ジャーナリストのパソコンノートブック
(9)いつか来た道…….英国の不動産バブル 
ビルメンテナンス 2005年5月号

    最近仕事でロンドンを15年ぶりに訪れた。不思議な事に連絡をとろうとした友人全員がロンドンの自宅を売って、郊外に移り住んでいる、彼らの子供は大きくなっているので郊外の庭付きの家で子育てする必要もなく、停年退職して田舎に引っ込むにはまだ早すぎる年令である。実は英国では手の付けられないような不動産バブルが起きているのである。あの質実剛健の英国人が1980年代後半の土地バブル時代の日本人と同じ事をやっていて「英国人、お前もか!」と苦笑してしまう。ブームはロンドンから始まり、サラリーマンの通勤圏内の郊外の町、さらにスコットランドのエディンバラ、ウェールズ地方、アイルランドと地方に広がり、住宅投資はフランスの沿岸の町まで広がり、住宅価格高騰を輸出しているとフランスの地方都市のひんしゅくを買っている。英国銀行は何度も金利を上げて、不動産投機熱を冷まそうとしているが、1980年代後半の日本の不動産バブル時の様に金余りに任せ、値上げを煽り転売するなど不動産投資過熱は収まりそうもない。ロンドンのシティーで日本の銀行マンと英国の金融誌の編集者達と食事をした折、私達日本人は自分達の苦い経験から「今起きているのは絶対不動産バブルだ、バブルが破裂するのは時間の問題だ」と忠告しても、「英国の経済は強い、原油価格上昇時に北海石油を持つ産油国の強みがある、日本とは違う」と彼達は聞く耳を持たない。
    友人達に聞いてみるとロンドンの住宅価格は2004年までの5年間で3-4倍値上りしたという。ロンドン中心部の住宅はビクトリア王朝スタイルとか、ジョ?ジ王朝スタイルとか由緒ある外見だが、内側は階段の手摺が壊れていたり、風呂なしでシャワーだけだったり、天井の電気のソケットが落ちていたり、ひどく古くて、不便である。今まで私の友人はそういう不便を覚悟して住み続ける誇り高い英国人だと思ってきた。しかし家の値段が3-4倍も上昇すればその含み利益をとらない法はない。ロンドン市内の家を売れば、景色の良い郊外に庭付きの広い新築の一軒家が買える。余った資金を使って地方の賃貸目的の住宅に財テク投資出来る。 私の友人はサウスハンプトンのウインチェスターに移り、ビクトリア駅まで通勤時間2時間かけ、シティー(金融街)に通っている。インターネットが長距離通勤を可能にしたという。毎朝通勤電車内でパソコン上のEメールのチェック、Eメールの返答、一日の仕事のスケジュール作りなどが出来るからだと云う。今回ロンドンが少し変わったと思ったのは駅や通りにインターネット専用の電話ボックスが公衆電話ボックスの隣に作られた事だ。2時間と云っても日本の新幹線だったら30-40分で行ける距離である。英国は鉄道発祥の地であるが、鉄道は恐ろしく老朽化していて、鉄道のインフラは途上国なみといわれている。100年も手入れしていない古い電車の中で世界のビジネスを牛耳る一流金融マンが一斉にパソコンを使って仕事をしている光景はひどく奇妙だ。中には郊外の自宅でインターネット(オンライン)株取引が出来るので、毎日シティ-に通勤しなくても良い金融マンもいると云う。
  もちろんエディンバラ、マンチェスター、リバプールなどの主要都市を結ぶインター・シティ?線のHSTは時速125マイル(200km)で突っ走る。英国のブレア?首相が中国を訪問した折に、リニアモーターカーにえらく感動して、是非英国にもと、南西部のリゾート地デボンからロンドンを2時間で結ぶ鉄道を計画中と聞いた。ロンドンの住宅の値上りは地方にも及び、地下鉄の終点駅、主要鉄道の沿線駅から歩いて15分以内の住宅がもっとも人気があり値上りが激しい、子供のために良い学校があるかどうか、病院があるかどうかが決め手になると云う。友人は現在の家の近所に前から目を付けていた家があったが、5年間で3倍に値上がりして手が出なかったという。帰りの機中でアイルランドのダブリン大学の教授と隣あったが、彼のダブリンの自宅も5倍に値上がりしたと云う。
   新聞、雑誌、インターネットには「Buy-to-let」(家を買って賃貸したらどうですか?)と財テクを奨める広告がやたら目につく。このようなBuy-to-let投資家は田舎だったらどこでもよいと云うが、不動産価格が比較的低いウェ?ルズ地方や北部の住宅を求め、値上りを狙うと云う。不動産会社の決め台詞が「住宅の供給が世帯増加に追い付かない、英国の住宅不足は2021年に50万件に達する、だから住宅価格は上昇し続ける」と住宅投資意欲を煽る。このような台詞はバブル時代の日本でよく耳にした言葉だ。TV番組の四分の一は住宅関係のもので、住宅購入希望者数人(主に主婦)と不動産鑑定士がロンドン郊外の町を訪れ、次々と売りに出ている家を見て回り、その家の売り値を当ててもらい、誰が一番相場に近い値段を出すかを競うTV番組もある。
