ジャーナリストのパソコンノートブック |
(18)情報過多に押しつぶされる米国知識労働者 |
ビル・メンテナンス 2006年 2月号 |
この数年好むと好まざると送られて来るEメール、 FAX, 郵送広報物など情報過多に私は押しつぶされそうに感じる。私は海外の金融メディアに記事を寄稿しているので、海外の企業からのe-メール, ネット・マガジン、そして迷惑メールが洪水の様に襲ってくる。そして外国特派員クラブの私の郵便受け(pigeon boxハト小屋の仕切り巣箱)にも、企業や政府官庁からの英文の広報誌や刊行物などが扉が閉らない程詰まっている。一週間留守にしていると途方に暮れる程のEメール、蛇の様に部屋中のたうちまわっているFAX用紙、郵便物。これらを整理、分別するだけで丸一日が食われる。まるでEメールやファックスの奴隷になった気分である。時には情報過多に拒否反応を起こしてしまう。留守番電話のままにしたり、FAXが故障した時、しばらく壊れたままにして置いた事もある。 Eメールなどの情報拒絶症は私だけのことでない、米国のビジネス誌は最近こぞって、「Eメール地獄からいかに抜け出すか?」、「インターネットは知識労働者の仕事を膨大に増やし、彼らを燃え尽き症候群にさせる」、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏はウィンドウズOS(基本ソフト)で世界のコンピューター王であるが、その本人自身がEメールを全く読まない週を決め、普段Eメールを読むとしても一日に30-40通に制限していると語っている。 働き過ぎとか仕事中毒という言葉はかって日本人サラリーマンの形容詞であったが、今日米国の勤労者は世界で一番労働時間が長い。1989年日本の勤労者は米国人より10%労働時間が長かったが、今日、日本の勤労者の方が米国の労働者より2%労働時間が短い。経済のグローバル化とインターネットの発達は米国企業に新たな商機を生んだが、それは世界との競争を激化させ、仕事量を増やした。1970年代には週の40時間が米国人の平均労働時間であった時、60時間働くのは、エリートビジネスマンの出世街道への道であったが、今日パートタイマーでも60時間働く、ウオール街の金融会社会社の重役たちは一週間に80時間と云う労働時間モデルを作り上げた。この長時間労働の犠牲者は管理職や、専門職などの知識労働者であり、単純労働者ではない。グローバル化とインターネットの発達で管理職、専門職の仕事が膨大に増えた、しかし旧態依然とした企業構造の為に、専門職は工場労働者の様に扱われ、Eメールの対応などの雑用、無駄な会議などに追われ、労働時間は長くなる一方である。また彼らも自分の専門分野や自分の支配力が失われるのが恐くて、Eメールやその他の情報を仲間と共有する事を拒んで、無駄に時間を費やしている。しかし彼らは長時間労働がかならずしも生産性を高め、革新的な商品を生み出すものでないことを感じている。ある調査機関によると、会社本来の利益を生み出す労働時間は全体の2割にも達せず、残りはEメールの対応、会議や、会議の準備などの雑用に食われていると回答した企業トップが8割にも達したという。マッキンゼーの世界の管理職7,800名を対象にした調査によると大企業幹部の24%が電話、Eメールや会議などのコミュニケーションを対処不能と考えている。約4割の重役は大して意味のないコミュニケーションに一週間に丸一日の時間を費やしているという。マッキンゼーの他の調査では企業幹部は10分ごとに、電話、Eメール、会議と仕事を中断させられると云う。ここに至って、企業の幹部は自分達がEメールの応答など雑用に追われ、もっと生産的で、創造的な事を考えに集中する時間がない事に気がつき始めた。 時間の制約から解放されるには知識の共有が必要である。Eメールの応対などを他人に任せ、不必要なコミュニケーション(Eメール、会議などの共同作業)」を省く事も必要だと学者はいう。