ジャーナリストのパソコンノートブック
(15)中国のインターネット攻防
ビル・メンテナンス  2005年11月号
   2001年当時インターネット・カフェも、スターバックス・コーヒー店も数の上で上海は東京と較べものにならないぐらい多かった。その夏香港のマンダリン・ホテルで行われた証券アナリストの会議で、北京や上海から来た中国人アナリスト達が自分達の町のサイバーカフェの数を自慢しあっていた。日本人は携帯電話でインターネットをするので、サイバーカフェと日本のマンガ喫茶の数を単純には比較できないが、中国のネットカフェは実に20万軒に達し、18才以上のNetizen人口(Netと市民のCitizenを合成した言葉でネット利用者数)は1億人を超え、米国に次いで世界大ニ位の市場である。上海のアナリスト達は中国は安い労働力を提供する世界の輸出工場から、インターネットを活用したIT産業を中心に知的立国を目指すと意気揚々としていた。とにかく中国の人々はインターネットに明るい未来を描いていた。

「中国共産党政府と1億のNetizens]
    しかし、先日来日したハーバード大学、アジア研究協会理事のEarping Zhang (而平)氏の話しでは中国のネットカフェの半分10万軒が閉鎖され、ネット通信はサイバー警察に検閲され、政府の不都合な情報にアクセスすれば逮捕され、数年の禁固刑なるなど厳しい監視下にあるという。中国共産党は中国における情報化が遅れるリスクを冒しても、インターネットに対して規制を厳しくして現共産党体制の存続を計ろうとしているという。
    中国政府のインターネットへの取り組みは矛盾に満ちている。中国の情報化の取り組みは1993年から始まり、江沢民総書記や朱鎔基首相が、様々な演説の中で情報化推進へ取り組む強い姿勢を示した。共産党政府は情報産業事業の普及の為に、知識の伝達の為に、広大な国土に情報伝達するのにインターネットが有利であると考えていた。さらに共産党体制の安定化の為に、プロパガンダの伝達に利用出来ると考えていた。事実90年代にアジアで情報通信インフラが一番増強されたのは中国である。しかし、インターネット利用者しかし年率30%も増加するようになると、これまでやってきた報道機関の統制と検閲だけではインターネット情報を統制する事が難しくなってきた。これまで中国共産党の「アイデンティティ」と「存続」はメディアの統制と検閲などの情報操作により保たれてきた、これがなくなれば共産党は即座に現在の体制で存続できなくなる。 中国は開放路線に転じ、製造業を機軸に外国の直接投資を受け入れ、経済成長を成し遂げ、経済大国に変貌した。それと共に国家主義としての共産党は衰退に向かっている。そこで党は共産主義に代わる「大中華主義」といわれる民族主義、愛国主義を現政権の拠り所としようとして小学校から大学まで徹底した愛国教育をおこなっている。中国共産党の申し子である胡錦涛国家主席、温家宝首相はインターネット規制に躊躇しない。胡錦涛主席は共産党にイデオロギーとメディア規制に北朝鮮とキューバのやり方を学ぶ様にと指示した。彼らは天安門事件を経験した指導者でる。これに批判的な学者達の取り締まりを強めた。北京大学でジャーナリズムを教えていた焦国教授が政府の検閲に批判的な記事をネットで流した罪で解任された。ネット利用者は自宅よりサイバーカフェを使う事を奨励されている。これはネットカフェでは利用者がどこにアクセスしたか、どんな情報を求めたか当局によって設置された監視システムで把握できるからだ、とハーバード大学のアジア研究協会の理事Earping Zhang (而平)氏は語る。また海外の情報にアクセスしようとすれば、政府の検閲に引っ掛かるものはアクセス不可能と云う答えが出てくる。
而平氏によると、中国政府は8億米ドル(880億円)をかけてインターネットのファイア−ウオール・システム(インターネットとパソコン端末に設置し、やり取りするデーターを監視する)を作り上げ、1億人のNetizensのインターネットのやり取りをモニターする為、なんと5万人ものサイバー警察官を中国全土700拠点に配置しているという。1994年からインターネットを統治する為に制定された法律は実に37にものぼる。特に[Golden Shield Project]というファイア−ウオール・システムは中国と世界のインターネットを結ぶ六つのゲートウエイ(複数のコンピューターを相互に接続する場合、コンピューターと公衆通信網を接続する装置)を管轄している、この仕組みを使えば情報のチェックは可能だ。その結果、中国のネットサーファーはBBC, CNNなどのTV局で運営されるウエブ.サイトや台湾、香港の都市ヘのアクセスは禁止、チベット侵攻、天安門虐殺などの単語が含まれているメッセ−ジはサイバー警察に取り調べられるという。海外のサイトへのアクセス禁止は性的にあからさまな海外のコンテンツを中国内に持ち込まない為、公序良俗を保つ為とだけ説明されている。 問題は中国共産党政府は中国のNetizensがどのような情報にアクセスして良いか、インターネット上でどのような事を話して良いかまで決めようとしていることである。

