ジャーナリストのパソコンノートブック
(1)インターネットは商習慣を変えた
ビルメンテナンス 2004年9月号
つい先頃近鉄球団の買収に名乗りを挙げたライブドアの堀江社長がTシャツと云うカジュアルな格好で記者会見に現れ、人々を驚かせたが、米国でも服装ばかりでなく、これまでのビジネスのやり方、商慣習、産業の担い手がインターネットで大きく変わってきている。 
昔からウォール街で働く人々は糊の効いたシャツを着用という不文律があった。しかし、90年代後半ウォール街の金融会社や法律事務所は名門大学の新卒者や優秀な若い人材が西海岸のシリコンバレーのIT(情報技術)企業に次々と引き抜かれていくのを苦々しく思ってきた。そこで若者が良く閲覧するインターネットに人材募集広告を掲載することにした。「糊の効いたシャツを着用」いう表現は若者に敬遠されるので、ウォール街の鉄則を曲げて服装は自由で構わないと大きく譲歩した広告を出した。これによって服装のカジュアル化に歯止めが掛からなくなったといういきさつがある。
「グレーのフランネル・スーツ」米国では「グレーのフランネル生地のスーツを着た男」と云う表現がある。これは企業の幹部候補生、重役と云う意味であるが、この表現はスローン・ウイルソンの小説に由来するもので、彼がタイム出版社に就職して、同期社員より出世が遅れた。ある日、上司に彼の昇進が遅れた理由を挙げてくれと詰め寄った。上司は彼の服装にその原因がある、上着とズボンの色が合わないと指摘した。「この先、昇進を望むならブルックス・ブラザース(大統領も注文する高級紳士服店)に行って、三つボタンのグレーのフランネル生地のスーツとベストを注文しなさい」とアドバイスした。素直に忠告に従ったところ彼はとんとん拍子で出世した。念願の小説家になる為に出版社を辞め、最初に書いた小説の題名が「グレーのフランネル・スーツを着た男」で、これがベストセラーとなり、「グレーのフランネル・スーツ」は幹部候補生の代名詞となり良く使われる。

   数年前に米国大手証券の東京支社の金融派生商品部の花形重役の取材をした事がある。コンピューターを駆使して日本株の派生商品を開発する素晴らしい頭脳の持ち主であると云うので緊張して出掛けた所、この部長は20代の若者で、ジャージにジーンズという格好で、ドアの向こうでは大部屋では中年の米国人部下を含めて全員がスーツ姿であった。現在この会社は超高層ビルに移ってゆったりした事務所にいるが、当時は部下100人が肩と肩が触れるぐらい狭い机でひしめき合っていた、その若い部長は大部屋の一番奥に15畳ぐらいの個室を与えられていた。何よりも驚いた事は、その個室に立て掛けられたスノーボード、高級マウンテンバイク、オートバイのヘルメット、スケートボード等若い男の子が欲しがりそうな玩具であった。会社側はこの金の卵を産むコンピューター・ウィズ・キッズ(コンピューターを魔法の様に操るガキ)をはれ物に触るように大事に扱っていた事を思い出す。彼の服装を見ただけでは東京の株式市場を揺るがす取引をする張本人だとは思えないのである。ビジネス界も服装等の既成の概念で、相手を判断するのが難しくなってきたが、ビジネスの取引相手の人品を判断する新しい判断基準も見つからないでいる。

最近フォーブスやフォーチュン等の米国のビジネス誌はシリコン・バレーの優良IT企業特集を掲載し、それら企業の頭脳となる重役達を「グレーのフランネル・スーツの男達」と紹介しているが、その記事の写真で幹部候補生達は皆若く、フランネル・スーツどころか、誰一人背広を着ている者はおらず、Tシャツの上にチェックのシャツを重ね着し、チノパン叉はジーンズ、皆揃ってスニーカーをはき、ある若者は耳にピアス、ある若者は長髪をポニーテールに束ね、恐ろしくカジュアルで、ストリート・ミュージシャンと見分けが付かない。インターネットが「グレーのフランネル・スーツ」と云う表現を完全に形骸化させてしまった。

