タイムスが創業125周年を祝ったが、今度は親会社のトリビューン社自体がシカゴの不動産会社サミュエル・ゼル社に買収された。LAタイムスが引き続き利益第一と考える株主の圧力を受ける運命は変らない。NYタイムスやワシントン・ポストなど創業家一族が株を持っている新聞は四半期ごとの決算の数字に一喜一憂したり、利益第一の株主の圧力を受けずに、質のの高い記事を書き続けられる。しかし、両紙は名門紙でありながら、昨年から今年にかけて、大幅な人員削減策を発表し、海外の特派員事務所の規模を縮小している。
インターネットの普及に伴う読者と広告主の変化に対応する為に、各新聞社は様々な試みに取り組んでいる。米国の名門紙が次々と打ち出すネット戦略は読者の新聞離れに強い危機感を抱いている表れである。米国の新聞で一番最初にウェブ版を開設したのはNYタイムスであった。1996年の開設当初は有料であった為、たった5000人しかアクセスしなかったが、2005年に情報提供ポータルサイトを運営するアバウト・ドットコムを4 億1000万ドルで(492億円)で買収、「ウェブ版」の拡充に力を注いだところ、アクセス数が飛躍的に伸びた。ニ?ルセンによれば、月のアクセス数は1000万人を超えると云う。NYタイムスはニュース記事のウェブ閲覧は無料であるが、経済学者ポール・クルーグマンや。ピュ?リツア賞記者のトーマス・フリードマンなどの人気コラムは有料にした。
ワシントン・ポスト紙はウェブ版を紙版から独立させ、ロブ・カーリ(Studio55と云う地域社会活動を網羅する超ローカルなブログの開発者)をリクルートして、首都のローカルなニュースをウェブで提供すると同時に、他のラジオ局、ローカルTV局に向け写真やコンテンツを提供するマルティメディアのビジネスに注力している。その為、新たに50人のカメラマンや、記者を雇い入れた。。外国のニュースや取材現場の写真にナレーションを付け、市民の声を生で聞ける「スライドショー」や、AP通信や地元TV局から配信を受けた2、3分のニュース映像を閲覧できるようにした。バグダッドの米駐留軍が襲われた時の報道には凄い数のアクセス数があり、このウェブ上のニュース番組を見る習慣がつくようになれば、広告主が増え、広告収入も見込めるのではと語っている。これらウェブ戦略も、NYタイムス、ワシントン・ポストと云うようにブランド力があるからこそ出来るのである。
新聞社はインターネット事業に軸足を移しているが、ネット収入が(ネット広告)新聞社の全体売上げの1割にも満たないので、全体の7割を占める紙の広告収入の落ち込みを補えるところまでいっていない。。米新聞協会がまとめた2007年1-3月の第1四半期の新聞社の売上げは4.8%減の105億ドル、反対にネット広告は22.3%増えた。ネット広告の収入が紙の広告収入減と発行部数減を埋められる見通しは今のところたっていない。 米国の日刊紙は広告収入の多くをクラシファイド広告(住宅や中古車の売買、求人、求職、イベント告知などの案内広告)に依存している。最盛期にはクラシファイド広告は新聞社の広告収入の7割も占めていた。この案内広告がオンライン案内広告会社「モンスター・コム」や「クレイグズリスト」に流失している。「クレイグズリスト」はクレイグ・ニュ?マークという青年によってサンフランシスコのベイエリアのおたくサブカルチャーとて1995年に誕生した。現在では米国人で利用しない人はいないと云われる程の大手になった。米国123都市の他、35ヶ国80都市の案内広告をジャンル別に掲載している。掲載料は無料で、新規に掲載される広告は統計で月刊1000万件以上、月刊閲覧数は50億ページに達する。クレイグズリストの推定時価総額は2億5千万ドルに達するといわれている。いまだに質素な住宅で24人のスタッフで運営されている。ニューマーク氏は自分達のウエブ案内広告が新聞社の案内広告を奪い、経営悪化に追いやる積もりはなかったと云っている。
紙の新聞とウェブ版を上手く連係させているのがウォールストリート・ジャーナル(WSJ)である。 同紙は紙面改革をして、米国の新聞に特徴的な、記事が複数の面にまたがる事を止め、どの記事も与えられたスペースで完結するようにした。さらに特徴的なことは、ウェブ版との連係を明確に打ち出したことだ。幾つかの紙の記事ではWSJ.comタグが付けられ、ウェブ版に掲載されている事を示す。 WSJの読者には金融のプロフェショナルが多い為、朝起きたら、自分が寝ている間に起きた世界の重要なニュースをまずウェブで知り、WSJ紙で編集者の解釈や分析を詳しく知りたがる読者が多い。紙面改革後、紙の新聞のスペースの8割は分析や解説で埋められるようになったと云う。 ウェブ版は年79ドルの有料で、紙の読者は20ドルで購読できる。 ウェブの購読者は前年より20%増え、93万人と紙の購読者の半分に達している。紙とウェブは共食いしないと証明したのがフォーブス誌である。フォーブス誌も記事の全文をサイトで無料公開しているが、販売収入は落ちないと云う。フォ?ブス・コムのコンテンツに占めるフォーブス誌の割合は2%でしかなく、ウェブの収益は4年間で30-50%も伸び、2-3年でフォーブス誌を追抜くと云う。
新聞や通信社のニュース記事だけを無断で掲載するGoogle, Yahoo!, MSNなどの巨大ポータルサイトは「ニュース・アリゲータ?」(アリゲーターはワニ、集める人の意味)と呼ばれる。新聞、雑誌、TVのサイト、ブログからニュース記事を書き集め、独自のアルゴリズムでトピックごとに、整理し、元の記事に飛べるようにリンクを張ってある。巨大ポータルサイトGoogle やYahoo!がLAタイムス紙などの新聞を買い取って、自分達のニュースサイトに合った独自のニュースコンテンツを流すのではないかと云う観測が絶えないが、GoogleとYahoo!のCEOは伝統的なメディアと競合する積もりはない全くないと答えている。ニュース報道は金がかかり過ぎると云うのが本音であろう。
Google でニュースを検索していて、一つのテーマで数万件の記事が検索されてくるが、しかし、記事を書いた新聞は各々異なるが、一つの通信社が流した記事が転載されているだけと云う事が多くてがっかりする事が多い。新聞は度重なる人員削減の為に、自社で取材するより、通信社の記事を転載したりして、報道が表層的になり、ニュースの質の低下が心配される。パソコンや携帯電話などの普及で、ニュースの「箱」は増えたが、ニュースの数や多様性が減少、コンテンツの質も落ちている。新聞が生き残るには、質の高い独自のコンテンツを供給し続ける事であろう。NYタイムスや、WSJの様に、紙だけにこだわらず、ウェブや他のメディアであっても、有料であろうと、質の高いコンテンツを提供する事で生き残りが出来るのではないかと思われる。 (終)
(この直後ルパード・マ?ドック氏率いるニューズ.コープはWSJを買収した事を発表した)。
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