ジャーナリストのパソコンノートブック
(29)ブランド品の偽物


   以前米国の友人にメリーランド州のチェサピーク湾の名物ソフトシェル・クラブを食べに連れて行かれた。このカニはブルーシェル・クラブの脱皮したばかりのもので、柔らかくて甘い。丸ごと揚げて食べるので面倒くさくなく、米国人に大人気だ。そこで海岸線のはるか遠くに東洋人観光旅行者一行を見つけた。この辺りにまで日本人の観光客は滅多に来ないので、米国人達は彼等は中国人(華僑)だと言い張った。私はこの旅行者は絶対日本人だと主張した。だって女性達全員がルイ・ビトンやグッチのバッグを持っているのが遠くからでも分かったからだ。ビトンやグッチのバッグはまるで日本人旅行者の制服の様になってしまっている。
   日本人旅行者はフランスにブランドバッグを持って行かない方がよい、もし知らずに持っていたビトンのバッグが偽物だと判明したら、フランス当局から本物の正価の倍の罰金をとられる。ブランド品の偽者が凄い勢いで広がっているからだ。11月末成田税関が、今年日本に持ち込まれ、押収したルイ・ビトン、グッチ等のニセのブランド品25万点を粉砕、焼却した。これまでで最高の押収数であるという。日本政府は年末の公共放送広告でこれら偽者のブランド品がヤクザなどの犯罪組織の資金源になっていると警告している。ルイ・ビトンの持ち株会社ルイ・ビトン・モエ・ヘネシー(LVMH)によると、今年上半期、米国のインターネット・オークションeBayで売りに出されたルイ・ビトンとディオールの商品の90%が偽物であるというと発表した。ネット・オークションのような取引場があるからこそ、ブランド品の偽物がはびこるのだ、LVMHの偽物に対する怒りは収まらない。Ebayが偽物と知りながら、本物としてネット・オークションに載せていると云う嫌疑で2006年9月にeBayに対し5000万ドルの損害賠償をパリの裁判所に訴え出た。又昨年フランスの裁判所は検索会社Googleがルイ・ビトンの偽物を扱う小売り業者のネット広告を掲載した嫌疑でLVMHに40万ドルの損害賠償するよう判決を出している。
   近年偽物はファッション・ブランドばかりでない。CDやDVD, 食品、薬品、自動車や航空部品、肥料や殺虫剤、軍事ハードウエアーから医療機器等の工業製品と多岐に渡っている。以前は裏庭の掘っ建て小屋でこっそり作られたものが現在では大掛かりな、近代的設備の工場で堂々と作られている。世界税関組織によると偽物は世界の商品貿易の5-7%を占め、5,000億ドルの売り上げを本物の製作会社から奪っていると云う。しかし実際はもっと大きいと見られている。米国の税関で摘発された偽物だけでも毎年倍々の伸びを示している。ユニリバーではシャンプー、石鹸等の偽物が年間30%増加していると云う。WHO世界保健機関の11月16日の発表によると、インターネットで販売されている医薬品の50%はニセ薬だと調査結果が明らかになった。新型インフルエンザ特効薬「タミフル」や性的不能治療薬「バイアグラ」などのニセ薬取引額は年間350億ドル(4兆1300億円)規模に上るとWHOは報告している。これらのニセ薬は処方箋なしでネット販売される為、有効成分が足りず、不純物が多く、死に至るような危険なものもあると云う。それらの補償も含めて、製薬業界に460億ドルの被害を及ぼしていると云う。車の部品の偽物は世界で120億ドルの売上げを上げている。
   中国が世界の模造品産業のカギを握る。世界で生産された偽物の三分の二は中国で製造されている。ダイムラ?社によると車のフェンダーから、エンジンの部品までダイムラ?偽物が中国、台湾、韓国の市場の30%を占めている。ホンダの二輪車の模造車は中国で何百万台と製造され、300ドルと本物のホンダ二輪車の半額の値段で売られている。最近では米国がWTOに中国の偽物の製造、知的所有権に対する侵害等で訴えたことで、模造品の製造は下火になって来たと云うが。模造品産業はグローバル化して姿をかえて繁栄している。 模造品製造業者の定義は高い技術を持った労働者やスマートな流通手段を持ち、手間と費用がかかる技術開発やブランド力を積み上げる努力もせずに商品知識を持つ事だと云う。模造品製造産業はグローバルな産業として、スピードでも、その広がりの範囲でも、洗練さにおいても多国籍企業のライバルとして対立し始めている。新しいゴルフクラブを売り出してからたった一週間で中国模造品業者はコピー製品を作ってくるとキャラウェイ・ゴルフの担当者は云う。中国人は驚く程天才的で、創造力があり、科学的志向が強い、いずれ世界的な製造産業を作り上げるであろうと云われている。中国人にとって3次元デザイン・コンピュータ?ソフトを使い、正規のゴルフクラブの製品分析をして、他のブランドのクラブに作り替えたりするのは朝飯前の事であると云う。中国の模造品製造者は立体写真を複写したり、偽物と本物を区別する防御ディバイスやICチップを複写する技術で優れている。何年もかけて開発した洗練された技術を、中国の模造品製造業者は数カ月で偽物を市場に出してくると云う。中国の偽物製造会社はどんどん技術的成長を遂げている。ソニーのプレイステーションのゲーム機から、シスコシステムズのルータ?・インターフェイス・カードまで何でも模造できる。「もし貴方が新製品を作れるなら、当然中国人は偽物を作れる」と調査会社はいう。その一例として、上海三菱エレベーターは新築ビルのオーナーから、取り付けた三菱エレベーターのメンテナンスをするよう依頼を受けたと云う。それは三菱の機械でなく、階の途中で止まったりする劣悪エレベーターでであったという。
