ジャーナリストのパソコンノートブック
(36)米国不動産市場崩壊

    今年春ごろから、米国の新聞には不動産市場の「メルト・ダウン(原子炉の溶解)」、住宅ローン会社の「大殺戮」などのおどろおどろしい文字が並ぶ。これら表現は米国の新聞が1990年代日本の土地バブル崩壊後の金融大不況時の報道記事に用いた表現である、今そっくりそのまま米国にお返しすることになる。
    米国では昨年の後半から住宅ローンの焦げ付きが急増している。これは低所得者向けの金利が数%(2-3%)高いサブプライム(格下げローン)ローンの返済延滞、差し押えが急増しているためである。 これにより、今年米国の住宅価格は1929年の大恐慌以上の急低下を経験するであろうと全米不動産協会は予測し、売れ残りの住宅が420万軒と記録的な数字に達したと発表した。その前の不動産バブルの上昇が大きければ大きい程、急落の度合もドラマティックである。2001年の同時多発テロで金利が急降下した頃から、不動産バブルが始まり、2004-2005年にかけて バブルはピークに達した。このバブルを牽引したのが金利が数%(2-3%)高い低所得者向けのサブプライムローンである。これまで住宅を持つ資格の無い低所得層にまでローン会社は競って貸し込んだ。不動産相場が急上昇した為、貸し倒れリスクが少ないと云う考え方が支配的であった。日本でもバブル時代に良く聞かれた「赤信号、皆で渡れば恐く無い」の良い例である。ローン会社は「エキゾティック モ?ゲッジ」という、従来型の住宅ローンと異なった手法を編み出した。エキゾティックローンにも十種類ぐらいあり、当初元本支払い免除で金利の支払のみのローンとか、調整可能金利ローン(ARM, 借りてから2年後に変動金利になるタイプ)いう超低金利住宅ローンである。ARMには当初たった1%の金利支払のローンもあったという。
    日本の不動産バブル時には、「土地神話」(日本は狭い島国であるので、供給される土地は限られている、だから土地は最も価値のある資産である、だから土地の価格は上がる)が信じられていた。米国では不動産バブルを正当化する為に「住宅市場の長期的展望」が用いられた。米国への移民の急増と米国で生まれた移民の子供達や、ベービーブーム世代の子供達の住宅購入、又ベビーブーム世代が退職期を迎え、カリフォルニアやフロリダで引退後の住宅の買い替えなどの理由で、2005-2015年までの住宅の需要は1,260万軒見込まれ、その前の10年間より200万軒も多くなる。さらにこれまで20年続いた好景気のおかげで、米国の所帯の資産が巨大に積み上がり、収入の健全な伸びが住宅投資に向かっているというのが、米国の住宅市場神話である。
    住宅建設業者の下で売れ残った住宅と、ローン債務不履行で差し押さえられた住宅が6月20日現在420万軒と記録的な在庫の数字に達した。これは住宅建設会社が需要を大きく読み違えた結果であるという。史上最低の住宅ローン金利、融資審査の超緩和策によって、低所得者層の住宅ローン需要は人工的に作り出したものであって、実需ではなかったのである。2002年1月から、2003年半ばまで住宅ローン金利は史上最低の4.99%であった、それが6.7%にまで上昇し、昨年あたりから、金利負担が2-3%増え、返済延滞が目立ちはじめ、購入した住宅を手放さなくてはならなくなった人々が増え始めた。サブプライムローンにはARMといって借りてから2年後に変動金利になるタイプが多く、昨年あたりから変動金利に変り始めたところに、長期金利の上昇の影響をまともに喰らった。これから先1-2年、ARM(変動金利サブプライムローン)の借り手が金利負担の重さに耐えかねて、まるでファイア?・セール(火事で焼け残り品の特売)のように住宅を叩き売りすることが予想される。
    融資審査は驚く程ルーズであった、サブプライムローンの62%が審査なしで融資されていたのである。これはNASAでアポロ・スカイラブ計画のシステムエンジニアだったエドワード・ジョーンズ氏が開発した「融資ソフト」で審査に必要なクレディットスコア(クレディットカードの支払状況から借り手の信用度を判断する)、銀行の残高、買う不動産の価格の三つを入力するだけで、即座に融資が決まる新技術である。それまでは融資審査に3-4週間かかった。 このソフトを使って決済された融資額は4500億ドル(53兆円)にのぼるという。
   いかに融資審査が甘くなっていたかは、住宅ローンの「29%ルールという鉄則」が全く無視され、「50%ルール」が用いられていた事で分ると云う。伝統的な住宅ローンの「29%ルール」は借り手のローン・コスト(元本と金利、土地所有税と住宅保険)が借り手の年収の29%以下にするという貸出し基準である。しかし2003-2005年の住宅バブル時代には、このルールは完全に無視された。30年満期の固定住宅ローンの金利が4.99%と史上最低の水準に下がって以来「50%ルール」が用いられるようになったと住宅ローン協会は説明する。29%ルールを適用すると、2003-2005 年のバブル期に $200,000(2,400万円)の住宅ローンの融資を受けるのに$70,000 (840万円)の年収が必要であった。$600,000 (7 千2百万円)の大きな家を買う場合、$160,000(1,920万円)の年収が必要であった。ここで「50%ルール」がいかに住宅を購入するのを楽にするかを示そう。50%ルール下で、2003-2005年のバブル期に、$600,000ローン(7千2百万円)の大きな住宅は年収がたった$90,000(1,080万円)で融資を受ける資格が得られる。米国では夫婦共働きで稼ぐ(ダブル・インカム)形態が多いので、夫の年収$45,000 (540万円)と妻の年収(540万円)で$600,000の融資資格が得られるのである。