「胡錦涛主席はネットで国民感情をさぐっている」
   中国政府はインターネットの持つ情報も伝達や表現の自由と云う特性にひどく神経質になっている。特に今年ウクライナで起きた「オレンジ革命」はオンライン上のフォーラム(公開討論)や(掲示板)上の議論が政権の崩壊につながったと云う事実を目の当たりにして、危機感を強めている、 いくら検閲を厳しくしても、一般大衆のネット上での発言や意見が非公式なオンライン上のネットワークを作り上げ、新種の社会資本を作り上げ、政策決定や、社会変化に重要な役割を持つようになってきているからだ。 政府はサイバー警察の手を借りて、一般大衆の動向をモニターしている。2003年胡錦涛(当時副主席)はSARS危機の時、インターネットのbrowsing(ブロージング、走査検索)にかじり付き、一般大衆の感情を推し計ろうとしたと伝えられている。中国政府はこの致死率の高い疫病の事を2002年11月から2003年3月までの5ヶ月間隠し通したが、SARSの事がインターネットやSMS(short message service)上に流れ始め、中国全土に知れ渡ってはじめて政府役人がこの疫病の深刻さを認め、WHOと協力して対処する事を公約した。この間SARSに付いて記事を書いたSouthern Metropolitan Daily新聞の元編集長の程益中氏が2004年3月当局に逮捕され、5ヶ月間拘留された。彼の勇気ある報道は今年5月国連の「報道の自由」賞を受けたが、中国政府は彼がその授賞式に出る事を許可しなかった。
    中国は報道の自由という点で「国境なき報道人」という機関が出した報道自由度という指数で世界で138位で、北朝鮮の一つ上である。胡錦涛体制になってから政府の報道に対する規制はさらに強められ2004年ー2005年の1年間で169の新聞、雑誌が発行禁止になっている。外国の新聞であれ例外ではない。中国は世界第ニのインターネット大国だ、さらなる成長が見込めると、米国の通信サービス会社、検索のYahoo!, Google, ポータルのMSN, eコマースのeBAYなどが一挙に中国に進出したが、2003年に制定された「中国インターネット産業の為の自己規律の公約」に従う事を強制された。世界最大の中国語のポータルのSina.comや Sohu.com、米国のYahoo! Googleなど約300社が「法律に違反するような情報、迷信や淫らな情報をばらまかない」と誓約させられた。 またこれら300社は国家の安全を危うくし、社会の安定を乱すような有害情報をまき散らさないと云う誓約もさせられている。外資系企業に対してはGolden Shield projectなどのファイアーウオール・システムなどはコンテンツに厳しい規制を強いている。Yahoo! やGoogleなどの検索会社は自社の提供するどの情報が中国政府の検閲に引っ掛かるのかどうか、自社の情報の検索に時間が取られるといっている。外資系企業はコンテンツへの厳しい規制が中国のソフト開発を遅らせ、中国における情報化を拒む要因になるのではと憂慮している。 

「抜け穴」
   大学のキャンパスで人気のあったBulletin Board Services (BBS)と云うオンラインのフォーラム(公開討論)やチャットルームが今年の5月にサイバー警察の管理下にはいった。学生達はすぐに当局の注意を引かないような「非政治的タイトル」を付けたフォーラムを発足させている。しかしネット上の議論が過熱すれば政府の規制に触れるのは避けられないが、当局に見付かれば、また安全なタイトルで新しいフォーラムを作るなど、イタチごっこ状態が続いていると云う。また使う文字を暗号化して、サイバー警察の検閲を逃れるなど涙ぐましい努力をしている、多くのネット利用者は中国のファイアーウオールを打破するソフトを開発した米国のダイナミック・インターネット・テクノロジーとウルトラリー・インターネットのノウハウを使って海外のウエブサイトにアクセスしているという。これらソフトは無料で中国人に提供されているという。 ハーバード大学の而平氏によると、このインターネットという中立的な情報伝達手段がこのグローバル化の時代に社会的変化を起こす強力な動因となり、今日の中国の生活のあらゆる局面で静かな革命をおこしているという。

「反日デモは若者の不満のガス抜き」
   中国政府の上層部は開放政策を中国の再建手段を外国に提供させる方便とわきまえている。だから日本の直接投資を外見上は歓迎しているようにみえるが、胡錦涛国家主席の対日政策は日本を国際間で無力化することである。日本の国連の常任理事国入りを阻止する為にインターネットや携帯電話を使って上海の学生達に反日デモを指示したと云われている。政府自身これは無許可のデモであると説明しているが、警察が何日もデモを取り締まる様子は見せなかったし、デモのTV中継をでは、若者達は「このデモは反日だから大丈夫だ」と他の学生達に参加を呼び掛けてる。米国にいる中国人留学生の所まで、反日デモの呼び掛けのメールが届いたと云う。中国人留学生と日本人留学生との間で大議論が起きたが、中国人留学生は「南京大虐殺」と一つ覚えの様に理由を述べるだけだったという。日本で強盗で捕まった中国人の犯人までもが、「南京大虐殺」が理由だと云う程、反日教育は徹底している。中国政府当局が慌てたのは学生のデモが許されるならと社会人のデモも許されるのではと地方でも労働者や農民が参加し始めたことだ。天安門事件の二の舞いになり、事態の収拾がつかなくなると慌てた政府は5月の連休に予定されていたデモを中止させ、デモの主催者を逮捕、ウエブサイトやチャットルームを閉鎖した。中国の経済の急拡大の陰で、1億人の農民が都市に働き口を求める移動労務者となって流れ込み失業者となり、(非効率の)国営企業の破産で生み出された何百万人の都市部の失業者と相まって(国内に)不満が鬱積し、社会不安が高まっている。中国の公安当局によると、暴動、民族間の闘争、集会、デモ、ストライキなどの形で起きる社会不安は増大する一方で、2002年の 50,000件, 2003年の58,000件, 2004年の72,000件と1999年の32,000件の倍以上拡大している。面白い事にこのデモなどの数の増大はインターネットや携帯電話など参加呼び掛けの手段の発達によるものだと云う。2008年の北京オリンピックが近付くに従って、外国人に自分達の窮状を知ってもらおうと、さらにデモ、集会などの数が増える事が予想される、また外国のメディアに窮状を直訴するケースが増えると予想される。とにかく、2008年の北京オリンピックを無事に乗り越えるまで、政府はインターネットの情報の動きをさらに厳しく検閲し、徹底した規制を強めていく積もりだという。
                                         (終)

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