   地方の住宅を手に入れるのが難しくなった人達は農地に投資しはじめた。農地とは穀物、ミルク、乳製品を生産する土地で、付属する納屋等は含まれないと定義されている。昨年農業生産は上昇しないのに農地の価格だけは30%も上昇したという。
    英国の不動産投資熱はフランスのブルターニュ地方(フランス北東部、昔アイルランド人等のケルト人が住んでいたので、英国人はブリタニ?と呼ぶ)にまで及び、35万件の住宅が英国人の手に渡った。TV番組で実際にブルターニュに移り住んだ英国人家族をインタビューしていたが、村の人達から無視される、子供は言葉の壁のため小学校で友人が出来ない、親も子供も一日中家の中に引きこもっているという。またある小学校では英国人の転入生のために英語の補習授業を行っているので特別な予算が必要だと訴えていた。村の役場でも英語の分かる係官を特別に雇わなければならず、金がかかると文句をいっていた。
    地方からの遠距離通勤は食習慣まで変えようとしている。夕方、ビクトリア駅、パディントン駅など郊外への始発駅に近いスーパーマーケットでは夕食の材料を求める働くママや独身者でごった返している。2時間かけて自宅のある町に帰っても、田舎ではその時間に店は開いていない。スーパーの大手のマークス&スペンサーは通勤者のためとはっきりターゲットを絞っている。耐熱皿の上に味付けまでした丸焼き用の鶏、付け合わせの野菜が添えてある。ニンニク、月桂樹、ローズマリ?等の香草を差し込んである牛肉やラム肉、そして付け合わせの野菜と、家に戻りトレイごとオーブンに放り込めば20-30分で夕食が出来上る。これも15年前には見なかった光景である。       
    これだけ多くの人達が郊外から通勤するとなると、自家用車での通勤が増え、ロンドン市内の朝夕の交通渋滞はかなりひどくなるのではと心配するのは当然である。タクシーの運転手に聞いてみると、時間帯(朝の通勤時)により、セントラル・ロンドンの東よりの地区では、乗用車を乗り入れるのは 「有料」になるという。運転手が曲り角を指差して、「ほら!ここに白く"C"マークが書いてある、ここにカメラが設置されていて、かなりの確率で違反車を捕まえる事ができる」と教えてくれた。 恐いのはそれからで、違反切符を切られた者は夕方7時までに5ポンド(1,000円位)の"Congestion Charge"(渋滞違反金)を払わなければならない、それ以降になると10ポンド(2,000円)と重くなる。これはシンガポール方式と呼ばれ、交通渋滞解消にはかなりの効果がある様だ。ロンドン市にとっては非常に有難い税収なので、この悪名高き"Congestion Charge"ゾーンをさらに広げる予定だという。東京の石原都政もこの"Congestion Charge"方式の導入に興味を示していると云う、渋滞も解消、税収も増え、一挙両得となる。
   英国では最初に住宅を購入する者(First-Time buyer)はかなり若く(男性は結婚に備えて購入する)、彼等は住宅購入者全体の50%を占めていた。しかし, 住宅価格の異常な値上りで"First-Time Buyer"は閉め出され、全体の28%に落ち込んでいる。住宅建設用の鉄材、セメント等の値上り、建築労働者(主にポーランドからの季節労働者)の人件費の高騰が物価を押し上げる、ちなみに地下鉄で一駅先を往復するのに4ポンド(800円)も掛かる。政府は公定歩合を現在の4.75% (住宅ローン金利 6.75%) から 0.25%上げて5.00%にと景気の引き締めを狙っている、最終的には公定歩合は今年5.25%になるのではと予想されているが、一気に大幅に金利を引き上げれば景気は「墜落」コースをたどる。 少しずつ金利を上げて「ソフトランディング ー 軟着陸」コースをとろうとしているようだ。公定歩合を0.25%上げても、英国の住宅販売の伸びは年率20%から10%に落ちるが、依然として2桁の伸びである。そこで今年3月18日の予算発表時に高い相続税を導入した。投資目的の住宅所有が相続者に高い税負担となるので、財テクとしての魅力も失せるのである。
(終)