少し前まではインターナショナル・ジェット・セット(international jetset)と云えば、ジェット機で世界のビジネス街、世界の歓楽街を飛び回っている金持ち階級と見られていたが、今日ジェット・セット族は片身の狭い思いをしなくてはならなくなった。ジェット機から排出される二酸化炭素は車の排気ガスとは比べ物にならない程排出量が多いからだ。英国のトニ?・ブレア?首相までもが、米国マイアミへの家族旅行の往復飛行で排出された二酸化炭素量を相殺する為に、これからは歩いたり、馬に乗ったりして、ジェット機燃料やガソリンを節約する事を公に約束させられた。チャ?ルス皇太子は環境汚染問題に理解あるところを見せようと、今年は二酸化炭素排出を減らす為に毎年出かけているスイスヘのスキー旅行を中止すると大々的に発表した。しかし彼が期待する環境保護団体からの拍手は起きなかった。それは皇太子が1月27日米国で権威ある環境関連の賞を受け取る為に米国を訪れ、その飛行で排出された二酸化炭素がスキー旅行中止で節約された分を帳消にしたと手厳しい。
ジェット機の排気ガスによる大気汚染は成層圏で排出されるため地上で自動車や工場から排出されるガスなど問題にならない程温室化効果が高い。長距離飛行片道で排出する一人当りの炭素ガスは、同じ人がSUV車を3ヶ月乗り回して排出するガス量より多いと云う。航空機のガス排出は今のところ温室化効果の原因に対してたった1.6%の責任しかないが、航空機利用客だけはこれから世界的に増加し、2025年までに現在の数字の倍の90億人に達すると予測されている。航空機だけが突出して大気汚染の主原因となる恐れがある。自動車メーカーや電力会社は二酸化炭素を画期的に減らすクリーン技術を開発しているが、飛行機は昔のままの石油系燃料に依存している。航空機のための水素ガスエンジンとかソーラーエンジンの開発計画と云う話しは全く聞こえてこない。
ジェット機の排気ガスが地球温暖化を促進しているのではないかと乗客の罪悪感を軽くしてくれるのが、カーボン・オフセティング、「二酸化炭素相殺」叉はカーボン・ニュートラル(二酸化炭素排出量を同等の省エネで相殺し事実上ゼロにする)である、航空機の乗客は飛行距離によって排出された二酸化炭素量を相殺できるだけの木々を植えると云うものである。これは木々が育って大気圏の二酸化炭素を吸収してくれると願ってのことだ。二酸化炭素の排出を植林で相殺するという単純明解な仕組みが英国やドイツの消費者に受けている。このサービスを始めたTreeflights.comは乗客のグリーン自己申告税の様なものだという。米国やニュージーランドからヨーロッパに行く乗客は木を一本当たり20ドル(4,000円)で買う事になる。Treeflights.comは環境ビジネスの派生産業である。この新種のビジネスは飛行機、車、家庭や仕事場での暖房や照明で発生した温暖化ガスを計量している。お客はTreeflight.comの二酸化炭素排出削減プロジェクトに自発的に相殺税を払う仕組みである。米国人は世界で一番エネルギーを浪費し、国民一人あたり年に20トンの二酸化炭素を排出し、英国人はその半分の10トンである。二酸化炭素を1トン相殺するのに4ドルから40ドルかかると云う。 消費者や企業は2005年に6百万トンの二酸化炭素を相殺し、4千3百万ドルを払った。このシステムによって、2010年には二酸化炭素の相殺量は4千万トンに急増すると予測されている。
航空会社はグリーン派とよばれる環境保護団体がチャ?ルス皇太子やブレア?首相に飛行機を使って休暇をとらないよう圧力を掛けた事に危惧の念を抱いている。消費者の間に航空機利用の旅行を減らし、休暇は国内の観光地に鉄道、車での移動等という風潮が広まれば、航空会社のビジネスは大打撃を受ける。バージン・アトランティック航空のリチャード・ブランソン社長は気候変動との取り組みに30億ドル拠出すると公約しており、その手始めに2月9日、温室効果ガスの削除に有望なプロジェクトに2500万ドル支払うと発表した。ブランソン社長は空港内での航空機の移動に、航空エンジンを使わないで、牽引車で牽いてもらえば、ジェット燃料の節約になると提案している。今のところ航空会社は「二酸化炭素相殺」プロジェクトを支援する以外に対策はないのが実情だ。
しかし、「二酸化炭素相殺プロジェクト」を勧める航空会社は説得力に欠けている。木々が二酸化炭素を吸収する事は殆どの専門家が認めているが、一体森林がどれだけの量の空気中の二酸化炭素を吸い取る事ができるかについては、意見の一致が見られていない。科学者は森林がどれだけ二酸化炭素を吸収出来るかは木が育つ地質と気候によるが、1,000本の木が生えている1ヘクタールの森林は一年に5トンから10トンの二酸化炭素を吸収するという。カ?ボン・クリアーという二酸化炭素相殺業者は航空機乗客が支払ったグリーン税を植林に使うばかりでなく、木が茂るように下草を刈ったり、枝を払ったり面倒を見る作業にも使っていると云う。しかし他の相殺業者は余り面倒見が良くないようで、木々が病害虫にやられたり、山火事に遇ったり、伐採されたりすることで森林の寿命を短くしているからだ。それであるから、植林したことでどれだけ大気がクリーンになるかは分らないのである。二酸化炭素相殺業者はこのビジネスの信用性を高めようと必死であるが、この科学的根拠の不確実さが問題となっている。昨年10月、英国広告基準当局(BASA)はスコティッシュ・サウザ?ン・エナジー(SSE, 相殺業者)の「植林によって顧客一人あたり年に140,000トンの二酸化炭素を吸収出来る」と云う広告を誇大広告だとして却下した。SSE側も150,000本の木を英国、ブラジル、ガテマラに植える事でどれだけの二酸化炭素が吸収出来るか、科学的証明をするのは不可能だと認めた。