   住宅ローンの債務不履行が増えて、金融機関はあわてて年収確認を徹底し始めたが、これまでに余りにもリスクを軽視しすぎ手、手後れであった。不良債権を抱え、十分な貸し倒れ引当金を積んでなかった住宅金融会社は、すでに20社が倒産、その他何十社もが吸収合併、活動停止に追い込まれている。ワシントン・ミューチュアルは10の不動産ローンセンターを閉鎖し、2500人の従業員を解雇した。アメリクエストも1,500人の人員削減をしている。サブプライム住宅ローンの最大手のアクレディテット・ホーム・レンダースは買収ファンドのローンスターに4億ドルで身売りする事に合意した。大手投資銀行のリ?マン社はサブプライムローンの焦げ付き増加に対処する為、傘下の住宅ローン会社2社を一つの事業体に統合して、400名の人員削減を発表した。米国の不動産関連業界は過去5年アメリカを不況から救い、雇用を創出してきた。2005年時点不動産関連職に米国の労働人口の9.8%が就業している。住宅金融関連会社の倒産、再編に伴う解雇でかなりの数の失業者がでる恐れが出てきた。
   サブプライム(信用力の低い人向け)住宅ローンは民間融資残高のたった2%で経済全体に波及する事はないと平静を装ってきたFRB(米連邦準備制度理事会)のウォーシュ理事も、サブプライム債務不履行問題が広範囲に及びそうで懸念を表している。これは大手投資銀行ベア?・スターンズ傘下のヘッジ・ファンドがサブプライムローンにからむ運用に失敗、経営難のファンドに32億ドル拠出すると発表した(6月23日)さらに同社は二つ目のヘッジ・ファンドを救済すると発表した。二つ目のフアンドの拠出額は70億ドルになりそうだと発表している(6月26日)。サブプライム住宅ローンの懸念で、ベアー・スターンズ株ばかりでなく、その他の投資銀行、ゴールドマンサックス、JPモルガン、シティバンクなどの株が軒並み売られている。米国の不動産破産率は急上昇して、4.7%と、2003年以降最高の数字となってきている。この先1-2年で住宅ローンの債務不履行による差し押えが2百万件も予想されており不動産価格の急落が避けられない。不動産破産率は早晩10%を突破し、全米に壮絶な不動産バブルの崩壊が起きる事が予想され、自動車の買い替えを控えるとかの消費不況、デリバティブ破綻、金融機関の経営破綻などが懸念されていると金融アナリストは警告する。日本の年金などの機関投資家も米国のヘッジ・ファンドに投資しているので注意が必要であろう。
   日本も不動産バブル期に土地の地上げなど悪徳不動産取引、気の毒な地上げの犠牲者などが問題が大きく取り沙汰されたが、米国でもサブプライムローンを無理矢理に貸し付け、ローン返済が1-2ヶ月延滞しただけで、強引に融資担保住宅から立ち退かせる場面がTVで流されたり、新聞に報道され、国民を感情的に揺さぶっている。FRBは担保住宅「略奪」について消費者団体から意見を聞く異例の公聴会を6月半ばに開き、実態を調べている。一番悪質なのはローン返済が延滞して、担保住宅の差し押さえに直面して絶望的になっているサブプライムローンの借り手に、私が代りに返済してあげましょうとホワイト・ナイト役を買って出る詐欺師だ。この住宅にそのまま住んでいて構わないが、形式だけはあなたは私からこの住宅を借りている事にして、家賃を払って下さい、先々あなたはこの家を買い戻す事が出来ます。その手続きにこの住宅の証書が必要だと騙して取り上げ、名義を変えてしまう。家を略奪したら、元の住人の追い出しにかかる。強引に立ち退かせなくても、家賃を法外に高くすれば、出ていかざるを得ないと詐欺師はうそぶく。無知なサブプライムローンの借り手は家を略奪され、ホームレスにならざるを得ない。この「差し押さえ詐欺師」のやり方は新聞や、インターネット、ラジオのスポットで「担保住宅差し押さえ救済します」の広告を流す、大抵は抵当の差し押えで失いそうになる住宅の持ち主に救済の手を差し伸べる振りをして家の所有権を他に移してしまうやり方だ。 ある住宅の所有者が、ローン返済が滞り、裁判所のネットに、受託者の変更希望とリストに名前を載せた途端、1日に20人以上のホワイト・ナイトが救済しますと電話をかけてきたり、毎日何十通もの手紙を受けたと云う。詐欺師は住宅関係のセミナーに出席して情報を集めたり、住宅の買い手と偽って直接家に押し掛けたりすると云う。余りにもこの手の詐欺事件が多いので、マサチューセッツ州のディバル・パトリック知事は6月11日に「差し押さえ救済」の詐欺的手法をを犯罪として取り締まる措置を立法化した。これから1-2年先に2百万件のサブプライムローン担保住宅の差し押さえが予想される中で、担保住宅「略奪」詐欺が疫病のように州内に広がるのを防ごうと云う訳だ。 
  (この記事は6月26日時点の記事です。 8月上旬にサブプライムローン不安で、米国の株式市場、為替市場が大きく揺さぶられています)


   (終)


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