ジャーナリストのパソコンノートブック |
(5)ステルス・マーケティング |
ビルメンテナンス 2005年1月号 |
ニューヨークのマディソン・アベニューと云えばグレーのフランネル・スーツを着たエリート広告マンが闊歩している通りとして知られてきたが、今やT-シャツとスニーカーの少年少女の宣伝部隊に占拠されていると米国のビジネス誌が大袈裟に伝えている。米国の洗剤大手のプロクター&ギャンブル(P&G)が13才から19才までの少年少女28万人からなる全国レベルの宣伝部隊を組織して、新商品のブランドイメージを家庭の居間、学校のカフェテリアで家族、友人達に話し、携帯電話やE-メールで広める口コミマーケティング戦略を開始した。これら(少年少女)はP&G宣伝メンバー求むと云うインターネットのバナー広告に応募してきたもので、メンバーになればDVDプレイヤーを貰えるからと商品に吊られて応募してきた子供が多いという。P&Gの宣伝部はこれら子供にE-メールで質問状を出す、その少年や、少女におしゃべりの才能があるかどうか、大家族かどうか、友人が多いかどうかの身辺調査をして、口コミマーケティングに適した者をリストアップしていくのである。実際インターネットで応募してきた少年少女の内たった10%しか採用されないと云う。「新しい商品のロゴを決めるんだけど、選んでくれない」と、新しいシャンプーとか化粧品のロゴとかマーケティングの相談をうける。彼らは自分達の意見が大会社の商品開発に取り入れられる事にスリルを感じ、(又)友達より先にクールな(かっこ良い)新商品を知っている事に優越感を感じて、会社からお給料を貰う訳でないのに率先して友人等に新商品の口コミ宣伝をしてしまうと云う。この年代層の少年少女は彼らの両親より、同年代の友人の意見に影響を受け易い。この青少年の心理状態を巧妙に利用して「ビーバップ・カーボーイ」というアニメ映画を大ヒットさせたソールクールと云う宣伝会社がある。13才から14才の(コンピューター)ゲームおたく350名を雇って、インターネット上のチャット.ルームや掲示板にこのアニメ映画をベタ誉めするメッセージを洪水の様に流し、是非見に行くべきだと書く。代償として少年達はこの映画のロゴをプリントしたT-シャツを貰うだけである。チャット・ルームに13回メッセージを送り、掲示板に4回載せたという少年はアニメ映画に没頭していて、どの会社がこの映画の配給主かは知らないでやっていたと云う。特に小さな町等では口コミ宣伝はまるでインフルエンザのように早く広がり、マーケティングとしてはとても効果的であるという。 この数年、広告のメッカであるマディソン・(アベニュー)は大きな曲り角を迎えたといわれる。インターネットなど新しい通信メディアの発達で、広告メディアが分散化してしまった事と、TVの視聴者数が減ってしまったからだという。人々はテレビのCM、インターネットのバナ?広告、郵便(米国人は郵便をスネール、つまりカタツムリ・メ?ルと呼ぶ)によるダイレクト・メールなどの広告の洪水にうんざりしている。特に広告業界が憂慮しているのは、米国の世帯の20%が"TiVo"と呼ばれるTVのCM部分だけを削除して録画するビデオ装置を備え付けている事だと云う。米国の消費者がメディア全体に使う支出は5%ぐらい増えているのに、18才-34才の年齢層で夜のゴールデンタイムにTVを見る人々は5%減ったと調査会社ニ?ルセンは云う。又米国の雑誌の69%が(ニュース・スタンド)での売上げ低下を経験している。1929年の大恐慌以来の広告不況だと云われ、広告業界は2003年に4万人の従業員を解雇しており、証券会社のアナリストによると、2004年-2005年と企業の広告支出は減少すると予想されているので合理化はもっと進むという。マディソン・アベニューで流行っているのは広告会社同士のM&A(企業買収)だけであると云われている。 もう伝統的な広告手段では新商品の大量販売市場をつくれないと広告主も不満やるかたない。TV のCMや新聞雑誌等の広告媒体の低迷から抜け出す為に、広告主はインターネット時代に則した新しい宣伝手段の可能性を模索し始めた。 最近よくステルス・マーケティングという言葉を耳にする。ステルスとはステルス戦闘機のように、レーダーに察知されないでこっそりと近付く、内密に、知らない間にこっそりと云う意味がある。P&Gの少年少女宣伝部隊も自分がどう云う使命を帯びているのか、彼らの家族も友人達も自分達が商品を勧められていとか気が付いていないぐらい巧妙である。 ステルス・マーケティングで引き合いに出される成功例は、ソニー・エリクソンのT68iというデジタルカメラ付き携帯電話の宣伝戦略である。