企業の中で、パソコン・メーカーのデルの様に森林化プロジェクトに依然としてとして熱心なところもあるが、大企業には森林化プロジェクトと距離を置いているところが多い。 Friends of the Earth (大地の友)、グリーンピース、WWF等の環境団体は最近になって、「植林による二酸化炭素相殺プロジェクトは化石燃料(石油、石炭)偏重を前提としているので、一時しのぎのごまかしであり、脱化石燃料(代替燃料)という技術・社会革命を遂行するには障害となるので相殺プロジェクトを支持しないようにと消費者に呼び掛けている。
事実、二酸化炭素相殺ビジネスは世界的にも、国家的にも監視、監督機関もなく、「このプロジェクトによって排気ガスを相殺プロジェクトが始まる前の半分に減らさなければならない」という達成基準には、「現在行なわれているプロジェクト業者の半分は一律化した厳しい査定には合格出来ないであろう」と云うあやふやなただし書きが記してあり、これを業者は勝手に解釈しているのである。スイス、バーゼルにあるゴールド・スタンダード・ファンデーションは業者によって達成基準がまちまちであることを改めなくてはならない、今年5月にもっと厳しい世界標準を発表する予定である。すでに20社以上の二酸化炭素相殺業者が世界基準に応じると申し込んできているという。
環境保護はもはや捕鯨反対を唱えるような過激なグリーン派だけの運動ではない。大企業の経営者、株主、ファンド・マネジャーも率先して温室効果ガス削減、省エネの旗ふりを務めている。ウオール街の投資家も、ファンド・マネジャーも企業の環境対策を投資の判断材料にし、環境に優しい技術を持った新興グリーン企業に投資を始めた。1987年のウオール街という映画で「Greed is good」(貪欲は美徳なり)と株式総会でスピーチをした乗っ取り屋ゴードン・ゲッコーは今日「Green is good」(環境保護は美徳なり)と環境保護を美味しいビジネス・チャンスと捉えるであろう。投資アナリストは環境に対する企業経営者の意識を長期的成功の指標と見なしている。クリーンエネルギー事業計画を持つ起業家は資金調達には苦労しない。英国のHSBCは同社が決めた環境的・社会的基準を満たすプロジェクトに参加している企業に投資する、そうでなければ投資しないとはっきりした経営政策をとっている。ニュージーランドの風力発電などの環境ビジネスに資金投資し。HSBCはロシアを経由するパイプライン建設に際しても、同社の基準を満たさない企業には資金投資をしないとハッキリしたポリシーを示している。ゴールドマン・サックスはバイオ燃料や風力発電などの再生可能エネルギー関係に過去1年で10億ドル投資した。最近になって, シリコンバレーの有力ベンチャーキャピタルのKPCB(クライナー・パーキンズ・コーンフィールド&バイヤーズ)は新しい6億ドルのファンドのうちクリーンなエネルギー技術開発にかかわる環境ベンチャーに2億ドルを投資すると発表した。 KPCBはグーグル、アマゾン・ドット・コム、ネットスケープ、サン・マイクロシステムズなどの投資で巨額の利益をあげ、数々のネット革命を加速させた、ベンチャーキャピタルである。
最近になって環境問題が企業競争力をつける為の「重要な戦略」となってきた。環境問題は競争力を付けるばかりでなく、競争相手を完膚なきまで叩きのめす事ができるのである。トヨタのハイブリットカーのプリウスはその良い例で、競争力を同社にもたらしただけではなく、米国のBig Three 自動車会社を窮地に追い込んでいる。現在経営不振のダイムラー・クライスラー社をルノーが買うのか?韓国の現代自動車か、さては中国の自動車会社が買うのかと憶測が飛び交っている。フォード自動車も20億ドル投じて歴史あるルージュ工場を環境に優しい工場にかえた。しかし、SUV車の燃費を25%向上させ、ハイブリッド車の生産台数ヲ25万台に増やすと云う公約は取り下げられた。多くの多国籍企業は自社がグリーン企業であると証明しようと必死だ。GEとデュポン社は世界規模で6,000億ドルに上る環境ビジネスにかなりの先行投資をしている。
ビジネスウイーク誌の1月29日号は環境保護で持続可能の技術を持った多国籍企業30社をリストアップしている。日本企業ではトヨタ自動車以外に、東芝(ノートブックパソコンの燃料電池など環境に優しい技術)、ソニー(2010年までに排出量を10%削減ときちんとした環境政策、商品の質や安全性など高い社会的責任を持っている)、松下電気(神業と云われる程の環境関連技術とその生産の世界展開で廃棄物などの毒性を96%取り除く技術力)がリストアップされている。現在、環境問題にいかに取り組むかが、企業が将来勝ち組になるか、負け組になるかの分岐点になると、イエール大学の環境関連法律&政策センターのダニエル・エスティ所長は語る。企業はもっと戦略的に環境問題と取り組まなくてはならないと語る。
(終) 柴田
|