   しかし多くの偽物はその本物の会社の重役でさえ科学的知識のある法律家に鑑定して貰わなければ分らないと云う。ゼネラル・モータスーは見付かったエアーフィルター、ブレーキ・パッドやバッテリーを細かく切り刻んで、科学分析して、やっと偽物だと分かったという。消費者が偽物だと分るのは、これらの耐久性が本物にくらべ半分しかないと判明した段階である。模造品業者はディジタル技術を駆使して、無知な流通業者や小売り業者を騙す決め手となる完璧なパッケージ(外装)を施す。   
    中国の模造品製造業者は多国籍企業に負けないぐらい、生産拠点の海外展開を図っていると云う。一昨年フィリピン政府がマニラ郊外のタバコ工場を摘発した。この工場はニセのダビドフとマイルド・セブンを生産し、台湾に輸出していたという。この6百万ドルの工場は芸術品とも言える精巧なドイツのタバコ巻き機を使い30億本のタバコを生産し、6億ドル稼ぎだしていたと云う。パッケージ(外装)はマレーシアから最高級の印刷機械を導入して行ない、工場の機械はシンガポールから連れてきた23人の中国人によって操作されていたという。彼等は船積, 倉庫の施設を持ち、貨物を動かすのに十分な知識を持っているという。資金調達源は中近東の仲介者、進出地での起業家や犯罪組織など様々な資金提供者がいるという。模造品製造業者は時として借金をするだけして夜逃げをするような者もいるが、殆どの場合、表向きは合法的事業者であり、暗い裏の顔を持っている。ブランド品の製造業者としての免許を持った合法的事業者が、内職として非合法的偽物製造を行ない、裏口で売っているケースがある。又元ブランド品製造の免許を持った業者が型やデザインをこっそり隠しもっていて、模造品ビジネスをはじめるケースもある。ヤマハは中国で5つの製造工場を持っているが、50以上の工場でヤマハ・ブランドのバイクが製造されていると云う。香港の裏通りや、広東のショッピングモールに行くと、店員が分厚いカタログを開き、同じルイ・ビトンの偽物のバッグでも、質に大きく違いがあり、この店の偽物のビトンバッグは偽者としては飛抜けて質が良いと自慢する。これら偽物がいったん中国を出ると、それらは合法的な流通ルートにのってしまう。ある時はニセの部品が本物の製品に使われる。2006年9月にデル製やアップル製のノートパソコンに搭載されていたソニー製のバッテリーが発火し、ソニーは自主回収を発表したが、このバッテリーが中国製であると噂されている。ソニーはニセのバッテリーが使われていたとは発表していないが、似たような事件が2004年京セラで起り、百万の携帯バッテリーがニセものであり、回収に少なくとも5百万ドル掛かったという。
   悪らつな卸売り業者が小さな自動車修理店、事務用品店、独立系の薬品店を訪れ、オイル・フィルター、プリント・カートリッジ、シャンプーなどのニセものを小売店が急に返品してきたからとか、消費期限に近いからとバーゲン価格だが、疑いを持たれる程安くない価格で売り急ぐ。またある卸売り業者はニセのルイ・ビトンを本物の間に交互に挟んだりして売っているという。検査官も、小売り業者も見分けられないと云う。  
   中国政府は自国民に明らかな被害が及ばない限り、偽物作りには寛容である。15の異なった自動車メーカの名前を付けた偽物のウインドシールドを生産した広東のビジネスマンに対し、たった97,000ドルの罰金、しかも執行猶予付きの判決が言い渡されただけであった。
   偽物製造業者が莫大な利益を上げている一方で、多国籍企業は偽物排除の為の予算を積み上げる。LVMHのような会社は年に1600万- 2000万ドルをニセのルイ・ビトンの探索、警察による摘発、裁判費用等偽物対策費に用意していると云う。GMは7人のフルタイムの人員を雇い、世界中でニセの車の部品が作られていないか追跡している。JTインターナショナルはキャメルやウインストンのタバコを売っているが、偽物タバコ製造業者摘発にこの過去7年間で20,000ドルから1,500万ドルに予算を増やした。
  一番画期的な対策は米国のファイザー社が性的不能治療薬「バイアグラ」のボトルにRFID (商品固有のIDコードを有する無線タグ)を取り付けたことである。RFIDタグは小さなチップとチップにつけられたアンテナから情報を無線で送信し、消費者に至る流通ルートにおいて、メーカーや小売り業者による製品の追跡を助ける。卸売業者や小売り業者はバイアグラについたRFIDタグからEPC (電子製品コード)を読み出し、ファイザ?社に「このEPCを発行したか」と確認をとる事ができるという。
    安売りの海賊版DVDに号を煮やした、ワーナ?ブラザースは、新しい対抗策をとった。北京や上海の裏通りではハリウッドの最新の映画の海賊版DVDがたった1ドルで売られている。中国の海賊版DVDのアジアでの販売はハリウッドの映画界全体に20億ドルの損害を与えているという。これまでハリウッド映画製作スタジオ各社はリリースされて数カ月たったDVDを中国で3ドルで売って来た。ワーナ?社はDVD価格を一挙に1.88ドルに引き下げたのである、しかも米国の映画館で上演されるとほぼ同時に中国で売りに出したのである。中国の海賊版DVDは劇場の映写機からとられる為画質が悪く、ノイズも多い、違いは歴然としている。ワーナ?・ブラザースの作戦の成功にもかかわらず、他の映画会社は否定的で、中国の海賊版DVDの販売会社には損害賠償等もっと厳しいお仕置きが必要だとしている。  (柴田)


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