マイクロソフトやインテルなどの進取的企業は新しいコラボレーション(共同作業)システムを開発した。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏は昨年(2005年)ロータス・ノートと云うソフトの開発者レイ・オッジ氏のグル?ブ・ネットワークを買収した。グル?ブのソフトはプロジェクトに関わるチーム全員が共通のオンライン・スペースを作り出し、皆が文書、書類、申請書などを共有する(これによって、必要な書類を添付したEメールをやり取りする手間を省ける)。ゲイツ氏は欲しかったのはレイ・オッジ氏本人で、彼をベスト・プログラマーと高く評価して、二人で協力して、今日のEメール地獄を解消するソフトを作り出せると記者会見で語っている。インテルは研究員や幹部重役が関心を持っている分野を、各自のメールの表題やネットの検索内容に基づいて、自動的に要約する「ダイナミック・プロファイリング」という技術を開発した。 Eメールは元々、単純な考えやメッセ?ジを伝達するために使われて来たが、今日、大プロジェクト全体を、プロジェクトチーム全体を管理する為に使われるようになってきて面倒な事になって来た。ゲイツ氏はかって自分の送ったEメールの表現で裁判沙汰になった経験に懲りて、一通のEメールを送るにしても何か曲解されるようなところがないか30人-40人の弁護士に精査してもらってからにするという。 オッジ氏によるとIT革命は仕事と家庭の境界を無くしたと云う。人々はかって決まった時間に会社に通い、決まった時間に自宅に戻リ、その間に時間のスペースがあった。しかし今日、会社と自宅の境界が無くなってしまい、人々は携帯電話、Eメールと果てしなく流れ込む情報を対処しなくてはならなくなった。人々は自分の生活の質を保ち、又仕事に役立てる様にテクノロジーの支配権を取戻さなければならない。又ある管理職は創造性と革新性が高く評価される現代「考える時間」を作り出す事が以前にもまして重要だと考え、一週間に2日Eメールをチェックしない日を作ると自分なりのルールを作り出したという。マッキンゼーの重役は携帯電話とパソコンを投げ出して、コミュニケーションを他人に任せた結果驚くべき量の仕事がこなせたと語っている。 マイクロソフトのビル・ゲイツ社長は、新構想などを練るのに、遠隔地にある山小屋に数週間籠り、その間Eメールは一切見ないと云う。しかし、緊急な連絡(大文字で書いてある)のEメールがあるかどうかは見にいくという。通常ゲイツ氏は一日に30から40のEメールに目を通す、この為に特別な名前とドメイン名を使っている。これらは主に社内でのやり取りで、外部からのEメールは日に300通に達し、これはゲイツ氏のアシスタントが処理し、特に重要と思われるメールは卓上の書類入れに投げ込まれるという。 情報の過多に対処する為にニ十世紀フォックスTVでは二人の社長を立てている。二人の社長に払う給料で会社側には倍の負担になるが、生産性の伸びがそれを十分に補っていると云う。どちらかが先にEメールを受け取った方が、応答するルールになっている。ロスアンゼルス・タイムス紙の編集局長の位置についたディーン・バケット氏は新たに二人を指名して三人で編集局長の仕事をこなす事に決めた。今日世界中であらゆる事件、スポーツ情報が増える中で、編集局長一人では処理出来ないからだという。そして、出来るだけ早く帰宅させて、編集室以外の実社会とかかわりを持たせる。才能豊かな編集者を育てたいという希望からだという。 マイクロソフトのOfficeというOS(基本ソフト)に対して「リナックス」や、ウエブ管理ソフト「アパッチ」に代表されるオープンソフト(特定メーカーの閉鎖的システムに対抗するもの,ソフトの仕様を公開、標準化するもの)の開発の成功は開発に携わったプログラマ?達が何時間会社にいたかで評価されるのではなく、彼らがいかに自分の時間を管理して、雑用に謀殺されない生活スタイルを保てたかによる。 (終) |