ジャーナリストのパソコンノートブック
(7)無料インターネット電話
ビルメンテナンス 2005年3月号

    この数カ月、欧米のメディアはインターネット電話(VoIP)の爆発的成長がグラハム・ベルの開発した電話の130年の歴史に幕を降ろし、世界の大手電話会社の経営基盤を揺らしかねないという記事を掲載している。折しも、一月末、米国最大の通信会社、80年代の世界最大の民間企業であったAT & T社が固定電話事業の低迷でかっての子会社のSBCコミュニケーションに買収されて姿を消す事になった。
   VoIP(ボイス・オーバー・インターネット・プロトコール)電話は無線のブロードバンド(高速大容量)回線を使って、音声をEメールと同様にデーターとして送り、相手先で素早く音声に戻す手法を利用したものである。かなり前から開発されてきたが、期待が大きいわりに伸びなかった。しかしブロードバンド導入の急増により、VoIPがにわかに関心を集め始めている。何と云っても、決め手はその通話料金の安さである、米国でも、日本でも一ヶ月わずか20ドル(2,000円)で市内通話であろうと、国際通話であろうと、無制限の通話サービスが利用出来るからだ。当初利用を躊躇していた米国の大企業であったが、多国籍企業を中心としてこぞって移行している。ATTの最近の調査でも米国の多国籍企業の43%がすでにインターネット電話を利用しているか、叉は使用を準備しているという。
    特に無料で通話ソフト取り込めて、通話料金も無料と云うスカイプ(Skype)社のVoIPがたった1年で利用者を5,000万人にまで増やしている。現在でも一日13万件の加入があるという。日本でも昨年十月からライブドアを通じて、加入キャンペーンを始めている。
  本誌の昨年11月号でサイバーマフィアの記事中にエストニアに世界で一番ダウンロードされている無料(海賊)音楽配信会社"Kazaa"があると紹介したが、このKaZaaの創設者ニクラス・ゼンストローム(スエーデン国籍37才)とヤヌス・フリース(デンマーク国籍28才)がスカイプ方式VoIP電話の開発者である。昨年の夏頃までは海外のメディアはKaZaaを紹介する記事には必ず "notorious" (悪名高き)という形容詞が付けていた、ネットによる無料の音楽配信が世界の音楽業界を窮地に追いやったからである。KaZaaは上記のスカンジナビア人二人とエストニアの首都タリンの「サク」というバーにたむろする20代のエストニアのコンピュータ?おたく達が始めたものである。KaZaaの名前も仲間と会合を開いたアムステルダムのタイ料理店の名前がサワディカであったので、カをとって[Ka]Zaaに決定したとふざけている。だから彼らが開発したSkype方式のインターネット電話は当初はKaZaaと同様にコンピューターおたくの若者達がほんの思いつきで作った遊びと軽視されていた、しかし他の米国のVoIP電話に較べ配線など構築の面倒がなく、ただソフトをダウンロードして(しかも無料で)、ヘッドホーンセット(マイクとイアーホーン、1,000円)のプラグをパソコンに差し入れるだけでブロードバンドのインタ?ネット網に入り込める。そして、パソコン画面に相手の名前を打ち込めば、相手先がSkype加入者なら無料で、世界中無制限に音声通話が出来ると、口コミだけで利用者を爆発的に増やしている。この口コミという「ウイルス感染マーケティング」手法がスカイプと云う新興会社を一夜にしてメージャーな会社に変えたとティモシー・ドレ?パー氏はベタ誉めしている、彼はホット・メールと云う無料のE-メールサービスで大成功を収めた人物である。米国系のWi-Fi 標準のVoIP電話に移行するには企業は同時に数百本の電話回線に対応するゲートウエイを購入しなくてはならないので費用が掛かり過ぎる。しかし、スカイプのユニークな点は、会社や家庭の電話線を入り口として、P2P(ピア?・ツ・ピア)と云う最先端の技術でe-mail の様に次から次へとリレーしていくので交換機もゲートウエイも必要としない。そのお陰で、利用者を増やすのにコストがかからない。例えば、ATTのインタ-ネット電話子会社ATT CALLVANTAGEが顧客を一人増やすのに400ドル(約4万円)掛かるのに対して、スカイプは0.001ドルである。 スカイプのゼンストロームCEO(最高経営責任者)は前回のKaZaaという無料音楽配信事業ではお金を儲け損なったが、今回SKYPEはインタ?ネット電話では事業を大きく発展させる積もりで、ルクセンブルグに本社を設立し、ロンドンとエストニアのタリンで運営している。最初はSkype加入者同士の通話を無料にして、利用者を増やし、徐々に付加価値を付けたサービスを導入して収益を増やす戦略だ。すでに昨年秋、SKYPE契約者がパソコンから一般の固定電話に通話するのに一分2セント(2円-3円)の低料金を徴集するSKYPE OUTと云うサービスを始めた。低料金でも顧客数が何千万人と多ければ十分に採算がとれるという。スカイプ社の無料通話の影響を受けて、"Wi-Fi"方式のインターネット電話で先行している米国のインターネット電話会社も通話料を従来の電話の半額までに下げてきている。米国のVONAGE(ボネージ)という新興VoIP会社は国内でも、海外でもどこにも通話可能、無制限の通話代が一ヶ月24.95ドル(約2,500円)、PACKETS(パケッツ)社は無制限の通話代が一ヶ月19.95ドル(約2,000円)、一番高いATT CALLVANTAGEでさえ、一ヶ月29.99ドル(約3,000円)である。 AT&Tを買収したSBCコミュニケーションはAT&Tのインターネット電話部門を売り物にした事業を拡大していく予定であると云う。