宣伝部は男優、女優60名を雇って、タイムス・スクエアー等米国の観光地10ケ所に送り、エンパイアーステートビルを背景にデジカメ付き携帯で記念写真を撮る旅行者を演じてもらう。近所にいる旅行者にデジカメ付き携帯を手渡し、「このボタンを押して僕らの写真を撮って」と頼む。商品に興味を持った旅行者に「とてもクールな携帯でしょう?」と云いながら、デモンストレーションは行うが、決して買えとは勧めない。 似たような手口では、コンピューター・ゲーム会社に雇われたゲームおたく青年がスターバックスなどのコーヒー店で"P-5Globe"と云うノートパソコンで指一本の操作で戦闘機を飛ばし、機関銃で戦う空中戦ゲームを始める。いつの間に周囲に人々が集まってくる。傍観者の一人に「君もやってみない?」と試させてみて、戦闘機を撃墜したようなデジタルな効果音を出して、ゲームに夢中にさせる。傍観者が「このゲームいつ発売されたの?」と聞けば、「数日前だけど、このゲームのやり方に付いての情報はあるから, 後で送ってあげるとE-メール・アドレスを聞き出す」。しかし彼は決して買えとは勧めない。 このようなステルス・マーケティングをパピードッグ・セールス(子犬の販売)手法と云う。子犬の販売で店側は子犬を一週間程お客に貸出す、一旦子犬を抱きかかえれば、可愛いいので手放せなくなり、結局買う事になる。 デジカメ付き携帯も、P-5Globeと云うゲームも一旦手にしたら、その魅力に逆らえないからである。顧客に経験させると云うのが作戦の第一歩である。 この手法のもう一つの呼び方は「アンダーカバー作戦」、つまりおとり販売作戦である。「いまやおとり作戦はFBIの独断場ではない、マディソン・アベニューがおとり作戦の本拠地となっている」とビジネス誌は伝えている。そのやり方は非常に巧妙で、消費者は自分達に売り込みがなされているのに気が付かない。ソールクール社はこれまで知名度が低かった"Turi"ウオッカの販売促進を手掛けることにした、有名人や20代のクールな若者が集まるクラブと提携して、パーティ等で女性達に(昔TVのCMでバドワイザ?のロゴの入ったコスチュームを着たセクシーな女性)このウオッカを注がせて、ウオッカが一番クールな飲み物だと云う印象を植え付ける。クラブのカウンターでも、女性がボトルを運ぶ時でも常に"Turi"のラベルが正面に見えるようにして商品名を認識させる作戦をとる。若者が"Turi"ウオッカがクールな飲み物だと友人に勧め、その友人がまた4人の友人に勧めるという「ウイルス」感染作戦をとって大成功を収めたと云う。 ステルス・マーケティングは販売促進の予算が取れない会社には低コストで、高認識度を達成出来る効果的な宣伝手段だと云われているが、これまでの広告手法に行き詰まりを感じている大手の企業までが関心を寄せている。例えばIBMが「ピース、ラブ、リナックス」とIBMのリナックス・コンピューターサーバーのロゴを歩道にスプレーペイントで描いてしまった。世界一のコンピューター会社がなんて大人気ない事を!と顔をしかめる人も多いが、公共事業当局が苦言を呈した事で新聞などのメディアに大々的に取り上げられ、かえって効果的な宣伝となった、それもTVのCMに較べ、ペンキ代だけと云う低予算でリナックスの名前の認知度が上がったのである。 ステルス・マーケティング手法、叉は おとりセールス作戦は伝統的な宣伝より騙しの要素が強い、そこに道徳的、法律的問題が発生すると批判する評論家もいる。ステルス・マーケティングで新商品を買った消費者の一週間後、一カ月後の反応が恐いと専門家はいう、その時期になって消費者は自分がいとも簡単に騙されていた事に気がつき、かえってその商品のブランドネームに対して反発感を抱くのではないかと云うものだ。しかし宣伝会社はソニー・エリクソンのデジカメ付き携帯電話やP-5Globeゲームソフトの様なパピードッグ・セールスでは消費者が実物を手にして、商品の質に対して納得して買っているのだから、騙されたとか云う道徳的な問題は起きない、かえって良心的な販売手法だと反論している。 ステルス・マーケティングで大事なのは宣伝する物が新しい商品でなければ効果がない。従ってステルス・マーケティングの手法が既存の商品の広告をする伝統的な広告手段に取って代わることはないが、これからステルス・マーケティング手法を使う企業が増えていく事だけは確かであると専門家はいう。インタ?ネットを駆使してまだまだ色々な手法でステルス・マーケティングが行われる事が予想される。 (終) |