「インターネットによって価格破壊された産業」インターネットはすでに書籍の販売、音楽配信,航空券の販売の分野で商慣習を大きく変えてしまっている。インターネット取引は代理店等の中間業者の関与を省くので、それら中間業者のマージン分を値下げすることが出来る。その価格の破壊力は強烈で多くの既存の業者が姿を消した。日本でも株式投資はインターネット証券会社を通した方が手数料が安いので、ネット証券会社がビジネスを拡大している。ホテルや航空券をインターネットで予約するのが常識となっている。7月初旬国際航空運送協会(IATA)はインターネットの活用が進んでる為、2007年までに紙の航空券発行の全面的廃止を決定した。乗客はインターネットの予約番号の提示だけで搭乗出来る。これによって消費者は年間30億ドルのコスト削減出来るというが、見方によれば旅行代理店等の既存の業者は30億ドル分の収入を失ったことになる。

「ダイアモンドはネット上で半額で買える」米国のイターネット利用ビジネスは2000年のITバブルの破裂により、このところ小康状態を保ってきた。しかし、今年になりインターネット利用ビジネスが盛り返えす兆しが出てきた。今度はどの産業がインターネットの価格破壊の攻撃を受けるか、その場合淘汰される既存の業者はどこか、どのネット業者が産業の新しい担い手になるのか、新しい商慣習はどうなるのかと産業界は戦々恐々としている。インターネットは時空を超えると云われ、国境は無い。これまで米国で起きたネット価格破壊は日本で起きる事は十分に考えられる。参考の為に米国でインターネット化で大きく商慣習が変わりそうな産業は、宝石販売、不動産、ホテル、小切手の勘定処理ビジネスであると云われている。米国での宝石販売ではインターネットの価格破壊が進んできている。これはダイアモンドを南アフリカのデビアス社から直接買い付けてネット販売する為に、輸出、輸入代理店、国内の2-3社の卸売店など4段階位の中間マージンを省くことが出来、今日、市中の宝石店で1000ドルで売られているダイアモンド石をデビアス社から500ドルで仕入れ、インターネット上で575ドルで売っても、このインターネット宝石業者のブルー・ナイル社は十分に利益を出すことが出来るという。もしこのネット宝石業者が日本で商売を始めたら、駅前の商店街にあるような宝石店などは壊滅的被害を受けることになるという。ダイアモンドをネットで買う時代の読者には、小説「金色夜者」は理解されないであろう。どうして主人公のお宮さんはたった500ドル(5万円)のダイアモンドの為に恋人の貫一を振って、金満家と結婚するとか、貫一の「来年の今月今夜の月を涙で曇らせる」と云う恨み節も理解出来ないであろう。インターネットは宝石の資産価値を変えてしまっている。

「インタ-ネット化阻止は無駄な努力である」  インターネットの価格破壊力を熟知しているホテル・チェーン経営者や、不動産会社は自分達のビジネスがインターネット化するのを必死に阻止しようとしている。例えばインターコンチネンタル・ホテルはグループ内のフランチャイズ・ホテルがインターネットサイトやネット旅行代理店に安い宿泊費を提供するようなら、フランチャイズの免許取りあげ、罰金を果す等のペナルティを設けている。しかし、顧客は安い宿泊費を提供する他のホテルにネット予約するだけで、インターコンチネンタルやヒルトンホテルチェーンは収入を減らすだけである。米国の大手の不動産会社はネット不動産代理店が建て売り住宅の販売に参入する際に厳しい資格検査をするよう全米不動産協会に圧力を掛けている。しかし米国の住宅購買者の70%が前もってネット代理店の住宅案内を次から次へと検索しており住宅関係の情報は顧客の方が普通の不動産屋以上に有している。今日、このネット検索方法が米国不動産業の商売方法を変えたと云われる。
   以上

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