   日本はADSLや光ファイバー通信などのブロードバンド通信への移行が電話加入世帯の20%と無線IP電話へのインフラが世界一整った市場であり、IP電話への移行は急速に進むと思われる。最近日本でも「企業の本社と国内支店間同士の電話代が馬鹿にならないどうしたら安くなるか?」というTVのCMが始まり、VoIPへの移行が本格化してきた事をうかがわせる。
   スカンジナビアとエストニアの若者による「音声をデーターに分けて送り、ブロードバンドのインタ?ネット網に入るというアイデアはどうだろう?」と云う単純な思いつきが、これまでの電話産業を支えてきた前提を根底から崩すことになる。VoIPは電話網を必要としないし、従来の固定電話会社も必要としないからだ。 証券アナリストによると世界の固定電話の年間総通話量は昨年一年で10%減少したという、これは携帯電話とインターネット通信関連(電子メールを含めて)への需要の流出のためだ。又別の統計ではNTTの東西地域会社の2003年度までの3年で年間総通話料は4割縮小したと云う。ただでさえ縮小する固定電話市場にSKYPEの無料通話料金、その他VoIP会社による超低料金の打撃は大きい。英国のリサーチ会社によると2007年までに世界の国内、長距離電話からの通話収入は150億ドル減少して944億ドルになる、一方でインターネット電話からの収入は89億ドルになるであろうと予想している。AT&T同様、世界の大手電話会社は固定電話だけでは生き残れないと危機感を抱いている。特に3G(第三世代)携帯電話に巨額の投資をした英国のボーダフォンやブリティッシュ・テレコムなどヘの影響は大きい。3G(第三世代)携帯への移行が上手く行かず苦しんでいたヨーロッパの大手電話会社はインターネット電話サービス方式に飛びついてきた。英国のブリティッシュ・テレコム(BT)は3G携帯電話開発に2,500億ドルも投資しておきながら、新たに200億ドルの投資を行いWi-Fi対応の携帯電話サービスを始めており、そのなり振り構わずの姿勢が人々を驚かせている。米国東部のケーブルTV会社コムキャストもすでにインタ?ネット電話で地域の固定電話会社に脅威を与えている。流通大手のウォルマートはインタ-ネット通話専用電話器のネット販売を始めた。タイムワ?ナー社も、ヤフーも参入とインターネット電話は新たな参入者を迎え、競争が激化している。
   実は焦っているのは既存の固定電話会社ばかりでない、携帯電話会社にとっても明日は我が身の思いである。高い携帯電話料金を請求している通信会社は、世界各国使用無制限、超低料金のインターネット電話会社に勝てる見込みはない。もっと困った事は、米国のインターネット電話はWi-Fi (Wireless Fidelity)方式と云うネット回線を使っている、インテル社がWi-Fi Chipと云う半導体を開発して、パソコンに埋め込んだお陰でIP電話が携帯でも可能になった。Wi-Fi方式ではホットスポットという広帯域無線受信アンテナを用いるが、さらにこの無線受信範囲を40キロ?50キロに拡大したWi-Max方式にすれば、携帯電話でもインターネット通話が可能になる、しかも超低料金、世界各国使用無制限で利用出来る。米国のIP電話会社Vonageはインターネット通話可能の携帯電話を今年上旬に発売予定だ。その他新興インターネット電話会社も発売を予定している。携帯電話大手のノキアやモトローラもWi-Fi対応の携帯電話のモデルを増やす準備をしている。Wi-Fi対応の携帯電話の唯一の難点はバッテリーの消耗が激しい事だが、これが解決されるのも時間の問題であるという。既存の携帯電話会社であれ、新興のインターネット対応携帯電話会社であれ、待っている運命は2007年には収入が現在より70%減少すると云う事だと通信関係のアナリストは予想する。
  多くの会社がインターネット電話を使って、スポーツの実況中継(BTが企画)、遠隔地の授業、映画やビデオ鑑賞などの付加価値サービスを開発中だ。     世界の大手固定電話会社は大口の法人顧客を抱えているのでなんとか持ちこたえそうだが、現在、米国で先行している新興VoIP会社は経営規模が小さいので競争に生き残れないか、吸収合併されるかの運命をたどりそうであると通信専門家は予想する。これまでディジタル製品の開発や応用で経験の深いマイクロソフトとかアップルなどが通信業界のリーダーになるのか、叉はソニーやマイクロソフトが電話会社の買収をくり返して、超人気のインターネット電話応用ディジタル器機(次世代DVDなど)を開発し、大手通信会社に変身するのか? それとも第二、第三のSkypeが出てくるのか? 今の所、どの通信方式が最適か、どの会社がリーダーになるのか分からない。     (終)

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